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2012.11/26(Mon)

ステップアップ! リライズアップ! 


【More・・・】



 ――気まぐれ。

 その時分の気分だけで行動し、その裏には考えや計画や、ましてや野望も何もないまっさらすぎる様子。
 これはある時、ある魔法少女の姉が最近巷で流行の様々な遊戯を眺めながら閃いてしまった気まぐれから始まる。
 あまりに突飛で、しかしながら飛び込んでしまえば心漲り迸る。白熱した世界で繰り広がられるやり取りが例え現実じゃない仮初のものでも、心躍らせるこの気持ちは本物だから。

 汝、この勇気ある世界に踏み入れるものならばこの力を手に取るが良い。そして心のままに、想いのままにこう叫べ――。


 ――ブレイブデュエル、リライズアップ!!


魔法少女リリカルなのは STEP 外伝?
 
ステップアップ! リライズアップ!

 
「ねぇシルフ、やっぱりシールド系なら防御能力を上げたほうがいいと思う?」
『それは時と場合に、と述べておきます。お嬢様の意図を汲み取る限りそうではないようですので』
「そうだよね。ちょっと意表をついた使い方を考えたんだけど……今の形だと少し制御が難しいかなって思って」

 広大な面積を誇る月村邸の庭の一角。さらにそこから少し進んだ雑木林の中で一人の魔法少女が自分の閃きを形にすべく唸っている。

『確かにこれを従来の制御系で運用するには無駄が多いですね。むしろ新たな術式を取り入れたほうが良いかもしれません』
「シルフもそう思う? けどあまりリソースを圧迫したくないし、術式の体系はある程度揃えないとチグハグになっちゃう」

 月村すずかにとって趣味と実用を兼ねた魔法の研究は、今日に関しては順風満帆には行ってくれないご様子。ちょっとしたアイディアならすぐに形にして相棒と出来についてあれやこれや論議をして煮詰められるものなのだが、本日は形にすべき試作品すら送り出せていない。
 今日は稽古事も無いので夕飯の時間まで屋外で思う存分魔法を繰り出そうと思っていたのに暗礁に乗り上げた感じだ。

「はぁ、なんだか感覚で組めるって羨ましくなっちゃうかも」

 浮かんできた親友二人に思わずため息。
 これは性分なのだろうけど、お嬢様らしく礼儀作法に厳しくあろうと気を使っていると自然と他の何事もしっかりとした姿を求めてしまう。
 それは魔法にだって例外なく適用され、すずかにとって魔法は発動した結果だけでなく術式の組み立てから発動に至る過程全てを理解した時に完成されるのだ。
 
「……ちょっと休憩しようかな」
 
 そりゃあ発動プロセス一つ一つの挙動に完璧を求めるのはやりすぎな気がしないでもない。しかしその途中の経路から新たな魔法を作り出すヒントが隠されている可能性だって否定できない。
 閃きの種はどこで芽を出すかわからないのだ。つぶさに観察して突き詰めて、それもまた一興であり――。

『ええ、根を詰めても碌なことはありません。息抜きもまた大事です』

 彼女の相棒であるシルフも同意見であった。主の発想は時に明後日の方向へ飛んでいくような突飛なものもあるけれど、どれもが彼女らしい理路整然とした魔法のイメージを授けてくれる。
 曖昧ではない確固たる情報は祈願型である自分の魔法生成に何度も棹差してくれる心地よい調べ。

「ほんとになのはちゃんもアリサちゃんもどんな感じで新しい魔法作ってるんだろうね」
『私もレイジングハートやバーサーカーに聞いてみたいものです。……おそらく私では理解しかねると思いますが』
「あはは……流石にそこまではないと思うよ」
 
 実際のところ彼女たちに聞いてみれば二言目には「シュシュシュ! バーン!!」とか擬音交じりの身振り手振りレクチャーが始まるのだ。なのはの方はまだ多少なりとも魔法に関しての知識はあるものの、アリサにいたっては自分と同様に魔法少女暦が一年もないような素人である。

「ぐーん! と振りかぶって当てたら爆発! イメージとしてはこんなものかしら」
『お上手ですねお嬢様』
「褒めても何もでないよ、もう」
『私もそれで術式を組み上げられるあの猪突猛進が不思議でたまりません』

 親友といっても魔法の使い方は千差万別。理論派のすずかとフェイトに感覚派のなのはとアリサ、完全に中間であるはやて。特にすずかはその理論派の中でも一番端っこの存在だと考えている。対極にいるのは無論アリサであり、分かり合うという行為自体が実は水と油を混じらせるくらいに無理な事ではないだろうか。
 洗剤でも使って無理やり混ぜ合わせるなんてことは置いておくとして。

「今日はもう切り上げて宿題やって……ゲームでもしようかな」

 悪い方向へ煮詰まった鍋の中身はもうズブズブと焦げて煙を上げ始めている。調子が良くないときはいっそ投げ出すのも選択肢の一つ。

「うん! そうしよう! それが一番いいよね!」
『賢明です』

 もとから選択肢は一つだけだった。
 一人で駄目ならみんなと話してアイディアの交換会を催してしまうのが正解への近道だ。急がば回れと言うのはケースバイケース。

「……なんかこれじゃあお姉ちゃんみたいだけど」

 姉である月村忍のお気楽思考回路に徐々に近くなっていることに少しだけ頭痛を覚えるのが月村すずか最近の憂慮すべき事案の一つ。
 あれだけ自由奔放に出来る才能に月村家の令嬢という看板は抑止力を示さないらしい。それはもうお嬢様と言うよりメカオタクそのもの。最近じゃ頭に魔法がくっついてマジカルメカオタクに進化している始末。
 そういえばまた最近アースラにお邪魔して何かしていることを思い出しすずかはまた頭を押さえた。協力者名目で技術研究するのは構わない。そして珍妙な魔法を発明しなければ何も咎める事はない。
 この前の「デバイス技術延長のメイドロボなんていいんじゃない!?」なんていきなり言い出してきたのにはもう驚きとか轟きとかそんなちゃちなことを通り越して閉口した。ついでにらしくもない生暖かい視線もプレゼントしてやった。

 コツ!

「――ん?」

 足先に何か妙な感触がした。視線を落とすと茫々と茂った雑草の海に何か不思議な物体が取り残されていた。

「なんだろう……これ?」

 拾い上げたそれはちょうど手のひらサイズの長方形の物体だ。僅かな厚みがあり表面には真ん中に宝石のような装飾と、その両脇から翼を思わせるような金で形作られたレリーフがはめ込まれている。
 
「……この魔法陣って」

 しかしすずかの目を引いたのはそれら装飾よりも下地に描かれていた魔法陣だった。決してデザインが奇抜だったわけではない。本来ならその魔法陣が地球生まれの製品に描かれることは奇跡的な偶然を除いて有り得ないことだから。
 
「誰かのデバイス……でもないか」

 魔力も発してないし、デバイスとして機能を詰め込んだにしてもやけに軽いというか重量と呼べるものがほとんど無い。試しに振ってみたが音もしない。様々な角度から観察して見つけられたのは片側側面のスリットのみ。

「カードケース?」

 口に出して納得した。ああなるほどこれはカードケースだ。
 おそらくこのスリットには本来それなりの枚数のカードを保持しておくためのもの。

「またお姉ちゃん変なもの持ってきたんだ」

 ここを通るのは森の奥に隠してあるアースラへの転送装置を使うか魔法の試用を行うときのみ。自分を除いたら姉と時々親友ぐらい。その親友たちは自分と遊ぶ時や何か事件の起きた時に利用するくらいなもの。

「はぁ……ミッドチルダのカードゲームなんだろうけど」

 こういう物の管理はしっかりして欲しい。本来なら魔法の世界の技術も物も、とにかく関係性を持つものはこっちの世界に持ち込んではいけない決まりだ。
 まさかロストロギア級の危険物という線はないだろうけど、このまま放っておく訳にも行かないので回収だ。

「そういえば向こうのゲームってどんなのがあるんだろう――って、駄目駄目考えちゃ駄目だよ~!」

 こうやって思考を明後日の方向に飛ばすのが姉のようになっていく一歩に違いない。今はまず自分の魔法を作ることに専念しなくてはならないというのに。

『お嬢様……今日はもう魔法について考えないほうがよろしいかと思われます』
「…………うん」

 専念して詰まったから切り上げたというのに気がつけばまたこうやって魔法がらみのほうへ足先を突っ込んでいた。由々しき事態だ。

「早くこれ返しちゃおう」

 バリアジャケットを解除し私服姿へ。デバイスも待機状態の指輪にして右手に嵌める。
 謎のカードケースを懐に押し込んですずかは自宅への道を少し足早に辿っていった。

* * *

 ――翌日。

「それでアタシとしてはあそこで突撃するよりは待ち伏せしたほうがいいと思ったわけ」
「アリサちゃんにしては慎重な意見やなぁ。てっきり突っ込んでこうバーン! とぶっ飛ばすかと思ったわ」 
「アタシだってそこまで猪突猛進じゃないっての」

 時刻は正午。ポカポカと世界を照らす太陽の元、屋上の一角をシートで占拠しランチタイム真っ最中の少女たち。

「いっそ広域魔法で蹴散らすとか? 雷撃で相手の動きを封じ込めれば隙は作れると思うけど」
「そうすればわたしの砲撃で一気に終わらせられるもんね」
「そうやって雷の効かない相手に気づかず不意打ちKOされたのはどこの誰だったかしら?」
「「ごめんなさい」」

 流行のファッションやアーティスト、昨日のテレビに花を咲かせずなんだかとても少女には似合わないような単語が飛び交うのも当たり前な風景の一こま。

「次こそはクリアするわよ! リニスの問題! 第32問!」

 彼女たちの今の魔法ブームはフェイトの教育係であるリニスから与えられた魔法技能向上プログラムである『リニスの問題』である。
 模擬戦ばかりではただの脳みそ筋肉のバトルマニアになってしまうと魔導師として普通の少女としての将来を危惧したリニスが寝る間も惜しんで作ったプログラムで、デバイスの補助の元作り上げたヴァーチャル世界を脳内に投影しいつでもどこでも手軽に戦術を鍛えるものなのではあるが、

「なんだか30問越えたあたりから制限時間と難易度上がったよね」

 なのはの指摘の通り、最初は数分で出来るような簡単な問題が今や数十分の長丁場となり、さらに難易度も加速度的に増しているのだ。
 ちなみに全50問で構成されているので先はまだまだ長いわけで。

「リニスだもん……絶対張り切って暴走してるよ」
 
 自分が一応は主だというのに暴走を止められなかったフェイトはしょんぼりしながら卵焼きを口へ放り込んだ。

「にゃはは、でもせっかくリニスさんが作ってくれたんだし頑張ろうよみんな」
「そうね、投げ出したら乙女のプライドが廃るわ」
「せやせや、諦めるんてわたしの辞書に無い」

 意気投合、いつものように和気藹々とした親友の輪だ。

「けど頭の中だけじゃなんか物足りない気もするんだけどね」
「やっぱり体を直接動かさんとわからんこともあるしなぁ」

 少しつまらなそうにアリサがため息をつけばはやてがシートの上に投げ出した足を上下にパタパタとゆすってみせた。

「体の反応って頭の中と現実じゃどうしてもギャップが出てくるからね。高速移動とかになると短い時間でも命取りになるし」
「それはフェイトちゃんくらいの気がするけど」

 あくまで頭の中で繰り広げられる世界はエミュレートされた仮想世界でしかない。いくら個々の身体データをインプットしても脳から下される命令をデータ上に反映する時間はコンマ以下の誤差といえど生まれてしまう。加えて彼女たちは複数で仮想世界に挑むわけだ。それぞれの情報を同期させるとなるとその誤差はどんどん開いていく。
 故に製作者であるリニス曰く、この世界での経験は肉体ではなく精神に刻まれるものと定義しているくらいだ。
 ならば模擬戦をすればいいのではないかと思うが、実際毎日そんなことしてれば体力が持たないわけで。

「そういえばさっきから何も言うてへんけど……すずかちゃんどないしたん?」
「へっ? あっ、えと……ちょっとね」

 はやてに呼びかけられてはっとするすずか。まるで今まで心此処に在らずと行った雰囲気だった。

「すずかちゃん何か悩み事?」
「そう……なのかな」
「だったら話して欲しいな。私たちならすずかの力になれると思うから」
「そ、そこまで心配事じゃないんだけど」

 二人の言葉にすずかは弁当箱を入れてきた巾着から悩みの種を取り出し、そのままシートの上において見せた。
 四人の視線が一斉にそれへ集まりそれぞれ声を上げる。

「何よコレ? カードケース?」
「男子の間で流行ってる奴かこれ? 確かヴォンガードとかなんとか」
「じゃあ落し物かなこれ」

 怪訝な目つきでカードケースを見つめるアリサに、男子が休み時間に机をくっつけ夢中になってる光景を思い浮かべるはやて。そこからこのカードケースの顛末を推理するなのはと返す反応は様々だ。

「…………そうだね。うん、絶対そうだ」

 ただ一人、かなり遅れて反応したフェイトだけは何か思うところがあったのか怪しいくらいに表情が硬かった。

「昨日ね、新しい魔法を作ろうかなって庭に行ったら落ちてたんだ。だからお姉ちゃんので間違いないと思うんだけど」

 本当なら昨日の夕食の後にでも渡そうと思っていたのだが当の姉が何か大学の用事で帰りが遅くなるということで合えずじまいだったのだ。
 朝も早かったようで結局は話しの種にはなるかと思いこうして学校にまで持参したわけだ。

「でもすずかちゃんこれカードは入ってないよ」
「うん、きっとお姉ちゃんが持ってると思うから」
「だったら放課後にでも返しに行けばいいんじゃないの?」
「わたしも賛成や。図書委員のお仕事も今日はお休みやしな」

 今日は翠屋の人手が足りているのでなのはは手伝いに行かなくても大丈夫だし、アリサもすずかにも特に大きな用事も無い。はやても所属する図書委員会の仕事が無いわけで。
 
「じゃあみんなで行こうよすずかちゃん!」
「ありがとうなのはちゃん、私嬉しい!」

 なんだかこうやって親友たち一緒にいるとちょっとした悩みなんてどうでも良くなるのは、きっとそれくらいでくよくよしないで顔を上げて楽しい世界を見つめて欲しいってことだと思うから。

「でも忍さんって放課後ってどこにおるんやろ?」
「アースラが来てればほとんどそこにいるから」
「今ってアースラ来てるのよね? ……フェイト?」

 地球、というよりこの海鳴市を舞台にPT事件に闇の書事件、さらに闇の欠片事件等々魔法が招いた事件が幾度となく発生したこの場所を事件が解決したからといって簡単に手放しにするわけにはいかない。
 二度あることは三度あるという言葉があるように、新たな事件が起きてもすぐに対応できるように時空管理局は監視も含めて定期的に次元航行艦アースラをこの地へ赴かせているのだ。

「…………」
「フェイト! もしもーし!」
「――んふぇ!? な、何アリサどうしたの!?」
「アースラって今海鳴に来てるって聞いたんだけど」
「あっ、それなら一週間くらい前から停泊してるよ。こ、今回はちょっと色々あって長い間いるみたいなんだって」
「なら忍さんはそこにいるわね」

 ひとまず目的地アースラに決定だ。行き先はフェイトかすずかの家のトランスポーターから直行として後は到着してから考えればいいだろう。
 全員のリーダーであるアリサの頭の回転は速い。すぐさま計画を立て終わり、そして同時にもう一つの問題について考えを始める。
 腕を組みながら横目に見るはもちろんフェイト。どうにもさっきから様子がおかしい。

「あ、えと……みんなごめん! 今日は私ちょっと母さんの用事があって遠見市まで行かなきゃならないんだ!」
「え? あ、そうなんだフェイトちゃん」
「用事ならしょうがないなぁ」
「これ返したらみんなで遊ぼうと思ってたんだけど残念」
「ほ、ほんとにごめんねみんな! また誘ってね!」
 
 口ではそうは言ってるものの……やけに上ずって早口なあたり何か引っかかる。邪推と呼ぶならそれまでだけどアリサには今のフェイトの態度がどうにも腑に落ちなかった。

「……。もう、しょうがないわね。じゃあアタシたち四人で行って来るわ」
「ほんとうにごめんアリサ。私――」
「ストーップ! 用事ならしょうがないでしょ?」

 人差し指をフェイトの唇に突きつけてウィンクをしてみせる。その態度にフェイトも強張った顔をなんとか和らげることが出来た。

「じゃあ放課後一番に行くわよ! フェイトは用事だから今日はすずかの家のトランスポーターでアースラに!」
「もし家にお姉ちゃんいればこれ渡して」
「後はそのまま遊ぶってことで」
「決まりやな」
「にゃはは、楽しみ~!」

 笑顔の中でアリサの思考はまだフェイトに向いている。フェイトが動揺し始めたのはあのカードケースを見てからだ。つまりそこに答えが潜んでいるのは間違いない。
 このカードケースはすずかの姉である月村忍の所有物だ。とするとフェイトと何かしらの線で結ばれている可能性は極めて濃厚。何かを隠しているのは明々白々だ。
 探偵のような鮮やかな推理をしてアリサは区切りをつける。これ以上は考えても時間の無駄だから。後の情報はアースラに行ってからでも遅くは無い。

「ほんと楽しみね、放課後が」

 きっとこれは楽しいことが巻き起こる予兆に違いない。これは得られた情報から導き出した結論ではないけどアリサの中では既に確信になっている。何故って問われれば一言で済んでしまうくらいに自信に満ちた答えが今彼女の中にあるから。
 ――女の勘。馬鹿にするものじゃない。

* * *

「いや~、やっぱりみんな来てくれたわね」
「当然ですよ。落し物なんだから忍さん困ってたら大変ですし」
「嬉しいこと言ってくれるわねなのはちゃんは。流石は恭也の可愛い妹ね」
「それほどでも~」
 
 頭を撫でられ無邪気に笑みをこぼすなのはに将来は戸籍上だと姉妹のような関係になるのかなぁ、とふと思いながらすずかはこの後のスケジュールに関して思いを巡らす。
 
「んじゃあ、私から少しばかりのお礼をしないとね」
「えっ? そんないいですよ! わたしたちは落し物届けに来ただけだし」
「いいのいいの! ちょうどモニターが欲しかった所だからね」
「モニター?」

 巡る思考が突如として急停止。

「お、お姉ちゃんまた何か変な魔法作ったの……?」
「そんなわけないでしょ。私だってたまにはいいもの作るんだから」
「いいものって……」
 
 目の前に落っこちてきた巨大な壁に衝突してめり込んでいた思考がなんとか顔を出して様子を窺っている。
 たまには――自覚があるのが本当に性質が悪い。だというのにそれを頭ごなしに否定できないのが妹の性質でもあるわけで。

「取り合えずみんな訓練場に集合ってことで!」
「そこでなにかするんですか?」
「そう! あっ、これ持って行ってね」
 
 疑問符を浮かべるなのはへ忍が手渡すのは先ほどのカードケースだった。いつの間にか入れたのだろうかケースの中にはカードが装填されていた。

「えっ、でもこれ忍さんのものじゃ……」
「これが必要なのよ。はい、アリサちゃんにはやてちゃん、それにすずかもね」

 次々に渡されていくものはなのはと同型のカードケースだった。皆それを手に取ると興味津々に覗き込んだ。

「アタシやすずかはなのはと同じ形なんですね」
「わたしのだけちょっと形違うなぁ」

 はやてのケースだけは宝石と白い翼を模したレリーフで飾られている点では二人のケースと同様だが色彩が赤と黒となっている。

「二人やなのはちゃんはミッドチルダ式、はやてちゃんはベルカ式のカードデッキってところね。あっ、正式名称はブレイブホルダーって言うんだけど」
「……それで、これでカードゲームでもする気なのお姉ちゃん?」

 もちろんその質問は話を進めるための口実でしかないのは姉も妹も知っている。いわば店員から売り文句を引き出すためのさくらのようなもので。
 その言葉を聴いた途端に待ってましたと言わんばかりに鼻息荒く、誇らしく忍が胸を張った。

「カードゲームはカードゲームでも最新鋭テクノロジーを結集させた超未来型体感カードゲーム! その名も――」

 そこで一呼吸。スッっと大きく息を吸い込み高らかに宣言。

「ブレイブデュエル!!」

 それが月村忍の閃きから生み出された叡智の結晶だった。

「「「ブレイブデュエル……」」」

 ああ、みんな乗せられたな。
 なんだか漫画的な表現に出てくるキラキラという擬音と光がなのはたちの周りを包みこんでいるような錯覚を覚えた。
 大体の察しはつく。つまりは魔法を利用したカードゲームなんだろう。おそらく使用したカードのモンスターが実体化して目の前で戦いあうようなテレビのアニメでやってるようなアレだ。

「あら、すずかはあんまり驚かないのね」
「私だってお姉ちゃんの妹だもん。どんな内容か大体わかるし」
「そんなドライじゃ長い人生やってられないわよ? 子供はね楽しんだもの勝ちなんだから」
「でもぉ……」
 
 なんというか姉に手のひらの上で転がされているのが妹としては不満なのだ。多分これだって見抜かれてるんだろうけど、いつも忍にやられてばっかりというのは情けない気がして。

「はいはい、今日は素直に楽しんじゃいなさい。はい、これ持ってね」

 耳元で囁いてそっと何かを手に握らされる。

「これって……?」
「必須アイテムその2、データカートリッジよ。あなたたちのデータを記録するための記録装置」

 手のひらにちょこんと乗っかるカートリッジ。ちょうどカートリッジシステムに使われるマガジンに装飾を施したそれはやはりデバイスに装着するようなものではない。かといってカードゲームに使うような装置にしては随分とごつい印象を与えてくれる。

「また難しいこと考えたんじゃない?」
「そ、そんなわけないよ! もう行ってくるね!」
「ふふ、じゃあ行ってらっしゃい」

 残りのカートリッジを受け取りすずかは駆け出す。
 これ以上ここでごねたって埒が空かないし、何より親友たちを待たせたくない。あれだけ期待に目を輝かせているのだからその熱を冷めさせるような真似はしたくなかった。
 お茶目な姉にはいつだって敵わない。年の功もあるだろうけどここまで手玉に取られるのはどうにか出来ないものかと思うのはもう数え切れない。
 それでもこうやって親友全員に笑顔を運べるのは才能なのだ。だから認めている。尊敬している。大好きなのである。

「みんなお待たせ! はい、これお姉ちゃんが!」

 なので妹は素直にそのご好意に甘えるわけだ。なんだかんだ文句は言っても楽しいことが訪れるのに変わりは無いのだから。

* * *

「へー……なんだか凄いものが出来てるじゃない」
「おっきぃなぁ……」
「これでカードゲームするの?」
「違うと思うけど……」

 四人とも目の前に広がる光景に驚嘆の声を漏らすばかりだった。

「やぁやぁみんないらっしゃい! 今日も元気そうで何よりだね!」

 飛んできた声に一斉に振り向けば馴染みの管制官がやってくるところ。

「エイミィさん! これって一体何なんですか!?」
「よくぞ聞いてくれましたなのはちゃん! これはねみんなのデータを元に作った3Dモデルを戦わせる体感型カードゲーム! ブレイブデュエルの装置なのだよ!」

 親指を立てる簡単な解説を始めたエイミィに少女たちはまたそれぞれ違った反応を見せる。
 アリサはカードゲームを3Dで体感するという意味を自分なりに理解し飲み込もうと首をかしげ、すずかはどんなシステムか大体予想をしながら自分でもすぐに出きるか期待に胸を含ませる。
 一方、なのはとはやては素直に言葉を受け取りながらエイミィに何度も頷き返していたり。

「あれ? でもなんでこんなのがアースラに積まれてるんですか? 管理局のお仕事の一部には思えませんけど……」

 素朴な疑問だったが、なのはの投げかけにアリサもすずかもはやても思わずはっとした。

「ああ~、それはね……まぁなんというかねぇ」

 忍は頬をかきながらエイミィに目配せした。それにエイミィもしょうがないと言わんばかりに頷き口を開いた。

「これね、元々は高度な模擬戦を出来るように管理局が作った装置だったんだ。ほらランクの高い魔導師同士が全力で戦うと訓練場の結界でも持たない時があるでしょ?」

 アースラに設けられた訓練場は通常魔導師が使用する上では問題くらいに強度が保てる。これは多少威力のある魔法でも訓練場に張り巡らせた結界で遮断できることによるわけで。
 もちろん例外はある。今訓練場に集った魔法少女たちになど特にこのルールが通用するわけが無く、全力全開で模擬戦なんてやった日には――。

「確かにアタシたちもユーノ無しで模擬戦したらどこか必ず壊れるわね」  
「ユーノくんいても壊れることあると思うけど」
「でもそんなんちゃんと対策してるんやろ? 次の日には直ってるし」

 該当者数名は口々に自分の意見を出しながら頷きあった。実際そういうことは日常茶飯事でそれ相応の対策を取って自動修復装置とか都合のいいものが用意してあるのではないだろうか。
 
「あ~、ええとみんなどんな風に修理してると思ってるのかな……」

 そんな都合のいい夢のような機構は存在して無いと声を大にして言いたかった。
 
「いくら魔法があっても何度も壊されたら誤魔化しきれないんだけどさ……」

 魔法で破壊された箇所を繋ぎ合わせても、そう何度も負担をかけては物質として限界が来る。そうなるとそこのパーツは新品に交換しなければならないわけで、そこには当然費用が圧し掛かってくる。
  これで毎度のように訓練場が確実に破壊されるとなれば財政危機は確実。後は察しろ。

「最近、管理局でも問題になっちゃってさ……費用の削減とか色々お達しが来てるわけなの」

 詰まる所、そんな輩を相手にしても懐が痛まないシステムの開発がアースラの、いや管理局の急務とされている。

「それがなんでこんなゲームになってるんですか?」
「それもちょっと理由があってね……」

 なのはの更なる投げかけに今度はエイミィが目配せをした。その張本人はというと、

「いざ試作機作ってみたら設置費とか維持費とか割とバカに出来ない額になってね。これじゃ、あっちこっち無駄に作れないってことになったの」
「そりゃ緊縮してるのに大盤振る舞いは出来ませんよね」

 大会社といえど備品の無駄使いはしない。父の会社経営の手練を見ているアリサにとっては同意できるものだ。

「一応は完成までのデータ取りはしてるんだけど結局お蔵入りでしょ? そ・こ・で! そんな可哀想な子を救うために私が一肌脱いだわけ」
「それで改造しちゃったんだお姉ちゃん」
「ご名答!」

 はぁ、とため息。すずかはもう何も言うまいと心に誓った。

「軍事転用と言えばそれまでだけど、こうやってみんなが楽しめるものが生み出せたんだから安いものよ!」
「ゲームにすれば費用回収も楽に出来るってことだよね」
「そうそう! 理に適ってるでしょ?」

 抜け目無いなぁと感心はするけどヒットすればの話だ。現実はそんなに甘くないと思う。
 でもやる前から現実的に考えてしまうのも興が削がれるわけだし、あんまり深く考えるのは止めて素直にブレイブデュエルという娯楽の誕生を祝福しよう。
 
「それじゃあさっそくやってみる? 今日はちょっとテストプレイヤーが出払っちゃっててね」
「テストプレイヤー? わたしたちの他に誰かいるんですか?」
「まぁそうなるんだけど、うちの局員だとこればかりに専念できるわけじゃないからね。いいデータ取れなくって」
「なるほどなぁ……だからモニターさんに選ばれたというわけですね」
「そゆこと!」

 確かに本来の目的から脱線してゲームの開発なんて時空管理局には無用の仕事だ。おまけにプロジェクトとしては破棄される予定の物を勝手に改造したなど知れ渡ればアースラ一同は懲罰、始末書以上の結末が待っている。
 それでも今日まで穏便にやってこれたのにはちゃんとした理由もあるわけで。
 現在管理局は資金不足に喘いでいる。その理由は管理局の権力の分立や、地上と次元世界側での戦力調整といった根本的な改革を行っている最中であるからだ。
 誰が声を上げて始まったのか今となってはわからないが今まさに管理局全体が慌しくも生まれ変わろうとしているのだ。
 そんな状況でアースラチームが多少計画と違う動きをしても目くじらを立てる者がいるわけなく。ちなみに保険として人事運用のエキスパートであるレティ・ロウラン提督を交えて技術転用成功の暁にはこの技術を企業に売るなどして一山当てようなんて話も極秘裏に進んでいる。
 
 ――閑話休題。

 悲喜交々の背景は忘れることにして、エイミィの言葉から察するにおそらく現在は在中職員のレクリエーション代わりに使用しているだけなのだろう。
 訓練場の半分を占める広大な正方形のフィールド。それを覆う半透明な壁と天井はおそらく内側で3Dモデルを動かすための魔力障壁の類だろうか。フィールドの外には円筒形のそれこそ大人一人が丸々入りそうなカプセルがそれぞれ両側に五機ずつ整列している。

「それじゃあみんなまずはこのカードローダーで必要なアイテムを作ってみよっか!」

 エイミィが手招きをする先にはカプセルよりかは幾分小さな円筒形の電話ボックスみたいな装置が並んでいた。促されるままに少女たちはそれぞれ装置の中に入っていく。

「まずはその装置にデータカートリッジを装着してみて」
「ここにか、ここがええのんか……あっ入った」

 言われるがままにデータカートリッジをボックス内に設置された端末へ挿入する。
 カートリッジを認識すると同時に端末が起動し、彼女たちの前によく通信で使うような魔法のモニターが展開されていく。

「後は身長と体重、年齢とか諸々のパーソナルデータを入力してみて」
「えっ!? いちいち入力しないと駄目なんですか!?」
「あ~まぁトライアル期間だから取りあえずね。あつ、もしかしてアリサちゃんふとっ――」
「問題ありません!!」

 浮かび上がるモニターを指でタッチして必要な入力を次々にインプット。何か不具合が起きてはいけないので正直に、あくまで正直な乙女のデータを入れていく。
 全部の項目に入力が終わると同時に今度は端末についていたカメラ装置が入力データの持ち主を見つめ必要な情報をさらに収集し始める。

「はい、これでスキャンが終われば――」

 全ての工程が完了すれば今までモニターがあった場所に光が満ち溢れて何かが形成されていく。あっという間に光は消えて後に残るは一枚のカード。

「これがゲーム始めるための第一歩。パーソナルカードの完成だよ!」

 それを手に取ったなのははまだ微かに熱を帯びたカードに胸の鼓動が高まるのを感じていた。

「わたしが……わたしがカードになってる!」
 
 まさか自分がカードになるなんて夢見たいな話だ。ちょっと気恥ずかしいところもあるけれど、それ以上に誇らしい気持ちが胸の中を駆け巡る。

「ブレイブデュエルじゃカードの強さがそのまま自分の分身アバターの強さになるの。ほらカードの隅を見てみて」
「あっ、N+って書いてある」
「私も同じだ」
「アタシもはやてもみんな同じじゃない。……磁石?」
「んわけないやろ!」

 制服姿でデバイスを持っている点では全員が共通している。そして左上に『N+』と記されているのは強さのランクということだろうか。魔導師もその魔力量や資質、運用技術でランクが設けられるのは知っている。それと同じようなものなのだろう。

「カードのランクは全部で4つ。『N』と『N+』、それに『R』と『R+』。さらに幻と言われる上位のカードがあるって話なんだけど私はシステム周りに協力しただけだからよくわからないかな」
「まぁ初心者やし、下のランクになるのは当然やな」

 内心、その内包する魔力資質など含めて自分が意外といいカードになるのではないかと期待していたはやてではあったが現実はそうそう上手くはいかない。

「『N』ランクのカードは基本的にコレクション用でブレイブデュエルで使用できるカードが『N+』からね」
「だからわたしもレイジングハート持ってるんだ」
「ちなみに『N+』でもバリアジャケット装着状態のものとかいろいろ性能もピンきりでね。ランクを上げるならカードの合成とかやっていかないと駄目なんだよね」
「ただ戦ってるだけじゃ駄目なんですね」 
「そうそう。ゲーム性が無いとただのコレクションするだけだからね。そんなのつまんないでしょ?」

 ごもっともです。

「それじゃあみんなそろそろ待ちきれないって感じだからやってみようか!」

 ゲームの内容を説明していくうちに四人の顔がどんどん覇気に満ちていくのをエイミィだって見逃さない。最低限のルールは説明したし後はゲーム内で習うより慣れろ。郷に入りては郷に従えだ。

「はいそれじゃあみんなあっちのカプセルにレッツゴー!」

 そろそろこの世界から勇気が織り成す世界へ旅立つ時だ。駆け出した四人は次々にカプセルへ飛び込み準備万端といった様子でエイミィに視線を送った。
 既にエイミィもオペレートシステムに座り目にも留まらぬ速さでキーボードを打ち込み最終調整を終えていく。

「それじゃ行っくよー! ブレイブシミュレーター!」

 人差し指が天を指し振り下ろされる。
 
「スイッチオン!!」

 世界への扉を開くために――。

 現実に満ちたデータが電子の世界へ流し込まれていく。少女たちの勇気の証がマシンを伝わり世界を超える。
 それは同時にカプセルの中の現実の少女たちにも反映されていく。足下を伝わり全身を包み込む浮遊感。宇宙の只中に放り出されたような無重力が溢れ出し体が全ての束縛から解き放たれていく。

『どう? と言ってもまだまだみんなには序の口かな?』
「まぁ空ならアタシたちいつも飛んでますし」
「でもこうやって完全に無重力ってのも新鮮かも!」
『だったらここからが本番だね。あっと驚くこと見せてあげるから!』
 
 通信ウインドウ越しにエイミィが得意げな顔を見せつければ、無重力に弄ばれる四人の前に現れる新たなモニター。

『じゃあ最初の最初ってことで四人フリープレイ、ステージは雲海上空で。なのはちゃん設定お願いね!』
「え~と……」

 言われた通りメニュー画面へ入力を始めるなのは。
 人数、プレイ形式、ステージ――。

(……なんだろまだなにかあるみたいだけど)

 最後の確認画面へ移行する『OK』ボタンの脇に細かく色々説明が書いてある。さらに選択欄までついている。こんなのは聞いてない。
 思わずエイミィに聞き返そうとしたがまだ試作段階のものならデバッグ用のコンフィグとか色々あるはずだろうし、多分これもその仲間なんだろう。下手に弄ったら痛い目を見るのは自分たちだ。
 早く遊びたい一心が好奇心を押さえ込みなのはを誘う。既に指先はボタンを押していた。

『それじゃあみんな! ブレイブホルダーを胸の前に掲げてコールしてみて!』

 さぁ、飛び込む準備は完了だ。

「これを胸の前に掲げて!」

 今、その名を叫ベ――。


「「「「ブレイブデュエル! スタンバイ!」」」」

  
 少女の旋律に世界を調律する無機質の頭脳が唸りを上げて動き出す。たった一つの命令を遂行するために張り巡らされた回路へ電子を流し込む。

『プレイヤー認証スタート。フルスキャン開始します』
 
 システム音声が響くと同時になのはたちを包んでいた風景は一変する。目に映っていた現実は全て消し去られ、一転して電子基盤で作られたかのような世界を降下する。

「わっ! わわわ!?」

 新たな世界へ降り立つには現の衣服は必要ない。コールと同時に少女たちは生まれたままの姿をそれぞれに晒した。
 慌てふためく少女たちをよそに、新たな世界でもう一度生まれ直すためにその体躯全てをあらゆる機器が分析し、解析し、具現化へと繋いでいく。

『フィールド上にアバター生成を開始――出現座標はランダム』

 少女たちが世界を超えていくたび現実に存在する仮想世界の箱庭もまたそれに合わせて作り変えられていく。アバター達が羽ばたく世界はすでに設定された雲海上空へ完全に作り上げられ完成間近だ。
 ホログラムを初めとしたヴァーチャルリアリティの概念が箱庭に無限の広さを与え、有り得ない世界を構築させる。
 
『続いてセンス――ダイブします』

 境界線を越える体に心が続く。気がつけば彼女たちは海へと飛び込んでいた。
 無数の気泡が通り過ぎていくのを見送りなら不思議と息苦しさを感じないことに気づいた。きっとそれは心が作り出したイメージだから。深く深く、心は沈んでいく。見上げればもう太陽が照らし出す海面は遥か彼方。下には深海の闇の世界が口を開ける。
 いや、違う。闇の只中に星のような光が瞬く。光は星から月へ、そして太陽のごとく眩くなる。その先にある世界は楽しさだけを詰め込んだ宝石箱みたいな世界だ。
 光へ飛び込めば意識も一瞬漂白される。反射的に目を閉じて全身の浮遊感が一気に消失するのを感じた。

『はーい、それじゃあみんな目を開けてみて』

 ここは夢か現か。目覚めを告げる声に瞼をゆっくりと上げた。

「――あ」

 心も体も、魂も全てが繋がり結ばれた。
 初めて見た世界は大きくて、余りに大きくて――。

「すごい……すごい!!」

 なのはは人目も憚らず大声を上げた。
 遥か眼下に望むは雄大な山脈と鬱蒼と茂る密林の世界。それを上から押さえつけるかのように流れていく雲海の群れ。地平線の向こうまで無限に続く雲たちに天上は突き抜けるようなスカイブルー。存在する全てへ平等に光を注ぐのは灼熱の太陽のみ。
 全ての空がここへ集まっているように感じた。まるで世界中の空を我が物としたように――。

「え、え、アタシたち空飛んでるー!?」
「ほんとだ……すごいよこれ本物みたい!」
「あ、あかんて! こ、心の準備が~!」

 世界との出会いの次に待つのはさらに夢のような体験。少女たちは誰一人落ちることなくこの空に在った。

『いやぁ、そこまで喜んだり驚いてくれるとこっちも嬉しくなっちゃうね~』

 少女たちの様子に笑みがこぼれてしまうのもご愛嬌。

『今みんなは現実ではシミュレータ上のアリーナにいるアバターと完全に視覚と感覚をリンクしているの!』
『これが時空管理局と私とその他諸々の人たちの閃きの結晶、ブレイブデュエルってわけよ!』

 いつの間にか顔を突っ込んできた忍と一緒に何故かポーズを決めているエイミィであるが、当の少女達はというと……。

「ほんとだ、風が気持ちいい」

 全身で風を受け止め髪をなびかせるすずかを筆頭に誰もがこの世界との邂逅を噛みしめている真っ最中で聞いてなかったり。

『えー、じゃあさっそくだから色々と遊んでみよっかちびっ子たち!』

 気を取り直して忍は全員へ呼びかけた。

「と、言われても一体どうすればよいのかわからないんですけど……」

 よくよく考えれば成り行き任せでここまで来たのだ。説明書など持ってないわけで。
 一応彼女たちの手にはデバイスがそれぞれ握られてはいるものの、カードゲームである手前普通に魔法を使えはしないだろう。
 自分こそ手にしているものは現実と同様にレインジングハート瓜二つの杖であるが、他の三人は明らかに本来扱うものとは違う得物を手にしている。

『ご心配には及びませんナノハ』
「ふぇ? もしかしてレイジングハート?」
『はい。あなたの杖、不屈の魂を宿すレイジングハートです。操作方法に関しては私から説明をいたしましょう』

 沈黙を守っていた自分の愛杖が流暢に語りかけてきた。

『どうやらAIに関してはナノハたちと同様シミュレータ側に反映されるようですね。ルールなどはプログラムの移行の際にインストールしておきましたので』

 まさか自分たちまでこのゲームに放り込まれるとは思ってもいなかったが、そこは優秀なインテリジェントデバイスだ。
 なのはたちが体をスキャンされている間に送られてきたこの世界のルールを即座に我が物としこれからの羅針盤とする準備は出来ている。

『本当は杖とかもちゃんと独自のAIで動かそうと思ったんだけどね。アルゴリズム組むのがちょっと厄介でね。今回はその代わりにあなたたちのデバイスをそのまま持ってきたのよ』

 開発期間がまだまだ短いこともあってまずは舞台を整えることを優先してきた結果、細かい部分の調整はまだまだ完成には程遠いわけで。
 忍やエイミィ、その他協力者の総意としては代用できるものはとことん代用して後に回すことで落ち着いた。

『なるほどな。だからこんなもんの中に俺は押し込められているわけか相棒』
「その軽い調子……間違い無くあんたなのね」
『おうよ、アリサの相棒バーサーカーはいつだってクールにどこまでもついていくぜ』
「どこかクールなんだか」

 拳銃の先端に刃をくくりつけたような格好になっても、自分たちと同じ言葉の響きで話しかけてきても、アリサにはこの中に宿る人格がなんだかんだで頼りにしている相棒であると確信した。

「杖じゃないとなんだか不思議な感じだね」
『よろしいじゃありませんか。たまには違うデバイスを試めしてみるのも悪くない経験だと思いますわ』

 すずかのデバイスは杖でも武器でもない手をスッポリ覆うグローブ型の珍しい形状だ。親指から中指にいたる三本の指には水色に光る爪の様な装甲が被せられている。
 いつも従順なシルフもこの世界ではさらに淑女っぷりに磨きをかけるような言葉遣いに変わっている。

「となるとわたしのこれはどう考えても喋らへんのか……オチ担当やなぁ」

 残念そうに肩をすくめるはやての手には元々彼女が振るう杖シュベルトクロイツの剣十字の箇所だけをそのまま縦横に拡大させたような金色の剣が握られていた。もちろん元来のシュベルトクロイツにはAIなんて詰まれていないので叩こうが揺すろうがうんともすんとも言わない。

『私の仮組みしたやつなら入れられるけど』
「お気持ちだけ受け取っておきます。わたしにはリインフォースがいますし、あの子以外に勝手にデバイス持つのも悪い気がするんで」

 ゲームといえど違う相棒を持つのがしっくり来ないのはそれだけリインフォースが掛け替えの無い存在だから。それに自分の与り知らないところで相棒を増やしたなんて知ったらたちまち頬を膨らませて拗ねてしまうこと請け合い。
 そんな様子さえ愛らしく、はやては思い浮かべたリインフォースの姿にやんわりと笑みをこぼすのだった。

「レイジングハート、動くのっていつも飛んでるような感じ大丈夫?」
『はい、パーソナルカードの設定によって現実とは多少違いが出てくるかもしれませんが基本は同じです』
「そうなんだ。それじゃあ――」

 浮いているのだから次に決定する行動は一つしかない。頭の中でいつも魔法を呼び覚ますように念じ、魔法の翼を具現化させる。

「行こう! レイジングハート!」
『行きましょう、ナノハ』

 足首から小さな羽が芽生え、はためく。

「まずは真っ直ぐ!!」

 彼女が望むだけの推力が生み出され小さな体は一気に加速。太陽のきらめきを受けて舞い散る羽は宝石のように輝き、その遥か後ろでは自由自在に空を舞い踊るなのはがいた。
 体全体を包み込む開放感はいつも空を舞うような感覚と全く違う。制服姿のまま鳥もよりもしなやかに力強く縦横無尽な軌道を描けるなんて初めての経験にも等しかった。
 
「すごい! すごいすごーーい!」
 
 夏服だから肌にぶつかる風だって気持ちいいくらいに感じ取れる。風と一体化していくような感覚にどんどん気分は高揚して留まることなんて知らない。

「なのはちゃん凄いなぁ……あんな風に飛べるなんて」

 すずかはなのはが描いた軌道にただただ感嘆のため息をつくばかり。
 曲線、直線、鋭角、直角――。コンパスがそこにあるかのように鮮やかな円を描けば、稲妻のようにジグザグ動き回ったりで見ていて飽きることがない。
 自分ならあそこまで器用には飛べと言われてもいきなりは出来ないと思った。きっと華麗に飛べるのはなのはに特別な才能が宿っているから。そんな予感を覚える。

「レーダーでこの動きだもん。なのはちゃん本当に凄い」

 すずかだってただその場で立ち尽くしているわけではない。目の前の円形モニターを使ってあらゆる情報の確認の真っ最中だ。

『やはりシステム面の把握は重要ですわね。流石すずかお嬢様、抜け目がありませんわ』
「みんなの位置とか把握するのは現実でもゲームでも大事だからね」

 この展開したレーダーは実に便利である。仲間の位置情報はもちろんのこと、現在のプレイ状態から対戦相手の検索なども可能だ。ゲームをプレイする上で必要な機能はここに全て集約されていると見て間違いない。

「さってと、攻撃の基本は「アタック」「シールド」「シュート」の三つってところね」
『おうよ相棒、いっちょやってみるか! 一発でかいの打ち上げようぜ!』
「オフコース!」

 既にアリサはプレイする準備万端といった感じでしきりにデバイスを振り回していたり。鉄槌から銃剣に姿を変えたバーサーカーも上機嫌。

「それじゃさっそく行くわよ! はやて覚悟いい!?」
「な、なんでわたしなん!?」
「当てやすそうだからに決まってるじゃない!」

 なのははさっきからあっちこっち飛び回って捕捉するには厄介だし、すずかはシステム面のチェックに熱を出している。消去法で行けばすぐそこで剣を構えてみたり動きの具合を確かめているはやて以外にいない。

「そんなん横暴やん! 飛んでるなのはちゃん狙ったほうが練習になるで!」
「まずは攻撃を覚えること優先! ちゃんと練習しなきゃ当たるもの当たらないわよ!」

 トリガーを引けば銃から薬莢が勢いよく飛び出した。魔力が充填されたことを知らせるように接続された半透明な刀身が赤く鈍い輝きを放つ。

『アリサこいつはぶっ飛ばすには向いてない! 他のやり方で頼むぜ!』
「任せなさい! こういう武器は!」

 輝きが燃え盛り炎と化す。激しく揺らめく紅蓮を纏った刃を思い切り振りかぶり――

「これで決まりよ!」

 ――真っ直ぐ振り下ろす!

 アリサの思い描いたとおりに炎はぐんぐん伸びてその動きに追従し大きく弧を描く。大蛇のように長々と伸びた炎は次の瞬間、鞭のようにしなりながらはやて目掛けて襲い掛かった。

「危なっ!」

 間一髪、はやてが横へ飛び退く速さが鞭に勝つ。虚しく通過していくだけでも感じられる熱気が仮想空間だという認識を塗りつぶしていく。

「どんどん行くわよー!」
「行かんでいいわ!」
「問答無用!!」

 今度は横へ! と、思った矢先に上から一閃!

「ちょ! ちょちょちょ!?」

 あたふたしながらもすんでのところではやては猛攻をかわし続ける。よく見ればいつの間にか背中には三対の黒翼が小さくも忙しなく動いていた。
 過酷な飛行訓練はまだまだ続くようではやては防戦一方の様子。いつもの杖も魔導書も、甲冑さえない状況では戦っているのかさえ怪しい。

「あーもう! やっぱり勝手が違うせいか当たらないじゃない!」
「わたしとしてはそっちのほうがええんやけど」
「だったらこれはどう!」
 
 今度はその場で一回転しての遠心力を溜め込んだ一撃。横薙ぎに繰り出された鞭は今までで一番の伸びを見せはやて目掛け突っ込む。

「どうもこうもないわー!」

 迫りくる炎をギリギリまで引き付け後ろへ一気に倒れこむ。一瞬はやての顔は燃え盛る赤に彩られ熱が顔を炙る。
 顔は熱く、肝は冷たく。喚きながらもはやてはアリサの攻撃全てを捌ききった。余裕なんて欠片も無かったので顔を引きつってしまっているけど。

「ねー、二人ともなにやってるのー!?」

 そんな二人のやり取りを飛び回りながら眺めていたなのはが興味心身に近づいてくる。

「ちょっと魔法の試し撃ち!」

 はやてに一発も当てられなかったのが余程悔しかったのか。標的をなのはに改めて、アリサは鞭を振り下ろす。

「え!? い、いきなりー!?」

 待った無し。慌ててブレーキをかけ横へ飛び退ける。誰が見たって完全な回避コース。不意打ちまがいの攻撃も失敗に終わりそうだ。

「なんの!!」

 だが意地がある。乙女の意地が。
 ゲームであろうと魔法は魔法。心で描くことに変わりは無い。アリサの機転は炎の鞭に新たな形を与えた。
 それは三叉。先端から根元へ左右へ一気に引き裂けて、本来なら避けられる位置にいたなのはへと紅蓮の魔手を叩きつけた。

「そんでもって爆発ー!」

 ズドーーーン!!

 駄目押しが炸裂して青い空に茜の空が刻まれた。それはもう盛大に、爆破用の爆薬が予め仕掛けてあったかのような気持ちのいい爆発っぷり。

『アリサ、少しやりすぎだなこれは……』
「い、いいじゃない! 対戦ゲームなんだし! 練習よ練習!」
「そうだよアリサちゃん。バーサーカーの言うとおりだよ」

 想像以上の爆発力に声を上ずらせるアリサへ冷静な声が届けられる。
 風に炎と煙が弄ばれ掠れていく中に混じる真っ白な空気。熱が渦巻く世界で現れることの無い冷気の化身が辺りの温度を急速に奪い取っていく。

「せやせや、最初から熱くなってたらばててしまうで。クールダウンやクールダウン」

 はやての言うとおり熱中してしまうのはしょうがないけどブレーキはちゃんとつけておかないといけない。少し頭を冷やそう。
 飛行や攻撃もいいけど被弾しないように防御の練習だって要の一つ。咄嗟のことではあったが上手く防御魔法を発動出来て内心ホッとしているすずかだ。
 ――それにしても。

『どうやらすずかお嬢様のパーソナル設定には属性が付加されているようですわね』

 かざした手の先にある魔法陣はいつものような青い障壁であるが全てが現実と同じわけではない。本来なら魔力の変換で高度な技量を要求されるその属性魔法をこうも簡単に発動できるなんて夢のように思えて。
 あまりの冷気に縁が氷で覆いつくされながら回転する魔法陣を見つめ、すずかは昨日の自分を思い出す。そうして、こんな簡単に出来たらなぁ……と心の中で苦笑した。

『俺の方は炎か。なんか変り種にでもなったら良かったんだけどなぁ』
「無いものねだり。むしろ使い慣れた属性のほうがいいに決まってるでしょ?」
『ごもっともで』
「わたしはどんな属性やろ。やっぱり祝福の風繋がりで風でいいんかな」

 魔力を外界へ発露させる瞬間、炎や雷などまったく別の現象として放つことが出来る魔導師はそれなりにいる。無論、その才に優れたものでなくとも術式の組み方次第でいくらでもそんな芸当は真似出来るわけだが、実際の効率からすると分が悪い。
 魔力の変換資質というものは先天的に備わった体質のようなものなのだ。特に氷結に関しては希少性が高い。それ故に冷気を操る魔法というのは滅多にお目にかかれるものではない。
 
『お嬢様? どうかなされました?』
「え? ……うん、ちょっとね。これの発動プロセス解析したら私も簡単に氷結魔法使えるかなって」
『ゲームのプログラムは魔法の術式と全く違いますわ。それと今はゲーム中なのですから遊ぶことに熱中してくださいまし。忍お姉さまと同じ思考ですわ、それ』
「あ、あはは」

 なんだろうか。直接日本語で語りかけてくるおかげかどうにもシルフの態度が辛辣さ含まれているような気がしてならない。いや悪いのは自分なんだろうけど。

「ねぇねぇレイジングハート! わたしはどんな属性なの!?」
『そうですね……私の見たところですが――』
「うんうん!」

 シルフがすずか嗜める一方、レイジングハートはレイジングハートで目を輝かせる主に果たしてこれから本当のことを言っていいのかと自問自答していた。遅すぎなのだが。

『――ありません。属性はありません』

 結局ド直球に真実をぶつけることを選ぶレイジングハートであった。

「……ないの? じゃ、じゃあわたしの魔法って」

 てっきりRPGゲームのように何かしら属性が身についているものと思っていたなのはには割と衝撃的な発言だった。ただでさえ得意な魔法が砲撃というジャンルにはまっているためゲームの世界ぐらいもう少し、こう煌びやかというか、可愛らしいような魔法が使いたいのが本音。

『だ、大丈夫です! その代わりナノハにはご友人たちとは比べ物にならない飛行能力を持っています。そうです、あえて言うならあなたの属性は「飛行」です』
「飛行……なんだ」

 変り種である。なんと言っても自然物的な現象から形すらない概念そのものな存在だ。

『飛ぶ才能に関してはご友人たちの中でもずば抜けています。思い出してください! 現実であそこまで自由自在に飛べました? 飛べませんよね!?』

 それはレイジングハートなりの必死のフォローだった。
 ヴァーチャルな世界が作り出した幻影なのか、なんだかなのはの周りにいかにもしょんぼりな雰囲気がにじみ出ているのを感知してしまっては誰だってこれ以上傷口を広げないよう対処するはずだ。
 なのはにしたら現実の飛行速度が鈍いと言われてるも同義なのではあるが……。そりゃ砲撃に特化すれば速度より安定性を求める必要が出てくるからしょうがないと言えばしょうがないわけで。
 わかっていてもショックな発言なのだが、不思議とレイジングハートがここまで取り乱している姿も新鮮なのだ。その空回り気味な気遣いになのはは思わずくすくすと笑い出す。 

『ナ、ナノハ……?』
「ううん、なんでもないよレイジングハート。そうだよね、せっかく自由に飛べるんだから楽しまなくちゃね!」
『ええ、時間もありますし早くご友人たちと楽しみましょう!』
「うん!」

 すでに向こうでは三人がこの世界の魔法を次々に披露している真っ最中。自分も早く加わって思う存分に今を満喫しよう。
 
『COUTION! Here Come New Duelist!』

 けたたましい音が空を揺るがした。
 ビービーと喧しいほどに警報音が轟きここにいる全員が何事かと空を仰ぐ。

「何だろうこれ?」
『……乱入者? いえ確か現在の設定は――』

 言い終えるより早く遥か天上に姿を現した乱入者を示す紋章から閃光が放たれた。
 光はなのはたちのすぐ傍で弾け飛び、すぐにその中にいた者のデータを顕現させる。

「……へぇ、暇だったから来てみたら珍しい顔ぶれじゃねーか」

 ぶっきらぼうな口調で辺りを見渡し自慢の鉄槌を担ぎ直す。傍らに寄り添うウサギのぬいぐるみもゆっくりと腕を組んで勇ましさを見せつけようとしている。
 真紅の魔導師の登場はここにいる誰もが予想しえなかった。

「そりゃあたしだけばっかりやってるわけじゃねーもんな。忍もテストプレイヤー沢山いるって言ってたし」
「な、なんであんたがいるのよ! ていうかアタシたち以外にテストプレイヤーいたの!?」
「いちゃ悪いってのかよ。まぁいいや、なんで今まで鉢合わせなかったのはわかんねーけど――」

 鉄槌を振り上げ、その切っ先を突きつけながら乱入者は高らかに宣戦布告を行うは、

「全員まとめて相手してやるよ! 今日で記録更新だ!!」

 ベルカ所属。鉄槌の騎士、八神ヴィータである。

「ちょい待ちヴィータ! その前に聞きたいことがあるんやけど!」
「な、なんだよはやてぇ! せっかく格好良く決めたのになんなんだよー!」
「今日は確かおつかい頼んでいたはずなんやけど……もう終わったん?」
「……いや、えとそれは」

 はやてが水を指したのにはのっぴきならない理由があった。

「わたしの記憶やと今日はスーパーのタイムセールが五時からやと思うんやけどな。今何時だったかなぁヴィータ」

 レーダー画面を展開し隅っこにこじんまりとしているデジタル時計を見やる。戦いの時間まで既に一時間を切っていた。

「わたしの言いたい事わかるなヴィータぁ」
「す、すぐに終わらせるから大丈夫! だってはやてたちまだランクN+だし、あたしRだし……」

 ヴィータからすれば誤算であった。本来なら乱入後即座に対戦開始、勝利の後にスーパーへ直行。戦利品を手に入れ八神家へ帰還のはずだった。
 そもそもはやてがいた時点で内心不味いと思っていたくらいだ。そして勢いと雰囲気ではやてを押し切ろうとしたのはどう考えても無理だった。

「確かにヴィータちゃんのランクってRだね。それに通り名つき……私たちとは全然違うみたい」
「それがどうしたって言うのよ。こっちは四人、あっちは一人。多数決に逆らえないように、多勢に無勢は簡単にひっくり返せないわ」

 すずかの分析を聞き流しながらアリサがいち早く前に出る。すでにバーサーカーを構え臨戦態勢に入った。

「時間無いなら望みどおりに終わらせてあげるわ! もちろん――」

 着火、伸展、炎の鞭の展開完了。

「ヴィータの負けでね!!」

 後は力任せに打ち下ろすだけ!
 今までで一番の熱量を引っさげ燃え盛る鞭はヴィータ目掛けて牙をむく。

「しゃらくせぇ!!」

 ――しかし一閃。
 気合と共に振り回された鉄槌がそれを許さない。横殴りにされた鞭は呆気無くバラバラになり消し飛んだ。

「な! 嘘!? 反則じゃない!!」

 渾身の一撃が亡き者にされた事実にアリサは声を上げるしかない。ならば、と本来のフィールドである接近戦に持ち込もうと跳躍をするも、

「んなのお見通しだよ! バーカ!」

 すでにヴィータの手にはいぶし銀の鉄球ががいくつも装填されていた。
 鉄槌が吼え振り抜かれる。叩きつけられ鉄球は残さず発射されアリサを完全に包囲する。

「だったら押し通るまで!!」

 避けては埒が明かない。瞬時に下した判断は自らを鉄球が飛んでくる方へ逆に飛び込むこと。

「ハァ!!」
 
 後は肉薄するまで。鉄槌から小ぶりの銃剣など打ち合うに値しない代物だとしても炎を纏わせた今なら多少は痛手を追わせられるはず。
 
「やれるもんならやってみろ!!」
 
 <――カードスラッシュ! アシストパワー!>

 激突寸前、電子音がどこからか響く。アリサがその意味を理解し、同時にそれが自身の敗北宣告であると気づくには――

「ぶち抜けアイゼン!」
「ぶっ飛べバーサーカー!」

 バキ!!

 ――時間が無さすぎた。

「なっ!?」

 金属が砕ける甲高い叫び。炎の鎧など紙に等しく、紅蓮の刃へ容赦ない審判が下った。
  
「こ、ここ、このくらいでー!」

 折れた刃は虚しく宙を舞い、すっかり使い物にならなくなったデバイスを片手にしてはさしものアリサも動転だけは抑えられない。
 武器の差があるとしても明らかにおかしな手ごたえがあの瞬間にはあった。それを呼び寄せたのは間違いなく攻撃の直前に聞こえたあの言葉だ。

(そうよ! これってカードゲームでしょ! だったらアタシにだって何かカードが……)

 その先の答えは見つけたくなかった。よくよく考えればカードなんて代物を自分たちは誰ひとり持っていないではないか。この世界に飛び込む瞬間までは持っていたあのブレイブホルダーはどこにも無い。
 デバイスにだってカードを通せるような溝も無いのだ。じゃあヴィータは何を持ってカードから魔法を顕現させたのか。

 ドン! ドンドン! ドーン!

 そこで制限時間が尽きた。
 アリサの後ろへ回り込んだヴィータの鉄球たちが駄目押しのごとく命中しアリサを完全に葬る。
 後に残されたのはすっかり伸びて空中に漂う哀れな敗者のみである。

「あ、アリサちゃん!」
「あかん! このままやとわたしたちもヴィータにやられてまう!」
「でもどうしようはやてちゃん! カードとか使い方わからないよ!」
「それはあれや! きっと叫べば使えるとか、とにかく勢いや! 勢い!!」

 それで出来れば苦労しない。

「わりぃな! はやてもすずかもここでゲームオーバーだ!」

 ヴィータが進路を変えこちらへ突っ込んでくる。時間の猶予なんてあるわけがなかった。

「カードスラッシュ! なんでもいいから出て来いーー!」
「し、シルフ! こういうときのマニュアルって」
『問題ありませんわ。ゲームである以上ルールはあります。カードを使うのは簡単なことです。いいですかまずは』

 こういう時は取り乱しだものが負けると相場が決まっている。冷静に勤めながらすずかに戦いのいろはを教え始めるシルフであったのだが。

『スズカお嬢様?』
「はれ……なんだか力が」

 急にすずかがフラフラと揺れ始める。耐え切れない睡魔に押しつぶされるように瞼がどんどん落ちてそのまま卒倒。目を回しながらすずかもアリサと同様に空の漂流物と化す。

『お、お嬢様!? お嬢様ー!!』

 急転直下の事態に先ほどの勤めは何処へやら。
 攻撃を受けたことは理解できる。問題は誰がそれをやったかだ。頼みの綱のレーダーで周囲の状況を探ろうにもデバイス側からでは全く操作を受け付けない。本当に道具としての役割を与えられてしまっている。
 
<カードスラッシュ! サポートスキル! エナジードレイン!>

「はう!? わたしも……あか~ん」

 襲撃者の特定が出来たのは皮肉にもはやての犠牲があったからで。
 彼女の背後にチラリと見えた小さな影。背中に取り付いて何をしていたのかまではわからない。使われたカードから推測するに体力の強制吸収とすればすずかとはやての様子は合致する。
 影は素早くその場を離脱する。花の蜜を吸いに来た蝶のように軽やかでも、その正体は決して蝶ではない。

『やられましたわ。まさか一人と一匹なんて』

 兎だ。もっと言うならヴィータが乱入していた時から常に傍らで格好つけていた兎のぬいぐるみだった。
 誰もが戦闘のどさくさに紛れて姿を消した小さな乱入者の行方を忘れていた。

「ど、どどどうしよう! レイジングハート!」
『ナノハ、落ち着きましょう。むしろ数がイーブンになっただけです』
 
 動揺するなのはを落ち着かせながらレイジングハートも状況分析に入る。
 普段の模擬戦なら自分があの兎の動きを追跡して不意打ちを防ぎつつ、なのはの射撃管制に徹するのは容易だ。それに魔法のスタイル的にはこちらの方に遥か勝機が傾けられるはずだ。
 はずなのだが――それがままならない! それが今の自分となのはの現実だ。
 このまま射撃に入っても結果は見えている。こちらのカードデッキをざっと確認しても必勝に繋げられる札が見つらない。

「そんじゃあ仕上げだ! 覚悟しろなのはっ!!」

 すずかとはやてが完全に戦闘不能になったことを確認するやなのは目掛けてヴィータは舵を切る。

「わたしだって簡単にやられたくないよ!」

 レイジングハートを構え強く念じる。
 一心に、願い描け! あの光の弾丸を!

「ディバインシューター! お願い!」
 
 その声に世界の理は答えてくれた。
 放たれる桜色に染まるは光の弾丸総じて三つ。たったそれだけでもなのはには心強い味方。

「ちっ! 誘導弾か!」

 ヴィータは急制動し軌道修正を余儀なくされる。
 それはあくまでディバインシューターが本来の威力ならばの話。

「だったらこっちもこうだ!」

<カードスラッシュ! サポートスキル! エクステンドシュート!>

「豆鉄砲で倒せるほどあたしは弱くねぇ!!」

 懐から鉄球を、そして宙へと放り上げカードに秘めた力を叩きつける。
 始まりは五つだった鉄球がその力によって一瞬ぶれて二つに。鏡写しのように合わせて十の球がヴィータの元へ舞い戻れば、迎えの挨拶代わりに鉄槌が振るわれるのみ。
 三対十。もはや数の上では圧倒されていた。
 覆す術は無い。

「……あっ!」

 相殺すら出来なかった。十の暴力に蹂躙される桜色は無残なまでに木っ端微塵。四方八方を包囲され咄嗟の回避もままならない。

(そんなわけないよね! だって――!!)
 
 今の現実はここ! この世界の高町なのはは一味違う!

「レイジングハート褒めてくれたんだ!」

 思い切り両足を縮め迷い無くその彼方目指して蹴り上げる。一直線に、疾風のごとくなのはの体が風を越えた。
 雲は縦に流れ、全ての輪郭が激しくぶれて収まるころ、なのはの耳には真下で起こる爆音だけが聞こえていた。
 もちろんそれで終わりではない。気を抜くなんて真似はしない。
 
「空を飛ぶこと! それを全力でやってみる!!」

 同士討ちで四散した鉄球は六つ。生き残りが間髪いれずなのはを追跡してくる。 
 
 それを速度で引き離し、

『二機自壊!』

 機動でかき乱し、

『三機目自壊! 残り一機!』

 縦へ横へ! 右へ左へ! 横、縦、下、上、斜めに右左!
 ぐるんと回ってまた戻る!

『全誘導弾自壊! やりましたナノハ!』
「やったの!? よかったレイジングハート――」
『真上に反応! ナノハまだです!!』

 なのはは顔を上げることすら出来なかった。
 目をぎらつかせた騎士が繰り出す容赦ない一撃は、勝利の手応えと同時に獲物を爆発の世界へ叩き落していた。

「へっ! 油断けーてきって奴だ! 避けて安心できるほどデュエルは甘くねーんだよ!」
『それを言うなら油断大敵だと思うんだが』
「い、意味はなんとなく同じだろ! だからいいんだよ!」

 同じではない。むしろ油断するなと教えているようなものだと、グラーフアイゼンは主であるヴィータに教えたかった。
 教えたかったのだが――それは後の機会だ。

「……マジかよ」

 想定外の事態を感知したのはヴィータも同じだ。
 煙幕が晴れるその先に敗北者となるはずだった相手がまだ敗北していなかったのだから。

「はぁ……はぁ……」
 
 白煙を上げ、亀裂を刻まれたレイジングハートを握り締め、それでも不屈の魂はまだ折れず。
 
「案外しぶてーな……そういうところは高町なのはってわけだな」

 相手は余裕だ。相手にすれば手負いを弄ぶことに等しいこと。
 次は無い。次に何か起これば必ず負けてしまう。

(このままヴィータちゃんに一方的にやられて……そんなの、そんなのは!)

 抗う術が無いことを教えるようにヴィータが今までよりも一回りも二回りも大きな鉄球を生み出す。

(そんなのは嫌だ!!)

 諦めない。諦めるなんて言葉は高町なのはの辞書から消し飛ばしてやる!


『なのは! ストライカーチェンジを使って!!』


「――フェイトちゃん!?」 

 それは天啓だった。そして降り注いだ友の声は運命を変える天恵だった。

『魔法を唱えるように思い描いて! 自分の心の中で自分自身がカードを使う姿を!』
「自分の中で自分自身が……」
『今のなのはのデッキにはNのカードが2枚入ってる! それを同時に使って! 後はレイジングハートがサポートしてくれる!』

 魔法の姿を描きデバイスが形を与え世界へ解き放つ。
 なのはは理解した。この世界で本当の魔法を使うためのあるべき姿を。

「させるかよ!!」

 野性の勘が警笛を鳴らした。すでに鉄球は手を放れ鉄槌から発射された。
 加速した鉄球がなのはに炸裂し今度こそ爆発の渦に叩き落す。
 それでも翼は羽ばたくことを止めない。炎を突き破り天を目指すはなのはの他にいない。 

「カードリリース! ノーマル二枚!!」

 心の中でもう一人の自分がホルダーからカードを引き抜く。手にしたカードはNが刻まれし二枚。念じたとおりに選ばなくたって望んだ力が飛び込んでくる。

「カードフュージョン!」

 右手の二枚は一枚のカードへ。

「ストライカーチェンジ!!」 

 新たに生まれたそれを迷い無くホルダーのスリットへ!

「ドライブレディ!」

 呼び覚ませ、解き放て!

「リライズアーーップ!!」
 
 そして叫べ!!

 眩い閃光が大空狭しと駆け巡った。
 その中心でなのはは制服を脱ぎ捨て、光の聖衣をまとって新生の時を迎える。
 光が弾け飛べば、そこにいるのは正真正銘の魔法少女――高町なのはの誕生だ。

「んげ! よりにもよってセイクリッドタイプかよ! どうりでかてーわけだよ! っていうか! なんでバリアジャケットそのままなんだよ! 白って滅茶苦茶レアカラーなんだぞ!! 」

 ヴィータが指差し喚きたてたってなのはは止められない。
 心の中の分身はもう既に次のカードをスラッシュしている。

<カードスラッシュ! スキルカード! アタックスキル!!>

「今までの分思いっきり行くよ!」
 
 主砲発射準備、完了! ターゲットロックオン!

「ディバインバスターーーーッ!!」

 光満ち、極太の奔流が蒼穹を貫いた。
 全てを桜色に塗り潰しながら阻む雲は蒸発させ、大気は震えながら道を譲り、もはや残されたのはヴィータだけ。
 声を上げる間もなく光がヴィータを飲み込んだ。慌ててシールドで防御しようとそれ以上の大きさで口を開けた主砲に敵うはずも無く。

 ドーーーーーーーン!!

 音速の衝撃が世界を打ち据える。
 焼け焦げた大気はゆらゆら揺れて雲は千切れ飛び変わりに爆心地から巨大なきのこ雲が立ち上っていた。
 桁違いの威力を物語るように雲は何処までも伸び遥かな天の彼方でようやく気流に流され掠れていった。

「……やったのかな?」
『直撃です。これでやられてなければゲームの開発者に訴えます。……明らかなバグだと!』
「さすがにそこまでは」

 そういえば窮地を救ったあの声の主は今何処にいるのだろう。本当なら今日は用事でここにいないはずなのに。

「え~と、フェイトちゃんいるの? さっきは危ない所ありがとう。おかげで助かったよ」

 すっかり気を抜いてフェイトを探すなのはだったが戦闘終了に至ってないのはお約束とすべきなのだろう。

「てっめえええええええ!!」
「ふえ!? ヴィ、ヴィータちゃんまだやられてないのー!?」
 
 雲の中で轟音が弾け白い爆発が噴きあがった。
 激昂と共に躍り出たヴィータがとてつもないスピードで迫ってる。一秒とかからずその姿が鮮明になり距離の概念を一蹴させた。
 振り下ろされる一撃。なのはもカードで対抗しようとするもデッキ内のカードの全てを把握しているわけではない。結果、生まれた隙はヴィータが付け込むには十分すぎた。

 ガキン!!

 鈍い音が場に静寂をもたらした。
 
「ロケテスト中ミッドチルダランキング6位。ベルカスタイル、鉄槌の騎士八神ヴィータ」 

 終わりの代わりに淡々と響く馴染んだ声。

「熟練プレイヤーが今更初心者と戦うなんて感心しないよ。ベルカの騎士は正々堂々がモットーじゃなかったのかな」

 静かに、だけど微かに怒気を孕ませた声の主はデバイスを鍔迫り合わせながらヴィータを睨み付けた。
 反射的に目を瞑ってしまっていたなのはも異変にようやく目を開ける。そうして目の前に現れた救世主の名を呼ぶのだ。

「フェイトちゃん……」
 
 風が止み。再び吹き始める。
 この世界でもその二本の金色は光をまとめたかのように輝いて風と無邪気に戯れている。右手には雄雄しい戦斧を引っさげいつもと変わらぬ姿でなのはの親友がそこにいた。
 
「へへっ! まさかおまえに会えるなんてな! ちょうどいいやランキング二位が相手なら少しは楽しめ、そうだっしイヒヒヒ――」

 前言撤回。一部かなり変わった姿を披露しています。
 少なくともヴィータが喋ってる途中から堪えきれなくなって噴出すほどには。

「お、おまえこの前戦ったときもそのバリアジャケットだったよなぁ! な、なんでおまえに限ってそんな、そんなフリフリで、あははっ! 駄目だもう無理だ! 笑いとまんねーっ!!」 

 抱腹絶倒。もはや制御不能に陥った腹を押さえながらヴィータがその場で失礼なほどに笑いまくっていた。
 年不相応と言うべきだろうそのあまりに子供じみたデザイン。普段の性格とかけ離れたギャップを溢れ出させるフェイトの身なりは、多分今向こうで伸びている友人たちだって噴出すに違いない。いや絶対噴出す。
 それだけ不味い格好だとフェイトは自覚していた。

「え、えーとフェイトちゃんもレアカラーなのかな……白だし」

 もはや色から違う。いつもの黒衣は完全逆転して純白の衣装。ミニスカートを守るように腰回りを覆う薄青のパレオのような布。星を模った大きなワッペンつき。
 上はノースリーブというより背中までパックリと割れて肩甲骨まで陽光に晒している。最低限過ぎるジャケットの面積。いやそもそもフェイトの戦術は高速機動戦だし利には適ってる……はず。

「ひーひーふー! ち、ちくしょう卑怯だぞ! そんなガキみたいな衣装着て、あはは! クソー! 本当に誰か止めてくれー!」

 まるでフェイトの全てをひっくり返してしまったような印象を受ける。むしろそんな冷静に見ていられるのは多分もうこの戦いは決しているから。
 だって微かにだけどデバイスが震えているから。それは当然握っている手が震源の他にない。
 髪を結っているリボンも彼女の感情にシンクロするようにゆらゆらとワカメみたいに立ち上がって揺れているし。色がエメラルドグリーンなのが余計にそれを髣髴させるのが始末に終えない。

「じゃあヴィータ……終わりにしよう……終わりにね」

 ビーン! とリボンが直立した。きっと堪忍袋の緒が切れました。

<カードスラッシュ! カードフュージョン! スキルカード!!>

 掻き消えるはフェイトの姿。ヴィータの目の前に現れるのもフェイトの姿。
 完全に笑いの呪縛に捕らえられたヴィータが反応できるわけも無く、すでにフェイトの拳はヴィータの腹目掛けて繰り出された後。

「プラズマバンカーーッ!!」

 腹部に接触すると同時に拳から雷光迸り爆音一発。見事なまでにくの字に折れ曲がるヴィータ。その背中からは金色の杭が突き出し激しく稲妻を散らした。
 念のため言っておくとゲームなのであくまで演出だ。本当に巨大な杭がヴィータを貫いているわけではない。魔法の非殺傷設定みたいなものである。
 ともあれ痛みなどの感覚だって肉体の知覚器官に分け隔て無く送信されるわけだ。今頃ヴィータは壮絶な鈍痛と痺れに悶え苦しんでいるだろう。

「カードスラッシュ! サポートカード! エナジードレイン!」 

 追い討ちで体力を根こそぎ奪い取り反撃さえも奪い取る。

「私のターン、まだ終わらせない!」

 正確にはヴィータの行動不能によりカードの使用制限が解除されたから出来る技だ。体感型といってもカードゲーム。当たり前だがルールがある。

「続けてサポートスラッシュ! ディバイドエナジー!」

 分け与える先はアリサ、すずか、はやての三人。ヴィータから吸い取った分を分配し戦闘不能から強制復帰。

「いつつ……我ながら不覚だったわ」
「なんだかまだ体がボーっとしてる」
「助太刀感謝ってところやな」
 
 飛びかけていた意識が帰還しそれぞれが状況確認を始める。
 突然の乱入者に、突然の襲撃。初心者に手厳しい洗礼を与えた相手は未だ戦場に在り続け、新たな乱入者と対峙していた。 

「……ぷっ」

 始めにその音を鳴らしたのは三人のうち誰だったか。距離があってもその音はフェイトの耳には嫌というほどクリアに届いて。
 フェイトの髪を結んでいたリボンも力なくふにゃふにゃとしな垂れた。
 やっぱりこのまま決着つけて立ち去ったほうが良かった。それならなのはにだけしか見られてないし……。
 そんな後悔をしてももう遅い。フェイトは勤めて冷静に、一切の動揺を見せないようにしながら凛とした声を響かせる。

「みんな! カードの使い方はもう大丈夫だよね? 今ならヴィータも動けないからみんな好き放題やっても大丈夫だよ! というかやって! 心置きなく!」
 
 ええ、そりゃもう私怨が篭ってます。

「フェイトがそう言うなら……」

 豹変という変貌というか……やけにテンションのあがったフェイトに若干引きながらも気を取り直して。

「それじゃあ誰から行く?」
「じゃあわたしからでええか?」

 アリサに代わって前へと踏み出すははやて。お使いそっちのけで遊びほうけるこの不良娘にはお灸を据えねばならないと思っていたところ。

「手加減無しでいくからなぁ! ヴィータぁ! 避けたらあかんよー!」

 心の中の自分と対話し、直感でカードを引き出す。

<カードスラッシュ! アタックスキル!>

「いくでーー!」

 金色の剣に風が宿る。旋風が渦巻きみるみるうちにはやての周囲は荒ぶる風で満たされていく。
 髪が、衣服が風に音が鳴るくらいに揺さぶられて、あまりの風圧に目を細めた。それでも怖気づきはしない。
 踏み込み加速。風の流れに全てを任せヴィータへ急接近。

「や、やべぇ……まだ体痺れて……お、おい援護頼む」

 麻痺に加え体力を根こそぎ奪われてはヴィータといえどもはやお手上げ状態だった。
 こんなこともあろうかと、というわけでないが今日一緒にこの世界にやってきたお供に援護を要請する。確かあっちのデッキは支援特化型のはずだったから。

「せーの!!」

 なんとか顔を上げたヴィータであったが目に飛び込んできたのははやてだけ。その背後で小刻みに手を振るウサギ一匹。
 「後は任せましたよ。それではお先に」なんて聞こえないけど言ってるんだろうなと一足先に脱出する脱兎だった。

「シュトゥルムゲハクト!」

 上から一閃。ただの斬撃と思った矢先にヴィータを包む暴風の檻。圧倒的な竜巻に飲み込まれヴィータは錐もみ飛行で天高く吹っ飛んだ。

「それじゃあ私は……」

 手早く髪を後ろにまとめながらカードをスラッシュする自分を想像すれば、

<カードフュージョン! シュート&サポート! アタックスキル!>

 異なる属性に二種を融合させればすずかを取り巻く冷気がより一層激しさを増し空気すら凍り付き、白い精霊が舞い散り始める。

「フロスト!」

 両手の爪は巨大な氷柱を生やしたかのように大きく逞しくなり氷の鍵爪と化した。
 右手、左手と息つく間もなく振り下ろせば、爪が交差した一点に生まれ出でる雪の結晶。

「レイダー!!」

 気合と共に振りぬいた右足が結晶に突き刺されば、砕けた欠片が韋駄天のごとき速さでヴィータへ進撃を開始する。
 空を真っ白く染め上げながら飛来する氷柱の群れ。暴風の遊戯から開放されたヴィータは避けるもなく絶対零度の洗礼を全身に浴びることとなった。 

「うぎゃああ! 冷てー!!」

 悲鳴上げながら落下を始める体は今や雪の枷によって、いやむしろ完全に雪だるまにされている。カードの追加効果が発動しヴィータは破壊不可能なバインドで完全に拘束された。

<カードスラッシュ! トリプルフュ-ジョン!>

 落下予測地点にはすでにアリサがお待ちかねだ。融合させたカードはこれまでと違い三枚。次のターンで一切のカードスラッシュが出来なくなる諸刃の剣だ。
 
「さーて、さっきの分は倍返しにさせてもらうわよー!」

 今のアリサにそんなデメリットは眼中に無い。決して冷静を欠いたせいではなく、これで終わりにすることが決定してるだけ。
 両手両足に炎が宿り、アリサの感情を表すかのように激しく燃える。
 両足の炎は具足となり彼女の脚に紅蓮の祝福を。両手の炎を左右に飛び散らせばたちまち炎は膨れ人の形を賜る。

『名づけてバーニングディバイダー! ってなところか相棒!』
「いいじゃない! ついでにあんたもフレイムアイズに改名する?」 
『オレは暴れん坊だ! 熱視線なんてチマチマ出来るか!』
「そうね! アタシも暴れたほうが気持ちいいわ!!」

 着弾まで数秒。そしてヴィータは己の終末をその眼で見る。

「うそ……だろ」

 さっきまでそこにいたひよっこの姿は何処にもいない。代わりに彼女を待ち受けるアリサとアリサとアリサとアリサと――。
 攻撃強化と属性強化の隠し味にはサポート一枚。単体なら自分を分身させ攻撃を引き受けさせる身代わりとなるものだ。
 本来なら巡り合うことのなかったカードの融合はとてつもない化学反応と冒険を呼び起こし、普通なら在り得ない魔法をアリサに授けることとなった。

「あ、あはは……」

 これはあれだ悪い夢だ。乾いた笑いを漏らしながらヴィータは体から血の気が引くのを感じた。
 雪だるまにされてもなお冷たく感じるのは悪い冗談に違いない。

「せーーーのっ!」

 アリサの輪の中心へヴィータ一名到着。すでにアリサ達が飛び上がり片足を業火の塊にして突っ込んでいる。
 
「バーニング! ディバイダーー!!」

 ドドドドドドーーーン!!

 万事休す。ヴィータに殺到する脚、脚、脚、脚、脚――!
 雪だるまは砕け、溶け、蒸気すら許さず蒸発した。ヴィータもまたバリアジャケットを焼き焦がし半裸になりながらあらぬ方向へ吹き飛んでいった。

『ご友人たちは元気があって大変よろしいですねナノハ』
「にゃはは……あれってやりすぎだと思うけど」

 レーダーにはヴィータの体力が真っ赤を通り越して真っ黒くなっている。瀕死とかそういうレベルではない。再起不能という奴だ。

『ところでまだまだ使ってないカードがありますが……』
「あっ、じゃあわたしたちも何か凄い魔法使ってみる?」
『ハイ!』

 やはりフェイトの面子もあるのでヴィータには悪いが止めと行こう。

<カードスラッシュ! カードフュージョン! アタック&アタック!> 

『スターライトブレイカー! 発射準備完了!』

 それはもっとも慣れ親しんだ最強の砲撃。
 
「じゃあ全力全開でーっ!!」

 射撃誤差修正――照準固定! 魔力収束率120%突破!

「ブレイクシュ-----ト!!!」

 星の光の咆哮が世界を、万物を照らした。
 何もかもを焼き尽くし、塵にしても止まらない光の砲火がヴィータを桜色に染め上げる。
 視界は一色で覆われ何も見えない。ゆっくりと流れる時間の中でヴィータはつい数分前に意気揚々とデュエルを始める自分へもう届かない言葉をかけた。

「止めときゃ……良かったーーーーーーーっ!!」

 極大の閃光が一人の少女を生贄に世界に終焉をもたらすのだった。

* * *

「いやー……ごめん! 本当にみんなごめんね!」

 合掌した手を上下に動かしながら忍四人にひたすら謝っているのは事の張本人である忍ただ一人。

「まさかこの前の設定が残ってたなんてまだまだバグ取り必要そうだね、あはは」

 母体となるコンピューターのログを漁りながら今回の原因を特定したエイミィはばつが悪そうに笑っている。

「はぁ、思ったとおりだった……・」

 フェイトはただただ予感が的中してしまった事に呆れていた。

「あの時の……あれなのかなぁ」

 プレイ設定を弄っていた時に最後の方にあった用途不明の設定欄。触らぬものに祟り無しとは言うけれど、今回なかりは好奇心に身を任せてちょっと動かすくらいはしたほうが賢明だったのかも。
 なんて今更なことをなのはは考えながら「まっ、いっか」と締めくくる。

「それでいつもはミッドチルダにある装置との通信テストで動かしていたけど、今回はマルチプレイの処理状態の確認で私たちを呼んだ、それでいいんだよねお姉ちゃん」
「さっすがすずか! やっぱり私自慢の妹ね!」
「誤魔化さないの!」
「はいぃ……」

 なぜヴィータやフェイトがここまでゲームに手馴れていた原因はそれだ。
 今までは一対一が原則だったものを多人数でプレイした場合はどうなるか。その疑問を実践を持ってテストするのは開発者として当然のことだ。
 だが前回のプレイ設定が通信対戦モード、しかも乱入上等の状態に設定されていればこうも不具合が引き起こされるのは当たり前だ。ヴィータにとっては遠方の手練と腕を競ういつもの調子で入って来たに過ぎない。
 そういう意味では彼女も被害者だ。

「あー、リインのおかげでなんとかなったから。代わりに荷物持ち、ええなヴィータ?」

 そのヴィータはというと戦闘終了後にはやてに叱られながら急いでスーパーマーケットへ直行だ。幸いに先に出て行ったリインフォースが目当ての品の確保はしたらしいのでなんとか目的は達成されたようだけど。
 まさかあの兎の中身が自分の相棒だったなんて思いもよらなかった。そういえばアースラが海鳴に来てからよくヴィータと外出していたが……そういうことらしい。

「ようするにアタシたちってミッドチルダにいる人とも戦ってたかもしれないのよね……」
「あ、それなら向こうの装置はメンテ中だから大丈夫!」
「そ、そうですか」
 
 ぐっ、と親指を立てるエイミィにアリサは頷くしかなかった。

「ところで忍さん」
「ん? どうしたのフェイトちゃん?」

 ここに来て忍に声をかけたのは、出来るだけ自分の存在を周囲に忘れさせてさっきのことを忘れてもらいたいから。

「いい加減あのバリアジャケットの設定直してくれませんか」
「え~~! せっかくフェイトちゃんにぴったりのデザインなのにもったいないじゃない! せめてゲームの中でぐらいはっちゃけてもバチは当たらないと思うわよ」
「あんな恥ずかしいの着れません!」

 もしかしたら、そんな儚げな希望を持ってデッキ中のNカード総当りで組み合わせても出来るジャケットはあの有様だった。
 フェイトにしてはどう考えてもアレを着て人前で戦えなんて言われても出来るとは思えなかった。いや出来ない。
 それ故に現在フェイトが構築しているデッキも速攻で相手を戦闘不能にするカードで組まれているわけで。ミッドの人間と対戦していたときだってなんど噴出され、引かれたか。
 ああ、もう少し幼ければなぁ……少しは似合ってたんだろうなぁ……。せめてもの逃避はこれが似合いそうな自分を探すだけ。 

「可愛いでしょ?」
「可愛いくてもです!」

 背伸びをしたいお年頃なのか、どちらかと言えば男の子のようなカッコよさを割合求めるのが最近のフェイトだ。いつものジャケットなら願ったり叶ったりなのに。

(ねぇ……あれってそんなに恥ずかしいわけ?)
(どうしたのアリサちゃん?)
(だって恥ずかしいってレベルじゃいつものフェイトのジャケットの方が……)

 念話で話しかけながらアリサは続けて身振り手振りのジェスチャーをしてみせた。

(こうキュッ! としてて生地は薄いしお尻とかライン際どいし……)
(言われてみれば……)
(気づきなさいよ! 一番付き合い長いのなのはでしょ!)
(ミッドチルダじゃそれが普通なのかなって……あはは)

 すっかり地球暮らしに馴染んでしまっているフェイトであるがこう見えてもミッドチルダ人である。美的感覚だって地球のそれとはかなり異なるからきっとそれが普通なんだろうと、そうなのは考えてフェイトの格好に疑問を持つことは全くと言っていいほど無かったわけだ。
 
(フェイトちゃんのオシャレ基準ってよく考えたらようわからんなぁ。やっぱり可愛いよりはカッコいい派なんやろうか)

 ヴィータもそうなのだがなんでもっと女の子女の子した服を着たがらないのか。むしろそういう子ほど着せてみると可愛いのだ。
 恥じらいまでしてくれればさらに可愛さアップ! とてもとてもおいしい光景が出来上がる。

「じゃあ元のジャケットのデータも今度入れておくわね。……ちょっち残念」

 しょんぼりしながらも承諾する忍にフェイトは胸を撫で下ろす。しかし今更格好を変えてもテストプレイで名の知れた人間になってしまっている以上、他のプレイヤーの認識はそう揺るがないものなのだが……。
 本人は納得しているので良しとしよう。

「でもまぁ、なんだかんだあったけど今日は楽しかったし終わりよければ全て良しでいいんじゃないかしら」

 そろそろ門限が忍び寄ってくる時間になった。
 アリサが締めくくり一同が笑顔と共に頷けば楽しい時間ともお別れだ。

「ねぇフェイトちゃん、アースラがいるのって明後日までだっけ?」
「確かそうだったと思う。そうしたらブレイブデュエルもしばらく遊べなくなるね」
「そっか……残念」

 学校もあるわけだし放課後に遊ぶといっても時間は限られている。小学生に許された自由時間は長いようで意外と短い。

「データ取りが終わったらアースラに置いておく必要も無いから……もしかしたら」

 すずかは自分の考えが杞憂であると願いたかった。でもお蔵入りになる予定のものをいつまでも置いておくほどアースラは都合のいい場所じゃないだろうし。

「何辛気臭くなってるの」
「お姉ちゃん……」
「考えてることはわかるわ。確かにそうね……もうちょっとデータ集めたらプログラムも完成するしそうしたら試作機もお役ご免って所ね」
「……やっぱり」

 大人の世界には子供の我侭は通じない。食い下がっても迷惑をかけるだけなのはわかりきっている。それでもどうにかいい方法が無いか子供なりに知恵を絞るのだが――何も浮かばない。
 俯くすずかを見つめながら忍は肩に手を置いた。その胸に抱いているのは妹を悲しませてしまった罪悪感の他には無いだろう。

「後はデータを元に第一号を完成させてアースラに組み込めば万事オッケー!」

 否、この姉は違った。

「え?」

 姉の言葉に思わず顔を上げればにんまり笑う忍の顔。

「まさかすずかこれ全部入れないとゲーム動かせないと思ってたとか?」
「だってこれだけのことやるんだし演算装置とか空間投影とかどうやっても足りないよ!」
「そのためのアースラよ。言わなかった? アースラに組み込むって」

 忍には考えがあった。それこそ工業製品を取り扱う会社の令嬢であるが故に、そのノウハウを存分に生かしての名案があった。
 技術が進歩すればそれだけ機械は精密に、高性能に、コンパクトになる。簡単な話、削るものは削り代用できるものは代用しとことんコストを落とし小型化していけばいい。

「こんだけ大きい戦艦の制御システムよ。演算だって余剰は十分にあるんだし、それに開発の中心になってるアースラにモデルケースとして完成品を置かないわけには行かないでしょ?」

 仮に何か言われてもアースラのシステムと融合していればそう簡単に外すことも出来ない。なあなあで済ますというのはあまり褒められたものではないが子供の笑顔を守るのも世界の番人である管理局の務めだろうし。
 
「投影装置だってギャラリーがいなければいらないでしょ。それなら戦闘経過は艦船のモニター通して見ればいいわけだし」

 最終的にはプレイヤーが入るカプセルを並べておくぐらいで済ませるのが忍の青写真だ。

「お姉ちゃん……」
「大人だって妥協して割り切ってばかりじゃないのよ。子供は全開で外して、大人はそこそこハメを外すのがいい塩梅って感じかしらね?」
「お姉ちゃんの場合はそこそこじゃないくせに」
「だって私がこれくらい外さないとすずかは全開にならないでしょ?」
「わ、私までハメ外したら大変なことになっちゃうよ」

 一応、仲良し五人組の中ではブレーキ役のすずか。自分がトラブルメイカーとなって事件を巻き起こしたなんて事はほとんど記憶に無いわけで。

「今日はいい具合にハメ外してたんだと思うけどなぁ」

 悪戯っぽく笑いながら忍が仮想コンソールを展開して二、三度叩けば、

『フロストレイダー!!』

 録画されていた映像がメインモニターに再生された。ちょうどヴィータへすずかが氷結魔法を振るう場面だ。普段とは違う体全体を使った魔法は躍動感に溢れていた。
 フィールド上に投影されたアバターは実写のようなリアルで形づくられ、背景も戦っていた大空一色で埋め尽くされている。
 続けて映し出されたのはカプセルの中でアバターと感覚を共有させるすずかたちだ。こちらは地味と言うよりシュールな雰囲気を醸し出していたり。カプセルの中で目を輝かせながら体を激しく動かしているのだから何も知らない人が見れば何事かと思うだろう。

「すずかこんなに決めちゃってノリノリじゃない」
「それは……そうだけど、うう」
 
 自分の目で見ると余計にそう思える。なんだか気恥ずかしい。

「いいんじゃないの。こうやって暴れるすずかって新鮮じゃない。いつも防御と支援ばっかりなんだし」
「あ、アリサちゃんまでー! それに暴れるほど動いてないよー!」
「いやいや、体育のときはトップアスリートなすずかちゃんなんやから謙遜しなくてもいいで。ギャップっていうのはチャームポイントの一つなんやから」
「はやてちゃんもー!」

 からかわれては顔の温度も下がらない。ほんとにこういう時は団結されると手に負えないのが仲良しのある意味での特権だ。

「にゃはは! 思い切って髪型もいつもポニーテールでいいかもね!」
「そうね! 明日からポニーで学校来ればすずかの人気爆発よ!」
「そ、そういうのはいいよー!」
「じゃあ私みたいに二つにするとか?」
「それもいいー!」

 結んだままになっていた髪を慌てて解き放つ。
 フェイトみたいに清流のような流れる髪質ではないのだ。どちらかというとウェーブがかかったクセ毛な自分がそんな真似をしたらこっけい極まりない……と思う。おまけに湿気を吸うと膨らんで大変なことになるし。姉のようになんで直毛にならなかったのか遺伝子の神秘が恨めしい。

「後はなんやろな……ヴィータみたいに三つ編みとかどうやろう? ついでに眼鏡もかけたりして――」
「はやてちゃんは黙っててー!」

 ちなみにショートにするという考えは持ち合わせていない。
 乙女心にかけて髪はロングと決めている。クセ毛との戦いになろうともそればかりは譲れないのがすずかなわけで。

「でもなんだか寂しいよね。アースラがこっちに来てない時は私たちブレイブデュエル出来ないわけだし」

 フェイトの何気無い発言に一番肝心なことに四人は気づいてしまった。
 そう、このゲームが実用化しても海鳴の町にやってくることは絶対に無い。こんな魔法科学の粋を集めた機械なんて地球上の文明からしたらオーバーテクノロジーもいいところだ。
 地球の既存の技術で作ろうとすればおそらく相当チープな出来のブレイヴデュエルが完成する。それはもう真空管コンピューターと量子コンピューターを比べるくらい意味の無いことで。

「言われてみればそうだよね。ちょっと残念な気もするけどわたしたちだってゲームばかりしててもいけないと思う」

 なのはにとっては二代目として翠屋の手伝いは欠かさずしていきたいし学生としての本分もある。フェイトもアリサもすずかもはやても――。

「ゲームは一日一時間って奴ね、何事もほどほどが大事って」
「せやな、わたしだって家族の夕飯とか作らなあかんし」
「私も賛成。バランスが大事だよね」
「私はもっと国語の勉強してみんなに追いつきたいな。それにゲームばかりしてたらリニスや母さんに怒られそうだもん」

 小学生の日常は大変だ。今しか出来ないことは沢山あって、時には選んでいかなきゃ間に合わない。学校で色んなことを勉強して、放課後は色んなことして遊んだり、時に舞い降りた事件を魔法の力で解決したりして、本当なら毎日がゲームなんてする暇が無いほどに忙しく、楽しい。
 誰もが同じ意見でまとまり和気藹々とする様子を見つめながら忍は誰にも聞こえない声で呟いた。

「若いっていいわね」

 自分もまだまだ二十代になって間もないけど、純真な子供たちの力には遠く及ばない。
 羨ましくも、そんな妹たちの毎日を守って導いてやるのもまた年長者の仕事だ。

「あんまり熱中しすぎるの作っても駄目かもねエイミィ」
「そうだね。やっぱりこれって本来の目的に沿った運用が出来るように開発し直しだね」
「そんじゃ、諸悪の根源は最後まで責任とって協力させて頂きます」

 こうして月村忍のちょっとした閃きから始まった物語は幕を迎える。
 後日完成した模擬戦用のヴァーチャルマシンは小型化こそなったがやはり製造コストの理由から管理局での採用は見送られ、代わりに防護結界用AMFの開発へと移り変わっていくことになるのはまた別のお話だ。
 
* * *

 ――さらにしばらくしてから。

「よし! まずは一勝! この調子でストレート行くわよー!」
「「「「おーー!」」」」

 カプセルから片腕を突き上げ勝利宣言をして出てくるアリサに同じように腕を挙げ歓声を上げる親友四人。
 順当に勝ち進んでここまでは順風満帆。もちろん「油断大敵」に誓って気は緩めない。兜の緒はしっかり締め直した。

『勝利の女神はアリサ・バニングスに微笑んだー! やはりこのチームには何かがある! この五人を止めるデュエリストはいないのかーーー!?』

 解説者が拳を振り上げ少女たちの勝利を祝福する。同時に対戦者にはさらなる奮起を促すように挑発的な言葉を放てば、客席からの大歓声が会場内を大いに揺さぶる。
 そんな喧騒をBGMに既にアリサたちは次鋒戦の作戦会議の真っ最中だ。

「フォーミュラエルトリア……やっぱりクセだらけのカードばかりだね」

 アリサの戦闘映像を見返しながら相手のデッキ構成と戦法をおさらいしながらすずかは眉を寄せた。 

「加えて残り四人のデッキ構成も全くわからない……アリサもギリギリだったし強敵だよ」

 向こうのチームの様子を窺うフェイトの視線は自分と瓜二つな空色の少女に注がれている。敗者となった先鋒を慰めつつやたらオーバーリアクションでポーズを決めている所からおそらく次鋒は彼女で間違いない。

「フェイトちゃんが勝てば王手やけど、わたしのとこまで出番無しか」
「油断しちゃ駄目だよはやてちゃん。今日ははやてちゃんが大将なんだからしっかりしなきゃ」
「わかってる。向こうの大将が誰だかわかっている以上、手も気も抜くつもりない」

 なのはが当たるのは二つ名「星光の殲滅者」か「運命の守護者」。どちらも個人戦では上位に食い込んている難敵だ。
 団体戦は誰が何番手になるか事前には知らされていない。それでも相手の素性を知っていればおのずと大将に自ら座るのはあの王様だけだ。

「ここで負けたらウチの子たちにも示しつかん。フェイトちゃん頼むで!」
「まかせて! 絶対に勝つ!」

 時間一杯。デュエルのスタンバイに備えて立ち上がるフェイトの先には同じくスタンバイの準備を始める相手の元気一杯の姿。目が合った。得意げに彼女が笑う。自分も負けないくらい得意げな顔で返事をした。

「個人戦じゃ散々だったけどチーム戦なら絶対に負けないよ!」

 ブレイブホルダーを掲げ彼女は世界へ飛び込む。フィールドにはすでに幾千年を時を経た大樹が次々に形成され鬱蒼とした密林世界が形成されていた。
 フェイトの代名詞でもある機動力を奪い取られたのは出鼻を挫かれた格好か。

「そうよなんてたってアタシたちは絶対無敵の魔法少女チーム!」

 尤もそれがフェイトを苦境に立たせているとは誰も思っていない。むしろ彼女の普段見せないような戦いのきっかけ。
 どんなピンチもひっくり返す強さを持っているのがこの仲良し五人組の底力。

「二番手フェイト・ハラオウン! よろしくお願いします!」

 あれからしばらくして完成したブレイブデュエルは当初の目論見どおり訓練装置から最新鋭の体感カードゲームとしてミッドチルダに産声を上げた。
 瞬く間にブレイブデュエルは子供はおろか大人も巻き込みほどに人気が爆発し今やその人気はミッドチルダ周辺の次元世界にも波及している。魔法の才が無いものでも縦横無尽に空を舞い、百花繚乱な魔法を振える世界にあえて背を向ける人間はいなかった。
 プレイ人口は増大し大会も頻繁に開催される。もはやゲームの枠を超え一つの競技へと認知され始めるそんな今日この頃。

「ブレイブデュエルスタンバイ!!」

 なのはたちはというとアースラが海鳴に停泊している間に嗜む程度のプレイ頻度でしかなかった。
 生半可な実力では生き残れない過酷な世界で彼女たちがスポットライトを浴びることが出来たのは当然だが都合のいい理由が揃えられていたり。

「カードスラッシュ! カードフュージョン!」

 第一に彼女たちは現実でも何度と無く事件を解決した一端の魔導師であること。第二にブレイブデュエルはルールに則ってカードで魔法を使うことを除けば基本的に実戦と要領が同じだということ。
 日常でクラブ活動のように魔法の修練をしている経験がそのまま反映されるというのはプレイ時間の少なさを補って余りある。
 ちょっとした腕試しに個人戦と五対五の団体戦にエントリーしてみればあれよあれよという間に彼女たちが勝ち進んでしまうのは運命だったのかもしれない。
 ともあれ実力だけで勝ち進めるほど甘くがないのがブレイブデュエル。運に見放され目当てのカードを引くことが出来なければ必勝の方程式を導くことは困難だ。個人戦はそれで見事に五人とも決勝の文字がつく戦いを前に敗退していた。

「ストライカーチェンジ!! リライズアーップ!!」

 恥ずかしさを克服した白き衣装を身にまとい大自然が息づく只中にフェイトが降り立てばすぐにレーダーを展開し索敵を始める。相手との距離はかなり離れているけど邂逅まで時間は無いだろう。
 アリサが繋げた勝利の道をここで一度途絶えさせはしない。波に乗ったらとことんまで行くのが栄光への近道だ。
 
「速さだけが全てじゃないって見せてあげる!」

 一人では出来ないことでも仲間となら出来ること。チームであることが彼女たちに最高の力と勇気を与えるのだ。

「いっけー! フェイトちゃん!」
「どーん! と行ってこーいフェイト!」
「フェイトちゃん! ファイトだよ!」
「いっちょかましたれー! フェイトちゃーん!!」

 友が声援を祝福に変えてフェイトは軽やかに緑の世界を舞った。
 
「リリカルストライカーズ! 雷光の妖精フェイト・ハラオウン!」

 日常と非日常。数多の世界を行き来する魔法少女たちの名はこの世界では今や輝かしい誇りだ。
 その名に恥じぬデュエルを。心に誓って愛杖を握り締めた。

「――行きます!!」
 
 仲良し五人組の冒険はまだまだ果てしなく、終わらない!


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