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2007.07/30(Mon)

あの雲のように 第二章 第一幕 


【More・・・】



 ――きっと初めからこうなる運命だったんだ。

 
 そうやって考えないと今の自分の存在意義がわからなくなる。
 深々と降り続ける精霊。見上げた視界を覆う自分の息。
 膝を抱え、今にも崩れ落ちそうな教会の扉の前で、もう戻らない日々を忘れようとして。
 忘れられなくて、そのたび心が冷たくなって。
 このまま白に埋もれて消えてしまいたい。氷のような体。すり合わせた手も冷たくて、これなら早く逝けそうだと思っていたのに。
 
 まだ頬を伝う温もりだけは変わらず、悲しいくらいに温かかった。


 あの雲のように

 
 第二章 無垢な緋色 第一幕


「いら……いらっしゃいませー」
 
 相変わらず胸を締め付ける服にスースーと通気性が抜群のミニスカート。
 どこの大衆食堂でもこのような衣装を給仕に着させるのが習わしなのだろうと、最近は半ば諦めかけている自分。
 老若男女、なぜ女もそうしてこっちをじろじろじろじろじろじろ――見てくるのか。そんなにこの胸が珍しいか? 私は見世物か?
 身を翻すたび一緒に翻るスカートにあわやというところで露になるのを堪える下着。もう店中の視線は自分に釘付けだ。

「お待たせしまシタ……」

 語尾が片言なのは緊張のためではなく忍耐のため。
 今日も今日とて路銀稼ぎの日雇いウェイトレスは彼女へ容赦ない修練を与えている。

「ご、ゴチュウモン承りマシ……たでございます……ですわ」

 ああ、そろそろ本日の活動限界が来た――。
 作り笑顔なんてしたことないのに――愛想笑いだってないんだぞ――営業スマイルなんて形を取り繕うのが精一杯。
 いつもよりも一オクターブ上げた声は甲高いというより上ずっているという表現が正しく……。
 すでにその口から這い出る言語は言語としての体裁を持っていなかった。

「はーい隼のシュツルム炒め出来ましたよー」

 日雇いコックは今日もマイペースに料理を作り上げ――こっちの事情なんてお構い無しだ。 
 主犯なんだから人の痴態を見て狂喜乱舞してるというより他ないのだが。
 とにもかくにもそろそろこの場から退きたい。体よりも心の健康が赤信号。

(退くだけだ決して敗北などではない)

 シグナム好例の休憩前の謳い文句である。
 時間もちょうど昼のピークを過ぎている。人手が足りないといってもこれからの時間帯は十分に対応することが出来るだろう。

「ナハト、私は少し外すぞ」

 厨房でゆったり動くナハトに一声かけてシグナムは裏の勝手口へ。
 出際にもう一度ナハトを見やるが本当に今日が二日目とは思えない手際のよさだ。いや、手際という世界の範疇ではない。
 もはや自分の家の台所のように全ての物の位置を把握し、しかもそれらを最大限に生かせるように動いている。
 炊事を不得手とするシグナムでも見てもわかるのだ。もっとも彼女は騎士としての観点からの判断である。

 が、立ち居振る舞いに関しては大して変わらないだろう。自分が本来立つ場所も、昼の厨房も戦場には変わりない。
 全てが彼女にとっては一歩動くだけで全てが掌握できる世界。後の無駄な動きは初日で掌握した店の人間を利用し極力削り取る。

(半端魔導師……の技術者か)

 何の研究をしていたのか気にはならないが旅を始めて一月と少し。彼女個人への興味は沸いている。

(私が聞いてもはぐらかされそうだがな)

 ナハト得意の会話術であっけらかんと夕食の話題に摩り替えられるだろう。ナハトのそういった面でシグナムは今現在一目をおいている。

 今更であるが彼女の人身掌握の腕は大したものだ。店の人間おのおのの性質を瞬時に見抜き、己を溶け込ませ、元来の友であるかのように振舞う。三日もすれば家族同然と言ったところ。
 その柔和な表情とどこか抜けて、しかし憎めない性格。おっとりとした彼女がいるだけで店の雰囲気は落ち着き安らぐ。自分だってこの彼女に掌握されたのだ。

(人は見かけによらずか……)

 卓越した観察力に情報分析、処理能力。やはりただものではないのだ。
 裏口から路地裏へと出ながらシグナムはすぐ側に設えてある休憩用のイスに静かに腰を下ろした。木箱を積み上げただけの簡素なものだが座り心地は悪くは無い。
 
「この格好だと町を歩くことも敵わないな……」

 着替えるにしても休憩の身だ。どうせまた着る羽目になるのは見えている。
 二度手間をするならこのままがいい。至極当然な思考でシグナムは息をつき胸元のボタンを二つ外した。
 朝から窮屈だった場所へ風が入り込んでくるのを感じた。すぅっと胸元が清涼感に包まれていく。
 蒸れていたのだろうか。やはり採寸はちゃんとすべきだと思う。

 流石に建物に挟まれた間隙には日中の日差しもあまり差し込んでこない。賑やかな町の喧騒もこの場所ではかすかなざわめき程度だ。

「もうひと頑張り……だな」

 薄暗さは気分を落ち着かせるにはおあつらえ向きだと思う。
 一人の世界であり外とも繋がっている。一歩この路地から踏み出せば何時でも人と交わる賑やかな世界へ放り込まれる。
 自分のペースを取り戻すまで一人で。取り戻したらまた舞い戻って戦いへ――。

「ん……?」

 そろそろ戻ろうかと腰を上げようとした矢先、この聖域へ踏み込む不届きな気配をシグナムの五感が察知した。
 何気なく顔を向けたその先には小さな影一つ。日差し当たる街路から路地裏へ躊躇無く入って来る。
 そして立ち止まる。シグナムの前ではない。
 戸口から少し離れた所。錆びに汚れたバケツが並んでいるところで影は立ち止まっている。

「…………チッ」

 覗きこみ舌打ち。
 どうやら目当てのものが無いことに腹を立てたみたいだ。
 
「生憎だが豚の餌まで今は手が回らないんだ。コックの腕がいいからな」

 本来ならそれは残飯入れだ。溜めるだけ溜めたら豚の胃袋へ一直線。
 しかしそこにいるのは腹を空かせた豚ではない。

「ケッ……景気のいいことだな」

 忌々しい――そう言いたげな唸り声が聞こえた。
 影が自分を見る。シグナムと影の視線が合った。
 
「んだよ……きたねぇって思うなら口に出せよ」

 斜に構え悪態をつく。
 それだけならシグナムにしてみれば可愛いものだ。
 が、前髪から覗く殺気に満ちた目だけはそれが少女から出てるものと分かっていてもそうは思えなかった。

 煤や埃、泥で着飾った襤褸切れそのものな衣服――衣服と呼ぶべきなのか?
 好き勝手に伸び放題の髪に艶はまったく無く、洗髪などまともにしてないこと窺わせる。

(孤児か……)

 ちゃんと手入れをしていれば艶やかな緋色だったはずだろうに。
 今ではそこのバケツと同じくすんだ錆色にしか見えない。

「お前は豚ではないだろう……行くべきとこへ行け」

 戦災孤児ならば教会なり孤児院なりに行けばひもじい思いはすれど今よりはずっとまともな生活が出来るはずだ。
 見たところ七歳か八歳。幼子には物乞いはあまりな仕打ちだろう。
 シグナムの言葉に少女はまったく反応しない。眼光を鋭くするばかりで敵意以外を持ち合わせてないことだけは教えてくれるが。

「ああどこへでも行ってやるよ。ここには金も食い物もないからな」
「ああどこへでも行け」

 軽くあしらうシグナムの態度に少女はわずかに眉を吊り上げる。
 だがそんな言葉は今まで散々言われているのだろう。突っかかることも無く少女は踵を返した。
 
(…………いつも泣くのは力無きものばかりか)

 町が戦場になれば当然そこに住むもの全てに災いが降りかかる。
 戦火に包まれ、家も人もなにもかも灰と消える。運よく生き延びた者には瓦礫の山しか残されない。
 死んだほうがマシとだって言える。子供など親を失えばそれだけで明日を生きる力を失いかけるだろう。

 だからといって戦の裏に隠された冷酷な真実をまともに見ようとする人間は殆ど存在しない。
 そんなものいちいち気にしていてはいずれ自らの心が壊れてしまう。あれやこれや世話を焼けるほど人間は聖人ではないのだ。
 
「生きることに必死にならない人間はいないだろうな……」
 
 蔑ろにされる人々を思い刃振るうことに躊躇えばその時は剣より先に自らの命を手放すのが関の山だ。
 少なくともこの殺伐とした世界で真実に心をすり減らす人間はいないのだ。
 それが余計にこの世界を混迷に誘っているとしても。

「変えられるのならば変えてやりたい……か」

 ナハトならそうするだろう。文字通りの世直しと言うやつをだ。
 そこまで考えてシグナムは彼女に相当毒されてきていることを改めて感じ、心の中で苦笑した。

「駄目だな、これ以上ここにいては」

 我ながらとんでもない人間を主にしたものだ。
 とはいうものの、シグナムがナハトを主として扱うのは今のところ大抵皮肉か冗談か。
 本人の前で言えば頬でも膨らまして拗ねること請け合いである。
 
「――行くか」

 腰を上げ、胸のボタン止め、大きく息を吸い、吐いて――。

「笑顔ぐらいはそろそろまともに出来るようにしないとな」

 口元を吊り上げて笑顔のつもり。
 しかし時折ピクピク痙攣してしまう辺り、やはり修練が足りないことは言うまでも無かった。

「いらっしゃい…………ませ~……」

 口に出せば鼻から抜けるようなだらしない声が出来上がった。
 語尾は明後日の方向にアクセントを置き、もはやカタコト以外当てはめる表現が無いのはご愛嬌――などといつまでも言ってられない。
 
「肩がこるな……まったく」

 それは胸のせいなのか慣れない仕事のせいなのか。
 首を何度か曲げながらシグナムは午後の戦場へと消えていく。しかしため息は吐かない。それをするのは仕事が終わってからだ。

 これから店じまいまで延々と客に笑顔を振舞わなければいけない。夜にでもなれば酒を食らいに男共が押し寄せてくる。
 そういう人間に限って肴にするのはシグナムの豊満な胸であるのは言うまでも無い。
 前に立ち寄った町ではあわや客の一人をレヴァンティンの錆にしかけた苦い経験もある。

 ナハトは男の度を越えた下品が招いた自業自得だ、とは言っているがやはり自分の我慢が足りないせいだとシグナムは考えている。
 彼女生粋の実直さはこんなとこにも顔を出すのだ。

「これも路銀のためだ……精進だ、精進」

 人参ぶら下げ戦場へとようやく旅立つシグナム。
 いつもよりあれやこれや耽っていて少し時間を浪費しすぎただろうか。

「…………」

 そう、耽っていたからシグナムは普通なら見過ごすことの無い視線に気づかなかった。
 向かいの路地から遠巻きにシグナムを見つめる影。緋色の少女はそこにいた。

 前髪から覗く視線は相変わらず刃物のように鋭くて。

「……あいつのせいか」

 憎悪だけの言葉が口から湧き出してくる。
 腹の中の虫はとっくに飢え死にしている。空虚ばかり蓄えても腹は決して膨れない。
 だから少しでも口に出来るものがあれば少女には天佑なのだ。
 
 あの店はいつも残飯が山ほど出ていたはずなのに、ここ数日それは嘘のように消失している。
 決して客が豚になったわけではないだろう。いつだって少女は抜け目無く店の動向を観察しているのだ。
 だからすべての始まりがあの乳デカ女と銀髪の女が店に出入りを始めた時だと確信した。

「……あいつらがぶっ壊したんだ」
 
 少女の日常を壊した大人たち。
 あの時のように大人の勝手が自分の世界を壊していく。
  
「……あたしは何もしてないのに」

 無慈悲な運命は少女をただせせら笑う。
 いつしか少女の瞳は寂しげに揺れていた。
 
 それも束の間――
 
「ならあたしが……壊してやる」

 瞬きすれば瞳には再び紅が灯る。
 
「今度はあたしが壊してやる」


 弱さは捨てた――あの日から。 

 だから怖いものなんて無い。悲しいことだってあるはず無い。 

 寂しいなんて絶対無い。

 失うものはどこにも無いんだから。


 後に紅の鉄騎と呼ばれる少女の強さはこの時から鍛え上げられていた。
 それが正しい強さなのか間違った強さなのかなんて彼女にはどうでもよくて。
 ただ強ければ、力があればなんだって出来るんだと信じたかっただけなのかもしれない。


 だってそれだけが今のヴィータを満たしてくれるものだったから――。


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