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2007.07/14(Sat)

あの雲のように 第一章 第二幕 


【More・・・】


 久方ぶりの人ごみはやはり鬱陶しい程度の認識しかなくて。
 老若男女、ありとあらゆる人種が入り混じる人海を泳ぐのはいささか辛い。
 丁度、市場が活性化する時間と鉢合わせになってしまったのが拍車をかける。

「…………」

 耳に飛び込むは威勢のいい男の声。
 自慢の品をあの手この手の売り文句で売りつける様は今のシグナムにとってはどちらかといえば不快な雑音に近い。

 だがそれ以上にシグナムを悩ますのが、

「なぜ……ついてくる?」

 親を追うひな鳥か、はたまた背後霊なのか。
 兎にも角にもピッタリと後ろに張り付いている半端魔導師。

「はぁ……いきなりそう言われましても」
「言っておくが旅の従者にした覚えは無いぞ」
「私も覚えがないですね」
「…………」

 駄目だ、この女……天然だ。
 何を言っても徒労に終わる――そんな結論をさっさと出してシグナムは再び雑踏の中を歩き出す。
 勿論、あの魔導師も後ろをついて来る。どんなに歩を速めてもそれは変わらない。
 振り切ろうと思えば振り切れるだろう。だがこの何するでもなく彷徨う人の群れが激しく邪魔だ。

「ほんと人が多いですね~、私が来た町とは大違いですよ」

 これは自分に向けて投げかけられた言葉なのだろう。まさか一人で言っているのなら相当な変人だ。
 今でも十分に、自分の中では変人なのだが。

「東から来たのか?」
「そうですね、このまま西の果てまで行ってしまおうかな何て思ってまして」

 お情けでかけた言葉でも彼女にとってはそれは嬉しいものらしい。
 耳には、弾んだ声がしばらく聞こえていた。

「その長旅に備えなしか……馬鹿か、おまえは」

 大体だ。西の果てなど明確な終着駅もないくせにどうするつもりなのか。子供の遠足とは違うのだ。
当てのない旅など、

「放浪ですよね。これ世間一般で言う」
「っ……わかってるなら止めておけ。悪いことは言わん」

 心を読まれたか? まさかそんなはずはない。これでもその手の魔法に対してはそれなりに免疫をつけている。
 単なる偶然。よくあることだ。
 突然の不意打ちであったがシグナムはそれ以上気に留めることなく雑踏の波を掻き分けていった。

「そういえば宿、どうします?」
「野宿に決まっているだろう」
「……本気ですか」

 あいにく放浪の身。路銀の工面で精一杯だというのにこの期に及んで宿泊とはどういう神経をしているのか。
 自然と次に出た言葉は少なからず怒気をはらんでいた。

「贅沢は敵だ」
「そうですか……でもどの道、これからのお金の備えもないんじゃないんですか?」

 また心を読まれた。

「獣の皮や骨を売ればその日ぐらいの稼ぎはできる」

 肩から下げた麻袋の中にはもう腹から腸に行ってるであろう火竜の生き別れが入っている。
 竜の骨や皮は武具や装飾品の材料として高く売れる。自分の腕に自信を持つそれがしの人間なら誰しも一度は手を出すだろう。

 加えるなら竜退治は己の強さを端的に表す物差しともなる。以前属していた騎士団の紋章も竜をモチーフにしたものであることからもそれが良く分かる。
 しかし悲しいかな。今の彼女にとって地位や名声などどうでもよく、ただ飯代さえ稼げればというのが本音だ。
 その程度にしか認識されない竜は溜まったものではないだろうが。

「私はベッドのほうがいいですね」
「なら一人で寝ればいい。言える口があるのだから金もあるのだろう?」

 そうすればここでこの妙な天然ともお別れができる。
 市場を抜け広場に出る。目の前には噴水、左右に分かれ道。

「もちろんですよ……これから一気に稼ぐんですから」
「…………は?」

 またこいつは何言ったか。
 耳が馬鹿になっていないと仮定するなら「稼ぐ」と、確かにそう聞こえた。
 ……喧騒で聞き間違えた。そう思うことにしよう。

「この際ですし一緒にやりません?」

 そうだ聞き間違いだ。
 どうやら耳の調子が非常におかしいらしい。我が愛剣ではないが整備の必要、有りだ。
 
「たぶんあなたがいれば百人力、鬼に金棒ですよ」

 絶対に聞き間違いだ。
 自分と組んで仕事をしたいなどと戯言に決まっているであろう。
 
「生憎人と戯れるのは苦手で――」
「前はあなたが、後ろは私が。攻防共に完璧じゃないですか」
「そ、そうか。だがそれでも――」
「小さい街ですけどいくつか目処は立ってますし。きっと一週間くらいのお金なら稼げるはずです」 
「…………」

 額に手をやる。汗を拭きたいわけではない、頭痛がしたからだ。
 話が見えない。全く見えない。
 素性は知れない。騎士でもない。
 挙句の果てには魔導師としても半人前。そうだ、変人だ。
 誰が進んで藪を突つきたがるのだ。その女が持ちかけてくる話なのだぞシグナム。

(甘い言葉に乗せられるな……精進だ、精進!)

 しかしだ……。

 ――おおよそ一週間の路銀。
 この女の性格なら一週間でも放浪暦がそれなりの自分に言わせて貰えばおそらく三週間は持たせられる。
 共同の仕事ならば取り分は半分。それでも一週間以上持たせられる。

「人の心は人の生活をしてからこそ。身なりだって整えて。その縛ってぶら下げてるだけじゃ髪だって可愛そうですよ」

 彼女の声の矛先が変わった。
 そんなことは百も承知の余計なお世話だ。
 勲章代わりの傷を蓄えた――なんて言うには少し無理があるサビ、ヒビに彩られた甲冑。
 無精を重ねて伸びた紫髪は麻紐で適当に一本へ。
 毛並み乱れ、あまりに品が無い馬尾である。

「放浪者というより浮浪者ですからね」
「…………」

 騎士道とは真っ直ぐな心構えに。
 いつか説かれた教えが脳裏を掠めていくものの、今更騎士の身分を剥奪された身だ。
 別にいいだろ。私の勝手だ。
 そりゃあ自分でも多少はまずいかな……とは思っていますが。

(そんなこと口に出してみろ)

 取りあえずの自問自答。
 おそらくこの女のろくでもない仕事に連行され、辛うじて残っている恥や外聞の欠片を捨てることになるだろう。
 それこそ人間として生きていられない。

「ダイヤモンドの原石って磨けば磨くほど輝きますし」

 一方的な思い込みだ。
 そんなに研磨してみろ。最後に残るのは指先程度の欠片やも知れないぞ。
 もったいないことこの上なし。

「取りあえず磨くなら他を当たれ。私を磨いてもサビしかでんぞ」
「さて、それはどうでしょうね」

 今度は声色が変わった。妙なくらいの寝こなで声。
 なんだか背筋がゾクゾク冷えるのは気のせいなのか。

「おっきい胸なんですし」

 ――はぁ?

「寝てる間にちょっとだけ触らせてもらいました」

 後ろのこいつは何をほざいた。
 寝こみを襲った? 
 襲えるものか、騎士なのだぞ。
 いつ何時命が危険に晒されても飛び起きれるくらい用心はしているのだぞ。
 それを……触っただと。

「私より大きいんですよね」
 
 寂しげに呟いて、しかし口元は怪しく微笑んで。
 シグナム自身、胸の大きさについては邪魔な重り程度の認識しかない。元から騎士という身分で育ったせいか女性としての恥じらいはかなり薄い。

「き、ききき……貴様」

 否――シグナムは立派な女性である。
 騎士であっても、鎧の下に隠しているのは惑うことなき乙女の心。
 幼きころから騎士として、武人として生きる道を選んだ彼女ほど純粋な心の持ち主はいない。

「あ~あ、自分でもそこそこあると思ってましたのに」
「じょ、冗談も大概に」

 ある意味堅苦しい世界で生きてきたシグナム。そのおかげで年頃の少女がそれなりに興味を持つ話題に触れる機会も皆無であった。
 彼女といえばそのころ――今でもそうなのだが――触れていたものは剣のみという。
 勘違いしないでほしいのは何もかも知らない箱入り娘というわけでは無いということだけ。

「あんなぐーぐー無防備に寝られていたんじゃ揉んで下さいって言ってるようなものですよ」

 知識としては知っている。ちゃんと知っている。知っているだけだ。
 悲しいかな実践経験はゼロ。結果的にシグナム自身の中でその手の色恋事というものは自然と神格化されてしまい……。
 騎士道手伝い、貞操観念は金剛石の如し。

「そ、そんなわけない……私は昨日は」
「美味しい食べ物を食べて、満足しちゃって、ぐうすかぴー」

 不覚! 一生の不覚!!

 なぜよりにもよってこんな女に弱みを見せた愚か者!!
 と、後悔先に立たずなのは言うまでも無い。

「嫌ならいいんですけどね……」
「初めから願い下げだ!」
「じゃあ額を訂正します。……ごほん! 二週間分でも?」
「うぐ……」

 ああ、悪魔が手招きをしている。
 だがそんな取引絶対にしてはならないと、善の自分が警鐘を鳴らしている。

「そんなえっちぃお仕事じゃありませんよ。れっきとした日の当たりまくりなお仕事です」

 なら悪いことは言わない。多少のことには目を瞑れ。
 悪の自分が囁いている。

「大方、騎士道だけ馬鹿の一つ覚えみたいに学んできたんでしょう?」

 だからなんでそこまで心内に入り込んでくる。
 不快を通り越して呆然といったところ。

「社会勉強ですよ。さぁ、行きましょう」

 いつの間にか腕を引っ張られ景色が動き出していた。 
 拒否の意思は――切り伏せられていた。

「二週間分なら……仕方あるまい」

 他でもない悪の意思に。
 ……生きる意志に。 


 そういうわけで――。


「…………なぜ……こんな……格好を……」

 連れてこられて、着替えさせられて。
 あれほど埃に塗れた髪が嘘のように輝いていて。魔法は染髪すら凌駕するのかと茫然自失。

「だからそういう系な魔法は得意なんですよ~」

 それ以上に受け止めきれない現実。間延びした声は背中で受けるが精一杯。

「さぁ、今日一日頑張りましょう! 目標三週間分の路銀!!」

 額が引きあがっているのは……多分気のせいだ。
 緊張に凍結したシグナムを面白おかしく彼女は見据え、どこから出したか純白なエプロン姿で腕を捲くる。
 なかなか広く、動きやすい厨房に満足し、握るは包丁。
 意気込む彼女とは正反対に満足に笑みすら浮かべられないシグナム。
 
「こ、ここ、こんな甲冑で……敵の攻撃を……受けきれるか」

 確かに動きやすい。極限まで削り取った装甲、速さを追求した成れの果て。
 
「だい……たいこれは……なんだ……?」

 下半身を守護するそれは世間一般でいうミニスカート。
 嫌なくらいの清涼感が足全体を包んだ。
 赤い靴は具足とは比べ物にならないほどに軽く、羽のよう。
 甲冑とは程遠い前掛けに白に赤のラインが入った服は薄く、やはり軽かった。

「どんな敵を……相手にするというのだ」

 前へ張り出す二つの隆起は服をはち切らんばかりに押し上げて。
 前を止めるボタンは辛うじて耐えてくれるのが不幸中の幸い。
 甲冑でないことぐらい最初の最初からわかりきっていた……。
 でも信じたかった。甲冑だと。

「やっぱりサイズぎりぎりですか~?」

 視線はまな板、リズミカルにステップを踏む包丁へ。
 すでにシグナムを見ていない。
 
「大丈夫ですよ、メニュー聞いて運ぶだけですから」

 頼りない励ましはすでに耳に届かず。

「私は……やはり……ベルカの騎士……なの……だ」
 
 愛剣の変わりに握られた白銀の盆がこれでもかというくらいに細かく震えていた。
 

 やがて入ってくる幾多の刺客。
 
 敵は多く、激しく、強くて――。

 日が暮れ、さらなる喧騒が襲い掛かっても屈しはしない。

 勝機は必ず訪れる。

 不器用に、ただそれだけを騎士は待ち、脆弱な甲冑で大地を駆けた。


 そうして戦は終わった……。

「驚きました……四週間分です」

 限りない路銀を懐に蓄えて。

「ベルカの騎士……これしきのことで負けは……しない」

 シルクのベッドに身を横たえて、

「やっぱり私の思ったとおりです!」
 
 賞賛の声を聞き流す彼女の顔は無理な笑顔が祟りひどく引きつっていた。
 代償にしたのは騎士道と羞恥。
 もういやだ、やりたくない。
 そんな感情すら浮かべられないほどに彼女は陥落していた。

 後の烈火の将シグナム――十八歳、一夏の経験だった。
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