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2007.07/14(Sat)

あの雲のように 第一章 第三幕 


【More・・・】


「……起きてますね」

 暗闇の中、細い息遣いに混じって響く声。
 疑問符のない確認の言葉。

「……よくわかったな」
「……ええ」
 
 別に応えるつもりはなかったが自分が起きていた事実を嗅ぎつけた興味か、それとも眠れない自我を彼女と話すことで疲労させようと思ったのか。
 気づいた時にはシグナムは彼女にすでに返事をしていた後だった。結局は都合のいい後付である。

「気配を悟られるとはな……私も落ちたものだ」

 騎士としての身分を失ってそれなりに日は経つ。
 まともな鍛錬などしていないのだ。体が訛るのも当然の摂理だろう。

「いいえ、私が鋭すぎるだけですよ」

 囁きが静寂に音を作る。
 誇るような口調でもなく、睡魔に漂う声でもない。明朗な彼女には割と不釣合いな声だった。
 それを否定することもなくシグナムは黒に敷き詰められた天井を遠く見つめていた。日中の様子なら必ず一言、二言、彼女に何かしらの感情をぶつけていることだろう。
 出来ないのは疲れのせい。あんな羞恥地獄を味わせられたのだから誰が見たってそう言うだろう。

「そうか……確かにそうかもしれないな」

 闇は視覚を塗りつぶす。その分、鋭敏になった触覚が口元を緩めていることを教えてくれた。
 シグナムにとってその緩みはどちらかといえば自嘲から来る。寝込みは襲われては……、なんて考え気を引き締めて。
 結局、相手の言葉に満足に対応できない。頭の肝心な所は舟をこいでいるのだ。
 騎士でもないのに、追われる身でもないのに、馬鹿げていることこの上ない。

「せっかくのシルクのベッドなんですよ。いっぱい寝ないと損しますよ」
「お互い様だろう」
「ですね」

 言った本人だって目が冴えている。
 あれほど息巻いていたというのにベッドを堪能していないというのはえらく滑稽だ。

「じゃあお話ししませんか?」

 やはり寝ていたほうが良かったか。
 そうも思ったのだが、よく考えてみれば夜が明れば二人は別の道を行くのだ。
 別れの記念というわけではないが少しぐらい話に乗ってやってもいいかもしれない。どうせ、こんな変人とは金輪際会うことなどないはずだからだ。
 
「……なにをだ?」
 
 一種の珍獣観察――動物に例えるなんて相手が知ったら怒るのだろうけど。

「……あなたがゾンネを追われたことです」
「寝るぞ」

 少し大きな布の擦れる音。
 寝返り、そっぽを向いた。 

「太刀筋を見ればわかります……あの構えはあそこぐらいですから」

 背中に凛とした声。またらしくない響きだった。
 拒絶の意思を示すシグナムに構うことなく、閉ざしかけた心を抉じ開けるように彼女は語尾を早めた。

「知りませんでした。あの騎士団に生き残りがいたなんて……」
「生き残りか……結果的にそうなっただけだ。それにその時私はもう破門された身だ」

 ゾンネファルケン――太陽の隼。
 彼女が生まれ、育った場所。
 
 そして今もう亡き故郷。

「私に関わろうとするのはそのためか……?」

 静かに、しかし怒気をはらんだ声。
 太刀筋で相手の生い立ちを見極めるなどそれこそ同業者だから出来ること。それが魔法もロクに使えない人間が出来る業か。
 もしも今までの姿が猫を被っているものなら隣の人間は相当な手だれになり得ることになる。
 危惧を抱き始めるシグナムに彼女は否定はせず、あえて言葉を続けた。

「……迷っていたから……なんて理由になりませんか?」

 シグナムの予想とは裏腹に、彼女の答えは酷く曖昧さに満ちたものだった。 
 迷っていた――誰が? シグナムなのか言った本人自身のことなのか。どちらにせよ、おそらく今のままではシグナムにとって答えの形にすらならないものだった。

「ふざけているならもう私は――」
「何も見つけていない……空っぽの目をしていたんです」

 それ以上口を開くことはできなかった。
 魔法にでも掛かってしまったように声が喉元を最後に費えた。

「あんなに強くて……でも満足していない目……ううん、それすら忘れているようなからっぽの目」

 シグナムではない、他の誰かを謳うように紡がれた声はやはり所在無く闇へ解けていった。
 
「…………」

 彼女は今どんな顔しているのだろうか。
 不意に気になり彼女に背中を見せるのを止めた。それでも面と向かうのはなぜだか気恥ずかしくて、視線は数分前と同じ場所の闇を見つめた。
 よく考えればこの闇だ。顔など見れるわけがないというのに。 
 今の言葉を反芻しながらシグナムは静かに笑っていた。

「そうだな……そんなことあの日から考えていなかった」
「ゾンネが…………なくなった日からですか?」

 さぁ、どうだろう。
 心は答えても口は開かなかった。不思議と、査定することはその事実を都合のいい言い訳にしているように思えたから。
 
「私も……誇りはあったのだがな。……一日と持たず沈むか……あのゾンネファルケンが」

 卓越した魔法技術と剣技を併せ持ち、礼節を重んじる戦いの神。
 このベルカ世界においてその名を聞けば誰しも畏敬の念を抱かせる存在。
 騎士――そう呼ばれた勇姿の象徴。
 シグナムもかつてのその中に身を置き、そして数多の人々から賞賛されていた。

「西国が誇る騎士団の中で一、二を争う……いえ、最も強いとされた」
「ああ、私の誇りだった」

 今でこそ冷戦まがいの争いを続けている東と西の大国。
 規模では西国が圧倒的な領土を獲得し軍事力など特に秀でた豪族の園。
 そう見えるのは上辺だけ。豊富な領土というのは名ばかりの飾りだ。
 彼らが持った力はあまりに大きすぎた。力を鼓舞し続けるためには富がいる。彼らはそのためにありとあらゆる大地の恵みを貪り続けた。
 その果てにあったのは栄枯盛衰の極み。資源は枯渇し、土地は荒廃し、ついには草木もろくすっぽ育たなくなった。

「遠征中の町で東の騎士に手も足も出ずに……らしいな」

 他人事のようにそ知らぬ顔をしたのは認めたくない事実だからこそ。
 顔に出してしまえば慟哭はしないまでも、酷い顔にはなるだろうから。
 そんな顔は見られたくない。

「私もそう……聞いています」

 西国の次なる一手は至極簡単なものだ。
 
 ――侵略。

 国を守るため、ただそれだけのために彼らは豊富な資源を有していた東の国を蹂躙していく。
 西とは違い、東国はいくつもの小国が寄り集まった、ある意味国と呼べない国だ。常に覇権を争い、血の臭い耐えない戦乱塗れの国。
 纏まりなどどこにもなかった。刹那のごとく、最も西に近かった小国が落ちた。

「皮肉な命拾いだな」

 しかしそれ以上、東の国が西の手に落ちた事実はどこにもない。
 目先の覇権よりも国の行く末の重要さをいち早く察知したおかげか。小国が一つ落ちたことで他の小国が手を結んだのだ。
 幾多の猛者と、幾多の技巧。合わさり生まれた力が西の横暴を許しはしなかった。
 双方譲らず、この冷戦の基盤が作られるまで時間はかからなかった。

「じゃあ……なぜ騎士団を離れたのですか? ゾンネの長は義理に厚い人だと聞いていましたが」
「ああ、父上は立派な人だ」

 騎士団長としてゾンネを率いたレコルトは誰からも信頼を寄せられ、尊敬される人間だった。
 シグナムにとってそれは同じ。とりわけ彼の血を受け継ぐからこそ、その念は誰よりも強く固い。
 筋骨隆々とした鎧のような体。無駄な肉は一切なく、長身も手伝い芸術品のように完成された体。
 叢のように好き放題に生えた赤髪は、敵には恐怖を与える地獄の業火となり仲間には勇気を与える灯火のごとく。
 豪傑で大胆不敵。戦では常に先陣、獅子奮迅。
 爆炎の剣と轟雷の剣。軽々と二刀を振り回すその姿まさしく騎士。

「私もあの人を支えられる騎士であろうとしたのだがな……」

 全ては家族を――彼は騎士団の仲間をいつもそうやって呼んでいた――守るために。
 だからシグナムは父の背中を追い続ける。早く追いついて、追い越せるなら追い越してやりたいと渇望した。

「その父から直々に引導を下された……」
 
 何がいけなかったのか。シグナムには理由と出来るものが全くなかった。
 実力は騎士団の中で常に五本の指の内だ。父を追い、力をつけ、儀に厚く――。
 
 だというのに渡されたのは非情な宣告と、

「一応の形見か……」

 ベッドすぐ傍に立てかけられた父の昔の愛刀――炎の魔剣レヴァンティン。

「今までの人生を否定されたような気がしたな…………あの時はほんと怒りよりも絶望の方が大きかった」
「なんて言われたんですか」
「もっと外を見て、中身を詰めろ……あの人らしい言い方だ。まったくもってわからない」

 決して爆炎にはなれない、炎止まりだと。
 レヴァンティンはまさにその例えではないか。邪推かもしれないがシグナムにとってこれを握らせられた時からその観念は亡霊のように取り付いていた。
 
「出て行かなければ斬る……あの人の目は本気だった」

 半分、尻尾を巻いて逃げ出したようなものだった。
 視殺される程度でよく五本の指だと誇っていた自身が物凄いちっぽけな存在に思えた。
 
「懐かしいものだな……父に追いつこうとあらゆる武芸を取り入れようとしていた自分が」

 今のまま剣では父の助けになれない。それならば父も、他の仲間も出来ないような技を学んで、そうして助けになればいい。

 剣、鞭、弓――。

 それが一番の近道だと思っていたのに。向上心を持つこと、力を追い求めることが悪いこととは思えない。
 
「今では何もかも投げ出して……邪魔者だけを切り捨てるだけ」

 目を閉じる。
 少し喋りすぎた。自分が饒舌だったことは知らなかった。
 もっとも、彼女にまたうまい具合に乗せられただけなのは言うまでもない。
 認めようと思う。彼女は人から話しを聞きだすのが上手いのだ。聞き上手で上手い具合に他人から心を引き出す。
 だからなのだろう。ガラにもなくこんな昔話を始めたのは。

「……それなら、なんで私を助けてくれたんですか?」

 ようやく睡魔が寄り添ってきたというのにまだ聞き足りないのか。
 いや、その疑問はシグナムにとっても回答のないものなのだが。

「気まぐれだろう……ちょうど腹も減っていたしな」

 正直な所、無我夢中というわけではないが体が勝手に動いたのが真相だ。
 叫びを聞いて、駆け出して、気がつけば火竜がバラバラになって転がっていた。
 三流ホラーの展開みたいだ。 

「そうですね……そういうことにしておきましょう」
「……なんだ、引っかかる言い方だな」
「いえ、気にしないでください。これ以上私の勝手な推測……押し付けたくないだけですから」

 そろそろ寝ましょう、最後に付け足して今日という日を締めくくった。

「ああ……また明日だな」

 腑に落ちない点もあるがこれ以上の思考はどうやら頭が拒否しているらしい。
 一度眠り始めるきっかけを掴めば、人間眠るのは早かった。
 次に起きる時は朝。さっさと別れを済ませてまた当てのない旅としゃれ込もう。
 いろいろあったが、久しぶりの忙しい日々はそれほど居心地の悪いものではなかった。
 
 あの仕事を除くなら……だけど。
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