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2007.07/14(Sat)

あの雲のように 第一章 第四幕 


【More・・・】


「…………」

 目覚めは早かった。
 別れの朝――孤独へと戻る時間。
 だというのになぜこの部屋は暗いのか。
 今日は雨か、はたまた曇りか。寝足りないような体を起こして窓の外を窺う。
 曇天でない澄み切った空。窓を開ければよく冷えた風が頬を撫で半分落ちていた意識を少しずつ覚醒させてゆく。
 星は瞬き、月光は煌々と漆黒の大地を、森を照らしていた。

「ふぅ……寝付けないだけか」

 早起き過ぎた所で三文が増えるわけもない。大体、得になった覚えなどない。
 二度、頭を振り天を仰いで一息。白く染まった吐息はすぐに消えた。もう秋も半ば、冬の到来が近い。
 冷えぬ内にさっさと寝るに限る。経験論は嘘をつかない。
 窓を閉めようと手を伸ばした。

「……ん?」

 少し身を乗り出したおかげか、ふと動かした視線の先にシグナムは茜を見つけた。
 
「夜明けか……何を考えている、あれは――」

 悪寒にも似た懐かしい感覚が全身に走った。筋肉は硬直し、鼓動が段々と早くなる。
 西から昇った太陽――否、それは業火の光。戦乱の欠片。
 遠目に見つけたそれはつい数日前に自分が通り過ぎた街に。距離、方角、なにより天高く聳えていた時計塔がトーチになって否応に非情な事実を教えてくれた。

「東の賊か……」

 握った拳が小刻みに震え始める。
 弱者を蹂躙し罪なき命を根絶やしにする所業。占領などと半端に生かしはしない。
 奴らの強いる選択は二つに一つ。生か死、勝利か敗北か。蛮族にしか出来ない明快な考えだ。
 だがその行い、揺ぎ無い正義感を持つ者なら誰しも憤怒する。

「それが……どうした。私には関係ない……っ」

 沸騰寸前の激情を押し殺しシグナムは目を背けた。騎士ではない、もう西国に忠誠を誓っていた人間ではない。浪人風情が関わることではない。
 無駄なことをして命を落とすくらいなら携えし剣を抜く必要などどこにもない。力があっても命あっての物種。
 これまで三度そうやって来た。今更手の平を返してなんになる。
 おそらくシグナムにとってこの瞬間だけはどんなに時が過ぎても消すことのできない葛藤だった。騎士として彼女はあまりに真っ直ぐに、馬鹿正直に生きてきてしまった故に。

「関係ないのだ……」

 関係ないのに……今もそう割り切れたはずなのに。

「関係ないというのに……」

 彼女の覚悟は所詮、自分を偽るための言い訳でしかなかった。

「お前という奴は――!」

 初めからシグナムに目を背けることなど出来はしない。何かの拍子に容易く崩れてしまう危うすぎる決意。
 彼女の人間はそこまで柔軟に、奔放に振舞えなどないのだ。

「この大馬鹿がっ!!」

 彼女はその感情をぶつけていた。
 嫉妬にも似た、怒りそのものをもう主のいないベッドに向けて。
 小奇麗に整えられ最初からシグナム以外泊まっていなかったのではと錯覚するくらい整然としたベッドへ向けて。
 あのお節介は碌な力もないくせに行ってしまったのだ。
 何か出来ることがある。黙って、目を逸らすなんて出来ないと意気込み勝手に一人争いに包まれた街へ行ったのだ。
 確証のない憶測。しかしシグナムの確信は彼女の意思に寸分違わず合致していた。

「化けて出てこられるなど堪ったものでは……ない――!」

 立てかけてあった剣を腰に。薄汚れた銀甲冑に身を包み、彼女は目覚める。

「まともな飛行魔法……破門以来か」

 開け放たれた窓に足をかけ、夜風に身を馴染ませる。
 微かに鼻につく焦げた匂いは心なしか血の匂いが混じっている気がした。
 そう思い込める辺り、まだまだシグナムの中の騎士は訛っていないようだ。

「飛べるな……レヴァンティン」

 内心、不躾な問いだと彼女は思った。
 彼を受け継いでからまともな言葉はかわしたことはない。ただ目的のために振るうだけの力。便利な護身道具。
 そんな彼の力をシグナムは心から欲している。忘れかけ、燻っていた己をもう一度燃え上がらせるために。
 
『Jawohl』
 
 彼に否定の意思は――ない。
 彼はこの瞬間を待ちわびて、待ちきれなかった。静かに、暗闇を震わす響きでも彼の中の炎は轟々と渦巻いている。
 彼女の中で今まさに燃え上がろうとする炎が剣の体を心地よいほどに疼かせる。先代にはまだまだ遠く及ばないだろうがそんなのどうでも良い。

「捨てることなど……逃げることなど……出来ない私を許してくれ」
『Sorgen sie sich nicht』
 
 彼女がどんな騎士か、先代から常々聞かされている。彼女の手に渡る前夜は特に饒舌――もっとも宴の後で相当酔っていたのだが――であった。
 新たな主は自分と相成って真面目一徹。母親譲りか、男共に囲まれて育ったせいか。
 騎士として実力は申し分ないが女としてはもう少し色を磨いた方がいい。
 今のままでもいいが多少なりとも女としての度胸を持った方がいいとか。たわわな果実なのだからとかなんとか。
 子を思う親の気持ちというものは自分の概念からすると正直良くわからない。人ならざる機械仕掛けの存在だからこそ当然ともいえるが。
 それでも不思議と伝わってくるのが苦楽を共にした相棒だから。心が喜んでいることは自分にとっても喜びだ。

「ふっ、そうだな。お前を託された意味……それなりにわかった」

 相棒は騎士としての彼女を高く買っていた。そこに親の情などというぬるま湯の情は存在しない。
 彼が認めた、その事実だけで彼女の剣になるに値する。
 握り締め、柄の感触を痛いくらいに確かめるシグナムは以前のような陰気振りまく憮然とした顔ではない。最も彼に目はないのだが少なくとも感じてはいる。

「まったくあいつの言う通りだから困るものだ」

 空っぽの心と彼女はシグナムを比喩した。尤も彼女にしては別意味を含んだ言葉でもあるのだが。
 
「……空か」

 何が一端の騎士だ。
 目の前にぶら下げられた餌に夢中で何一人自分で道を見つけられない。親のおかげで道を歩ける。
 
 ――子供だ。どうしようもないくらい、一人では満足に歩けない幼子同然だ。

 父を追うことが己の道。がむしゃらに走り続けた自分がその道を走破したとき何が残る?
 きっとそこに佇んでいるシグナムは父を真似ただけの騎士の形をした空っぽの子供に違いない。
 そうして迷うのだ。道を失って、けれど目の前に新たな道がぶら下がってないのだから。

「中身を詰めろ……なんてあなたらしい。分かり易過ぎですよ父上」

 本当に必要なことはたった一つ。
 他人で己を磨くことなく、己で己を磨き続ける。
 行く先のある目先の道ではなく、果てすら見えぬ道標すらない自分だけが歩いていく道を見つけること。

「今までの無礼……許してくれますか?」

 父の言葉を反芻し、父の想いを心で感じ、父の偉大さを今一度胸に刻んだ。
 互いに鼓舞する心。シグナムは剣の中の炎を感じ、剣もまたシグナムの中の炎を感じた。 
 シグナムの心に差し込む光明は光と呼ぶにはあまりに熱く、眩い。
 剣は相棒の最後の言葉を思い出す。

 ――道を探す彼女の支えとなれ、道を進む彼女の灯火となれ、と。 

「頼むぞ、我が剣……レヴァンティン――!」

 放浪は随分と長い寄り道であった。それでもつりが来るほど価値のあるものをシグナムは見つけた。
 まだ入り口に足を踏み入れただけ、どんな道かは分からないけど、一つの旅が終わり新たな旅が始まったことに変わりはない。

「全てが終わったら少し説教してやらないとな、無茶好きの馬鹿に」

 悪戯っぽい目つきに口元を吊り上げて、彼女にしては珍しい表情を滲ませて足が窓枠を蹴り上げた。

 月夜に騎士が舞う。紫苑の髪をなびかせて天高く昇っていく。
 シグナムは刃を抜く。抜かれる傍から炎を吹き上げレヴァンティンもこの上なく上機嫌。
 人の言葉で訳すなら彼女はヤル気になった。そのヤル気が格別の燃料だ。
 
 町は炎に包まれている。我が心はそれ以上に炎上している。
 眼下に捕らえしは無数の黒竜。闇を固着させたかのように鱗はどす黒く、血よりもくすんだ赤眼が炎に染まる悲劇を映し出す。
 腕を振り上げ、その先に逃げ惑う無力な人々。女と子供、おそらくは親子。
 振るわれるだろう斬撃は簡単にあの者たちを死へと誘うだろう。

「そうはさせん! いくぞレヴァンティン!!」
『Jahoooole!!』

 魔の剣吼え、焔と化す――!

「我は誇り高きベルカの騎士……ゾンネファルケン唯一の騎士にして――!」

 父の爆炎にはまだ程遠い。
 
 だがもう追い続けはしない。
 
 私は私の道を行く。私なりの炎になって見せよう。

 その炎の名は、

「烈火の将! シグナム!!」

 名のごとく荒ぶる赤が全てを焼き尽くす。
 
「受けよっ!」
 
 ただ我が行く道の名前はよくわからない。本当は分かってるのだけれど分かりたくはなかった。
 それはきっとこの戦いが終わった時、あの大馬鹿者の前で言ってやりたいから。誇らしげに胸を張って、ざまあみろと言わんばかりに笑い飛ばしたやりたいから。
 連れて行くなら私も連れて行けと思い知らさせてやる。

 迷いは――

「紫電! 一閃!!!」
 
 ――断つ!
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