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2007.08/16(Thu)

魔法少女リリカルなのはSTEP 第十二話 Cpart 


【More・・・】


 報告書に一通り目を通してコーヒーに口をつける。
 顔を上げれば背筋を伸ばした執務官が先ほどと変わらぬ姿で直立していた。

「もうそんな律儀に格好つけなくてもいいわよ」
「プライベートじゃないんだ。そうも言ってられないだろ」

 とは言われても、この場にいるのは私とクロノだけ。誰かの目を気にして体裁を取り繕うことなど必要ないと思うのだが。
 
「こんな状況だし、もう役職とか上下関係とかないも同然よ」

 ミッドはもちろんだが時空管理局の本局にさえ連絡がつかない現状。
 ミッドチルダが存在する次元が消滅した余波に巻き込まれたか、そうでなくとも甚大な被害を受けたかは想像に難くない。
 あそこには今回の事件の元凶であるL・ジュエルを分析のため保管していたこともあるし、下手すればミッドでの次元震に共鳴して暴走した可能性だって考えられなくもないのだ。
 
 艦長としては常に最悪の状況をシミュレートしておかなければいけない。
 私が今考える最低最悪は、ミッドも管理局も消滅し、私たちが唯一生き残りとしてこの世界に取り残されてしまった――こんなとこになるだろう。

「そういえば他の航行船と連絡は取れた?」
「いえ、やはり大多数の艦船がミッドにいたし……ほとんどは」
「だからって諦める理由にはならないでしょ」
「そんなの当たり前だ。二十四時間この次元から出来る限りの範囲を捜索している」

 管理世界なら通りすがりの艦が拾ってくれる確率は高いのだが、如何せんこの次元は管理外世界であるわけで。 
 果たして管理外の世界からのSOSをキャッチしてくれる相手がいるだろか。実際かなり微妙なところだ。

「あとはこちらの問題を解決することを考えましょう。ミッドチルダの二の舞を踏ませないように」

 いつまでも感傷に浸っているわけにも行かない。泣きべそかいている暇があったら目の前で起きていることに全力で対応するべきだ。
 数多の世界の秩序を守ってきた組織の人間として、総じてそれが消えてしまったものへの弔いとなる。

「ああ、勿論だ」
「ふふ、我が息子ながらほんとにタフよね」
「マイペースな母さんの下で働いてるからな」
「あらあら」

 軽口叩けるところを見ると参るどころか逆に決起心に満ち溢れている様子さえ感じられる。
 我ながら、よくぞここまで出来た息子を育てられたのかが不思議でたまらない。あまり母親らしいことしてあげられなかったというのに。
 
「ごめんなさいねクロノ。いろいろ押し付けちゃって」
「母さんこそこれからのことで大変だろ。サポートできるところは全部やるのが執務官としての責務だよ」

 ああほんとに、よく出来た息子だ。
 親の気遣いはどこ吹く風で逆にこっちを労わってくれるなんて。
 こんな人格者はそこいら探したって早々見つからないだろう。

「そうね……いろいろ考えることが多すぎて母さんパンクしそうよ」 

 それに甘えてしまう私も私なのだが……。
 一提督として不測の事態に常に対応できるよう対策は整えていても、今回ほどのイレギュラーな事態の前には全てが水泡となる。
 一つの次元世界が消滅するなんてヒドゥンクラスの大規模時空災害以外には該当するものが無い。それだって最低最悪な結末の話でだ。

「乗組員のケアが第一として、これから現地活動における動きとか、事件を解決したらどうするか……とか」

 まったく遥か先まで見通していくとキリが無くなってくるのがまた辛い。
 念頭に置くべきことは無尽蔵に沸き出し頭はとっくに冠水している。このアースラと同じように年中無休の水族館でも開いてしまおうか。

「ねぇクロノはミッドチルダが本当に消滅したと思ってる?」
「今のところは半分半分……だな。気にかかることが多すぎて結論が出せないんだ」

 不意に、息子は儚い希望に縋って自分を立ち上がらせてると思ったが何か釈然としない表情をするあたりそれはなさそうだ。

「エイミィといろいろあの映像を分析してみたんだ。それでどうにもおかしな点があった」
「初耳よそれ」
「さっきわかったことなんだ。だから報告書にも書いてない」
「そう……で、そのおかしな点って?」
「今出す」
 
 言ってクロノは今は主が不在の管制席へと降りていく。私もそれに続きメインモニターの前へ。二つの陰が並ぶ。
 クロノが端末を操作し別モニターが展開、すぐさま映像が映し出された。

「このミッドチルダ全域を飲み込んだ闇というか黒い何か……これがおかしいんだ」

 ピピッ、と電子音が鳴り響き「黒」の洪水に飲まれていく映像が一時停止される。
 同時に様々な数値やマーカーが映像に羅列された。魔力値から始まり空間係数や重力変動値――おそらくアースラの機器で調査できる全てのデータが並んでいるはずだ。
 だがおかしなことにそれら数値にはゼロ以外の数字は存在していなかった。

「これだけ大規模なものが観測できてない……?」
「逆説的に考えてこの「黒」の正体は虚数空間だと思ってるんだが……母さんはどう思う?」

 大型クラスの次元震によって生まれる歪。あらゆる魔法効果を消滅させ全てを虚無へと誘う空間――虚数空間。
 私たちが持ちうる常識が存在しない、本来ならその世界そのものが存在しない場所。
 
「確かに数値的な振る舞いは虚数空間ね……」

 自分の言葉に何かが脳裏に引っかかるのを感じた。

 管理局提督としてあらゆる次元世界の歴史はほぼ把握しているつもりだ。無論それは災害の来歴にも及んでいるのは言うまでも無い。
 むしろ割合では紛争などの武力衝突より、災害による世界危機が多いのが現実だ。

 時空管理局が創設されてから次元震により一つの世界が壊滅的打撃を受けたことは少なくは無い。復興できるレベルからもはや世界が成り立たないレベルまでその状態は様々だ。 
 もちろん今回のような最悪なケースも存在する。その前例を元に私はこの黒き何かが本当に虚数空間なのかと疑念を抱き始めていた。

「虚数空間がこんなに安定した形で存在できるのかしら」
 
 この黒い何かを虚数空間と仮定してみてもこの空間はまるで津波のようにはっきりとした形を持ってミッドを飲み込んでいる。
 前兆現象であった空が飲み込まれることにもこれが共通する。
 虚数ゆえに、はっきりとしたその正体や特性など詳細はほどわかっていないといっても差し支えは無い。ただそれで見てもこの空間の振る舞いはおかしな点が多すぎるのだ。

「クロノ、あなたは虚数空間の生じる条件をどう習った?」
「大規模な次元震により空間に歪みが生じ次元断層が発生。その断層内の不安定な空間が何かしらの条件で虚数空間となる……だけど」
「どうやら教科書の定義は私のころと変わってないようね」

 つまり問題の鍵となる場所はそこなのだ。

「ただでさえ不確定要素に満ちた次元断層から虚数空間を物質のように取り出し、制御まで出来たならそれは何になると思う?」

 自分も頭の中で考えながらクロノに話を振る。見上げたモニターの中で、虚数空間とも思えないそれは、まるで嘲笑うかのように黒い体躯でミッドの都市を覆い尽くしている。

「母さんは……どっちなんだ?」
「ん、どっちって言うと……?」
「過去と未来、どちらから希望を見つけようとしているんだ?」
「そんなの決まってるでしょ、両方よ」
 
 しばしの間を置いて、問いに返ってきたのは新たな問い。
 それはクロノなりの私への確認だと思った。

 ミッドチルダは消えてはいない――すでに終わった過去から希望見出そうとすること。

 この世界を新天地とし守りたい――これから始まる未来から希望を見出そうとすること。

 親子ゆえに息子が考えた問いの中身は大方こんなものか……。 

「母さん……艦長なら普通は取捨選択するだろ」
「私は欲張りなの」

 だからこそ私はそのどちらも選ぶ。
 この艦にはそれぞれの希望を信じるものいる。どちらかを切り捨てるなど、この艦を取り仕切る人間として出来るものではないだろう。
 大人ならより可能性あるものを最善とし、それ以外は切り捨てるのが常識だろうけど。

「少なくとも可能性が0.1%でもあるならそっちにもある程度は賭けてみないと面白くないでしょ」

 大穴なら少ない利益でも元は取れる。特に今回の賭けに至っては大穴のオッズは破格だ。
 勝って手に入れるものは「世界」そのものなのだから。

「私たちが足を突っ込んでいるところは常識なんて通用しないところよ。世の中には虚数空間に落ちても生きていた人間がいるんだから」
「まったく……母さんも諦めが悪いんだな」 

 常識はずれの母親に、息子は呆れ気味にやれやれと両手を上げて見せた。

「ただ負けて貰えるのは今以上の絶望だってことは覚悟しているんでしょうね?」
「ああ、行くとこまで行くと決めたんだ。覚悟は出来てるさ」
「それでこそクロノ・ハラオウン執務官ね」
「母さんだってリンディ・ハラオウン提督だよ」

 互いにかける言葉は皮肉と賞賛が半分ずつの激励だ。
 やはり似ている所は似ていてこその親子。諦めが特に悪いのだって今はご愛嬌で。

「プレシアが力の鼓舞だけで世界を消すとは思えない。絶対に何かを裏で企てているのは目に見えている」
「そう考えるのは早計……と言いたいところだけど私もあの大魔導師様がタダで物事をやる人間とは思えないのよね」
「確証があって?」
「女の勘よ」

 冗談交じりに言えば耳にため息一つ。
 
「あとはこれでミッド周辺の次元を観測できれば言うこと無いのにね」
「こればかりは待つしかないんだな……生き残りがいればの話でだけど」

 手持ちの情報はミッド内部のものに限られる。これに次元レベルで外部からミッドを観測したデータがあれば、この賭けの勝敗が一気に手元へやってくる――と思うのもいささか希望的観測かもしれないが。

「吉報が訪れてくれることを祈りましょう。次は――」

 過去に縋るための術はもう十分といった所だろう。そろそろ目を向ける方向を未来に変えねばならない。

「海鳴におけるL・ジュエルの対策と私たちの対策」

 前者の方はなんら問題が無いものとして考えようと思う。今やアースラには民間協力者の魔導師が三名いる。しかも全員がトリプルAのお墨付きだ。
 さらにフェイトさんとクロノ、武装職員も合わせれば戦力は過剰といっても過言ではない。 
 ただ単に、問題を増やさないためのこじつけと言われればそれまでなのは触れないで欲しいものだ。

「まったく……忙しくなりそうね」

 現状でアースラ一同は次元難民もいいところだ。アースラがこの状態ではこの世界から抜け出す手立ても無い。
 本局の存在すら危うい今では、おそらく外部から助けが無ければ必然的にこの地へ根を下ろすことになるだろう。

「クロノは地球は好きかしら?」
「悪いとこじゃないと思うけど……僕はまだ完全に諦めてないからな。隠居するつもりはないよ」
「じゃあ保留ね」

 このアンケートを実施すればクロノと同じ意見の者はおそらく半分以上は出るだろう。
 奇しくもこの地球の文化とミッドの文化体系はかなり似通った所が多々見受けられる。文明レベルにはかなり差があるが、それを除いても日常生活においてはいきなり放り出されても暮らしてはいけるだろう。

「本格的な駐屯……こういうと格好はつくんだけど」

 生活レベルで苦労はしないはずだ。今でさえレストハウスを拠点として曲がりなりにも一軒家暮らしを維持できているのだから。
 情報操作は容易いからどんな経歴も偽造できるし、溶け込む意思があるものはすぐにこの世界に馴染めるはずだ。

「母さん……僕の考えが杞憂であればいいんだが犯罪だけはしないでくれよ」

 ちなみにクロノの言うとおり、現地調査での過ぎた身分詐称は次元活動法第十三条二項に抵触する。

「開き直りましょう、クロノ」

 息子に送るのは清々しいまでの笑顔――の誤魔化し。
 どうせ本局が無ければお咎めだって受けることはないんだし、超法規的措置と見れば問題無い。
 ここまで来たならとことん好き勝手やってしまったものが勝ちだ。

「さぁ、今日が新たな船出よ」

 そうだ、どさくさに紛れて未来の娘にもあっと驚くプレゼントを用意してあげよう。
 もう一年以上アースラで頑張ってくれたご褒美として、これならクロノだって目を瞑るだろう。なによりなのはさんたちが喜んでくれるはずだ。

 何事もここが正念場。
 どん底まで気が滅入っている今だからこそポジティヴシンキングで前向きに受け止めていこうと思う。

「権限ってのはこういう時が使い所なのよね」
 
 素晴らしきかな職権濫用――。

* * *

 腕を流れ落ちる熱い迸りは指を伝い、地へ落ち、水音を立てる。
 突き出された右手から放たれる得体の知れない力で首を捕まれ、宙に吊るされながらだらしなく垂らされた己が四肢。

「元とは言えど、あなたの最初の創造主に歯向かうなんて随分と礼儀知らずになったものね」

 絶対零度を遥かに超えた眼光で串刺しにされて、久方ぶりに私は恐怖を感じた。
 神経が断絶してしまったように指先一つ動かせない体なのに、痛覚だけは鋭敏で私の意識を蝕んでいた。
 まるで恐怖に屈しないための最後の砦のごとく私の意識を繋いでいるようにだ。

「ええ、そりゃなりますよ……ですが私の質問を無視したあなたのほうがよっぽど礼儀知らずでは?」

 皮肉たっぷりに笑って見せてやる。苦痛に歪んで、自分ではどの程度の出来映えかは計り知れないけど。
 歪んでいく彼女の口元を見れば効果覿面だと教えてもらえるのがありがたい。
 
「口の減らない使い魔ね」

 音も無く閃光が瞬き、新たな激痛が私を襲った。漏れる呻き声は他でもない自分のもの。
 光槍に打ち抜かれた腹部から流れ落ちるものは無い。非殺傷設定でも彼女からみれば罰として十分なのだろう。
 現に強大すぎる魔力で神経が焼かれるような苦しみと、脳をかき混ぜられるような衝撃が私を責め苦にした。
 
 品行方正を心がけながらこれで六度目の罰とは……アリシアが聞いたら笑いますね。

「直接甚振られたほうが心地いいですよ。相変わらずの悪趣味ですね、プレシア」
「そうしたらあなたはこの世から再び亡き者になるけどいいのかしら? まだ私は質問には答えてないわよ」

 威嚇射撃のつもりか、私がここに訪れて彼女が最初に放った一撃は唯一の入り口である大扉を跡形も無く消滅させていた。今は清々しいまでの風穴が口を開けているだけだ。
 この右腕の傷はその時に飛んできた瓦礫のとばっちりで受けたものだ。あんなのまともに喰らえば肉体、精神に至る全てが瞬時に無へ送還されるだろう。

「あなたも口が……減りませんね」

 憎らしい――まだそう思える自分に、心が折れてないことを再確認した。

「なら一思いに消せばいいでしょう? 望みどおりミッドチルダを消したのですから私たちも用済みでは?」
「あんなのが望み? 笑わせないで欲しいわ」

 歪む口元に見開かれる紫苑の瞳。ようやく彼女は語る気になってきたか。
 それでこそここに来た甲斐がある。この痛みだってまだ予想の範疇だ。腕一本失う覚悟できた私に言わせて見ればまだ彼女は生温い。
 
 実に生温い――。

「私は全てを手にいれる存在よ。手放すものはどこにも無い」 
「つまりミッドチルダは……消していないと」

 ご名答……といった所か。
 私の答えを鼻で笑いながらプレシアは蔑むような眼差しで私を見つめる。

「あの世界にはせいぜい役に立ってもらわないと」
「それで最後には消すつもりなんでしょう! 世界を!」
「私の話はまだ終わってないわ!」

 ドン! とさらに一撃。今度は左肩を光が射抜く。
 慣れたいものだが流石に辛い。ねじ切られそうな痛みを歯を食い縛って懸命に耐えた。 

「私は世界を作り直すだけよ。自分の望んだ形に修正するの」
「じゃあミッドチルダをアルハザードに飲み込ませたのはどういうつもりです。代償なんてこの世界は要求しないでしょう」
「そう、本来ならば。ただこの地の約束でも世界の創造までとなるとそうも行かないの。考えて見なさい無からの創造、代償の無い創造とは何を意味するのか」

 こっちはただでさえ押し寄せる痛覚に手一杯だというのに、小難しい思考を要求するとは身勝手になったものだ。
 もちろん彼女にとってはそれを見透かした上でなのだろう。
 案の定、何事も無かったように彼女は続ける。

「簡単なこと。代償が無尽蔵にあればいい。どんなことをしても失われないものがあればいい」
「それが願うことではないのですか……?」
「あんなあやふやで混沌としたものが種になるわけ無いじゃない。だからジュエルシードは願いを叶えなかったのよ」

 願いは種にならない。今までの経験からすれば納得は出来る。
 彼女の話しからすればジュエルシードは差し詰め矮小なアルハザードと言ったところだろうか。

「なら本体の使い方を知っているならアルハザードに頼らなくてもジュエルシードで十分じゃないですか」
「十分? 笑わせないで頂戴。あんな痩せた大地にどんな種をまいたところで育つわけ無いじゃない。例え間違いでもそれは同じ。ジュエルシードなどにアルハザード全てを入れるなど出来るわけないでしょう」

 まいた種を育てるにはジュエルシードでは痩せすぎている。自らの望みを成就させるための肥沃な大地はここしかないということ。
 つまりジュエルシードとは名ばかりなのだ。あれは最初から器でしかない。
 願望の種を担うゆりかごとしての大地――ジュエルシードとはまさにアルハザードそのものだったというわけか。ただ元々に比べれば鉢植え程度の大きさしか持っていないだけで。

「なら本来の種は何なんですか」
「分からないかしら? 誰にでもあるものを種にしたのよ。これがあるからこそ命は自らの存在を保つことが出来る。それ故に種としては最も優れている」
 
 性質の悪い謎かけだと思った。すでに私には思い当たる節があったから。
 誰にでも存在し、自らのアイデンティティを、つまりは自我そのものを形作る種。
 それが曖昧なせいで自分を失いかけた少女を私は知っているから。

「――記憶ですか」
 
 その言葉に狂喜が生まれた。目は血走り、口はさらに歪み、私が以前から知っているあの大魔導師へと戻っていく。

「そう!! 私は私に眠る記憶からこの世界を生んだ。最も住み慣れ、親しんだこのアルトハイムと時の庭園を!!」

 なるほど、記憶なら代償無しにいくらでも無から有を生み出せるわけか。

 これがあなたの手に入れたアルハザードの約束……ですか。

「ではすぐに望んだ世界を作り直せばいいでしょう? 何もミッドチルダは必要無いはずです」
「出来ないから今こうしてミッドチルダを手に入れたのよ。理解できないかしら?」
「いいえ……流石に一人の記憶だけで世界を構築するなど傲慢もいい所でしょうから」
「察しがいいわね。そう、一人だけの記憶で創られた世界なんて世界と呼べるかしら? 曖昧なまま作られた混沌なんて私は求めてはいない」
「ええ確かに……そうですね」
 
 記憶とは酷く不鮮明で曖昧なものだということは自分が一番よく知っている。確固たる形が記憶の中にあるならばそれは完全な形として生れ落ちるだろう。
 曖昧のままなら曖昧しか生まれない。それこそ願いと同様に種としては不適切な存在。
 それでも完璧なものへ昇華させたいならそれを補うものが必要だ。

「そのための補強部品がミッドチルダそのものだと」
「世界の記憶と、そこに住まう全ての命の記憶。これだけあれば世界を修正することは容易いわ」

 確かにそこまでの基礎工事があれば後は一人の記憶を干渉させ世界を望む方向へ作り直すことが出来るだろう。記憶を使い潰された世界にとっては堪ったものじゃないですが。

「あなただってあの消えた日から再び時を刻んでいるのよ。創造主である私の娘に感謝しなさい」
「それは言われずとも。……色々と納得できましたよ。私がこの世界に帰ってこられた理由も」

 すべてはアリシアのおかげだ。
 アリシアが私との記憶を――

 私との記憶――?

「どうやら気づいたみたいね」

 目の前に薄ら笑いを浮かべたプレシアがいた。
 私がこの一瞬で受けた疑念や確信、衝撃全てを見透かし、さもそれが滑稽であるかのように不気味に笑い続けている。

「あなたは偶然のおかげで完璧に生み直されたのよ。私がアリシアに教えた上辺だけの記憶だけであなたはここにはいられないものね」
「では何が私を留めたのですか……?」
「アリシアがまいた種はあまりに脆弱で、育つわけもない末生りだった。それが大きく育つためには何が必要かしら」

 ひ弱な苗を大きく育てられる条件。
 土壌、日光、水、小まめな手入れ――いや違う、何より簡便で容易く補えるものは、

「肥料ですね。やせた種でもこれがあればある程度は補えますから」
「あなたは契約を終え消滅しても魔力だけは霧散せず漂っていた。それがアリシアの記憶を喰らい再構築させたのよ。私も完全に復元できたことに驚いているわ」
「まるで幽霊ですね……私も随分とこの世界に未練があったようで」
「そういうことよ」

 不意に右腕が横へ振られた。それに習うように、私の体は成す術なく不可視の力と共に弾き飛ばされた。

「がぁっ!」

 叩きつけられ、三度地を転がり、私の体はようやく自由の身となった。 
 全身を痛みに侵されながらなんとか片肘をつき上体を起こす。すでにプレシアは背中を向けていた。

「プレ……シア……」
「これだけ話せば満足かしら? 後は自分で考えられるでしょう」
「ええ……あの子の罪が一つ減って感謝してますよ」
「私もアリシアには感謝しているわ。あの子を産み直したおかげで、人の命が記憶だけで完全に再生できないことがよくわかったから」


 ――ぞぶり、と心へ言の葉が突き刺さった。


 今、彼女は、なんて言った?

「肉体は本物だからといっても、宿った心は所詮他者の記憶からの産物。それが本物となりうるのかしら?」
「そんな……だってアリシアは!」
「まったく忌々しいわ……あなただけがアルハザードの理を体現しているのは。それでも世界を産み直す舞台を整えることが出来たのだから悪くはないかしら」

 玉座の奥へと歩きながら、両手を天高く広げるプレシア。
 もうその手は希望を掴みかけている。
 
「これで計画は最終段階に移ることが出来る。大地はここに! 種はこの手に! そして育むための肥やしもすぐに! 全てはこの私の手の中にある!!」

 狂喜に満ちた声が響き渡っていく。そうしてプレシアは闇の中へと消えていった。

 ――残されたのは、

「私だけが……アリシアは……くっ!」

 あの子は最初からアリシアであってアリシアではなかったのか。

「そんなの……関係ない!」 
 
 私はあの子を守ると決めた。そしてあの子があの子であると証明する記憶になると決めたのだ。
 今更、真実を知ったところで変わりはしない。
 今あの子は誰でもない、あの子としての記憶を紡いでいるのだ。フェイトだって彼女なりの記憶と共に今を歩いている。
 
 そこに偽者も紛い物も関係ない!

「ですがプレシア……あなただって」

 これだけ痛めつけられ侮辱されても私はプレシアに同情していた。
 あなたが一番に望んでいた願いは結局叶えられていないじゃないですか。あなたが一番に取り戻したかった大切なものはその手に無いなんて……。
 
 彼女が目指した、希望を託した場所でさえ運命は無慈悲で絶望へ突き落とすだけだった。
 一時でさえ彼女安らぐことは出来なかった。あの時私が見た母親として彼女は自ら産んだ悲願と同じく偽りだったということ。

「これがアルハザードの約束なんですか……」

 頬を伝い、落ちていく熱い雫は、止められるわけも無く床に弾けて散っていく。
 これはまるで彼女の希望そのものだ。儚い希望に縋って、砕けて……それでもなお希望に縋り続ける。
 なんて可哀想な人だ。どんな犠牲を払っても願いは手をすり抜けて、十字架ばかりを背負い続けていく。
 
「まったく……彼女のために涙を流せるなんて」

 やはり元のご主人様というわけか。
 引きずる様に立ち上がりながら、私も今はそこにいないプレシアへ背中を向けた。

「ですが今のご主人様はアリシアですよ」

 自身に言い聞かせ扉に手をかけた。
 さっきまでえらい壊れようだったのにいつの間に直したのか。これが記憶からの創造ということらしい。

「私に出来ることはこれからなんですから」

 開いたパンドラには絶望が入っていた。
 誰のものでもない彼女だけの絶望。世界に裏切られ、希望を断ち切られ、それでもなお立ち上がり願いを求めた一人の大魔導師の心の箱。
 
 底にあったのは希望だった。私たちにとってはなによりの絶望を振り払う一筋の煌き。
 
 ただそれが彼女には本当の希望になれるのだろうか。

「行きましょう……届けるんです。アリシアに……フェイトに……」

 ――それはわからない。 

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