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2008.04/27(Sun)

魔法少女リリカルなのはSTEP 第十九話 Apart 


【More・・・】


 昨日の敵は今日の友。

 などと言うだけで済ませられるなら気は大分楽になるだろうが、生憎ここまでの身分を持ってしまうと心中穏やかになるわけもなく――……。

(情報漏洩? ……取引よ)

 息子は腕を組み、憮然とした表情で先程から成り行きを見守っている。実際は私がこれ以上彼女の条件を不用意に飲まないようにするための監視である。
 尤も、私だって熟考した上で頷いているのだ。停滞した状況を少しでも好転させるために必要なのは情報。それを得るためなら多少のリスクは払うべきものだろう。

「……包囲射撃でも抜けない防御力ですか。イレギュラーとはいえ狙い方も教えておくべきでしたね」

 もう一年も前の出来事になるフェイトさんとなのはさんの戦闘映像を見ながら呆れたように首を振るのはアリシア・テスタロッサの使い魔であるリニスだ。

 フェイトさんに関する映像記録、及び本件に関する地球、ミッドチルダの情報。
 
 それが彼女が要求した取引の駒だ。
 見返りは彼女が知りうるアルハザードの情報とプレシア・テスタロッサの動向と目的。取引の額としてはイーブンというよりあちら側の方が遥かに高い。赤字なのは言うまでも無い程の大盤振る舞いだ。
 ここまで法外な取引を易々と受け入れるのはそれだけあちら側も事情が複雑だということか。
 
「連携戦術もなかなか良い具合に出来ていますね……少々粗が目立ちますが」

 辛口な批評をしていてもモニターを見上げる彼女の眼差しはどこか優しげだ。まるで母親が娘の上出来に目を細めるような、そんな眼差しに似ている気がした。
 私も一応は一人の母親。それゆえの共感だろうか。

「……そして私たちの行いはミッドチルダをこう破滅させたわけですか」
 
 その眼差しもミッドが「黒」に飲まれていく光景の前では哀愁に染まるしかなかった。自嘲気味な笑みを微かに浮かべながら、彼女は映像を切った。
 
「残りは後ほど時間をかけて拝見させていただきます」
「ええ、十分すぎる見返りは貰う約束なんだから当然よ」
「感謝します」

 硬くしていた表情を崩しながら私へと向き直る。

「やはりと言いますか……これでほぼ確証は取れました。ミッドチルダはやはり消し去られてはいませんね」
「今は……ということかしら?」
「察しがいいですね。あくまで現状では……ということでは」

 どうやらお互いの見解は一致しているようだ。あの「黒」に飲み込まれた世界は未だこの無限に続く次元の何処かにあり続けている。
 それはあくまで「消えた」という事実が無いだけであり、ミッドチルダが無事というわけではない。
 
「プレシアはミッドチルダを自らの目的の糧にするため手中に収めたといっていました」
「目的……ね。それならもう果たされていないかしら?」

 私の知る限り、プレシアは実の娘であるアリシアの復活のほか無いはずだ。プロジェクトFATEやアルハザードへの渡航も最終的にはそこへ帰結するのだから。

「有り余る力を手にしてしまえばその考えも変わるのでしょう」

 どこか達観したように言い捨て首を振る。

「人の性……かしら。確かにアルハザードなんて前にしたら叶えられない願いを探すほうが大変そうだもの」
「ええ、彼女は文字通り全ての望みをかなえると言っていましたから」
「あの大魔導師にしては大分抽象的な物言いね。もっと明確な目的があると思ったけど」

 例えば時間を遡って悲劇の種を全て摘み取ってしまうとか、アルハザードの住人になったのだからそれくらい容易いものと思うが。
 まさかとは思うが、アルハザードの力を持ってしても大言壮語になるようなことがあるのだろうか。

「それに関しては私が知り得るアルハザードの理を交えてお話しましょう」
「アルハザードの理……?」

 無言で彼女は頷き、ブリッジの中央まで歩を進めた。
 辺りを見渡し、ここにいる人間の顔を一通り確認すると、全員に聞こえるように彼女は語り始めた。

「物事を成すには必ずそれ相応の対価を払う必要があります」

 それはそうだ。代償も無しに望みを得られるなんて都合のいい程この世界は甘くない。
 時間や富や、時には体力――簡単に上げてしまえばキリが無いだろう。

「そしてアルハザードにこの理はありません」
「つまり完全な無から全てを生み出せると……」
「正確には完全な無というわけではありません。代償にすら値しない矮小で、些細なものです」

 つまり理想郷の力でも対価無しの取引を実現できなかったわけ……か。
 それでも失うものが無いようなものであれば、逆説的に無からの創造が可能であると言えよう。
 
「じゃあその些細なものって何かしら? それほど都合のいいものがあるとは思えないけど」

 理から外れた世界が求める理の種。それがこの世界に存在しているなんてにわかには信じられない。

「ありますよ。誰の中にでも存在し続けるもの。過去を閉じ込めた生命の歩いた道程」 

 彼女の指が自分の頭を軽くつついた。
 それが意味することはおそらくは、

「記憶で……?」
「信じられないことかもしれません。ですが彼女はそうやって自らの望みを産み落としたそうです」
「なんというか本当に夢みたいな話ね」
「ええ、記憶を形として万物を創造する。記憶さえあれば神の真似事が出来る……そんな感じです」

 魔法の詠唱体系にも祈願型というものがある。インテリジェントデバイスを扱うものたちの間で振るわれるそれだ。
 心の中のイメージを現へと解き放ち魔法と成すように、アルハザードは記憶に形を与え解き放てるわけか。

「もちろん引き換えに記憶は失われません。だからこそアルハザードに形さえ与えられたでしょう」
「形……? アルハザードだって一つの次元世界でしょう? 世界に形を与えるって」

 何か変な表現ではないだろうか。
 まさかアルハザードには空も大地もないというのか。

「言葉通り受け取ってもらって構いません。プレシアの言葉と今までの情報を私なりに纏めた結論ですから、このことは」
「じゃあアルハザードは元は次元世界ではない……と」
「無形……というよりはアルハザードそのものが巨大な願望器と称したほうが分かりやすいでしょう」
「それじゃまるでアルハザードは」

 彼女の目が私を捉える。皮肉じみた笑みを口元に微かに浮かべて、見透かすように言い放つ。

「ジュエルシード」

 答えは至極簡単なものだ。

「というよりはその中に眠るものですか。おそらくジュエルシード本来の役目は器にしか過ぎないのでしょう」
 
 ジュエルシードの機構が原生生物へと取り込まれた先の事件。最終的にはさらに別のジュエルシードの中へそれを移し変え封印するに至った。
 ジュエルシードは真に非ず、その中身こそが本当のジュエルシードの真。

「私個人の推測ですが、ジュエルシードは様々なものを内部に格納できるロストロギアなんでしょう」

 それは物だけではなく概念までも閉じ込めることが出来る――そう定義してしまえば辻褄を合わせるには気持ち悪いほど良くできている話だ。

「そしてジュエルシードの中にアルハザードは断片としてあった」
「だとしたら私たちの周りは夢物語で一杯ね」

 自嘲気味になる。
 すでにアースラには数十にも及ぶジュエルシードと、その上位互換とも言うべきL・ジュエルが存在しているのだ。
 おとぎ話でしかなかった絵空事と私たちは一年前から向き合っていたとなればそうもなろう。
 
(まさかプレシアはこれを知って?)

 アルハザードへの渡航手段として用いたのなら、全ては彼女の思惑通りだったということになる。

「わからないわね……アルハザードがそんなにも身近にあるならなぜそれで願いを叶えられなかあったのかしら」
「ジュエルシードを持ってしてもアルハザードの理は全て収められなかったからじゃないでしょうか」
「そう考えるのが妥当ね」

 だから完全な願いの結実には至らなかった。
 どちらかといえば宿主の願望が半端な形で外へと生まれただけに過ぎない。記憶というよりはイメージ、想像の産物か。
 
「心に想い描いたこともある種の記憶……」
「だから確固たる形にすることは出来ないんです」
「ならL・ジュエルはどうなのかしら」
「大方、さらにアルハザードの理を詰めただけかもしれません。しかも相当無理矢理に」
「だからあんなじゃじゃ馬になったのね」 
「ええ……悔しいですが、まったくそうとしか言えませんよ」

 理想郷にいるであろう大魔導師を小馬鹿にするように彼女が口元を吊り上げてる。釣られ、私もなぜだか可笑しさを堪えられない。

「ふふ、ならそこまで傍若無人が出来るのにミッドチルダを巻き込んだのかしら……もしかしたらこの世界も」

 どうやらようやく本題へと入れそうだ。
 今までは手品の種明かし。そしてここからはその手品を披露する真の目的だ。

「単刀直入にプレシアは過去を取り戻すつもりです」
「過去を……?」

 時間逆行は死者蘇生と並んで魔法で実現し得ない奇跡のはずだ。いや、奇跡というよりは禁忌であるそれを彼女は呼び覚ますつもりなのか。

(ああ、死者蘇生はもう体現されているじゃない。なら過去だって……)

 いや、それは無理だろう。先の話からすれば、アルハザードの力では過去に遡ること自体が不可能になってしまう。

「誰も遡るとは言っていません。過去の姿を彼女は当然持っている」
「――まさか!?」
「ええ、彼女は作るんですよ。過去という世界を、今という世界を犠牲にして」
 
 思わず椅子から身を乗り出した私を鎮めるように彼女は淡々と言葉を紡いでいく。

「世界の記憶全てを集めれば必ずや過去は掴み取れる。それが今の彼女を突き動かす持論なんですよ」
「……確かに世界の創造なんて一人の記憶じゃ到底無理だものね」

 その冷静な姿に再び腰を落ち着ける。
 人一人が持ち合わせる世界の情報なんて一生かけても高が知れている。それで世界の創造主になるなど傲慢もいい所だ。

「私もそうやってプレシアに真実を教えられていったんですよ」
「そう……」

 もはや人知の範疇じゃない。私たちは揃いも揃っておとぎ話の世界に迷いこんでしまっていた。

「ミッドチルダを飲み込んだあの黒い泥もアルハザードの一部なはずです。アルハザード本来の姿は虚数空間そのもの。虚数空間のすぐ向こうに理想郷はあったんです」
「それがあなたの結論なのね。敵ながらいい観察力を持っているわね」
「素直に賞賛の言葉として受け取っておきます。ありがとうございます」
「それはこっちの台詞よ。裏切り者の末路を知らないわけないでしょ?」
「それでも世界を消して背負った十字架の重みには勝てませんよ」

 それほどの覚悟を出来るなら分かち合いたいと思うのは我ながら甘い考えなのだろうか。
 まだミッドチルダは消えてない。囚われたままならその十字架だってまだ地に下ろすことができるはず。

「なら一刻も早くプレシアを止めないといけないわね。問題は山積みだけど」
「アルハザードへはジュエルシードが導いてくれるでしょう。私たちが世界を行き来するのもジュエルシードを使っていますから」

 そういえばそれも問題の一つだったか。
 私が頭を痛めていたのはもっと根本的な問題なのだが……。

「悪いけどアースラ自体が飛べなきゃどうにもならないわ。流石に司令室を置いてけぼりには出来ないもの」

 仮に各個アルハザードへ転送しても連絡手段が何も無ければ状況は分からないし、何より指揮が出来ない。
 相手が虚数空間そのものなら魔法なんて使えるわけないのだ。おそらくジュエルシードの力を総動員させることしか抗う術がない。

「そう……ですね。すみませんそちらの事情を汲めず勝手なことを」
「いいのよ、それにまだ他に解決しなきゃならないこと、あるでしょ?」
「アリシアとフェイト……ですか」

 頭を下げていた彼女が顔を上げれば複雑な表情が付きまとう。

「それまではこれ以上の情報交換は無意味だと思うわ」
「そうかもしれませんね。今はあの二人に時間を」

 矛盾の二人。
 アリシアがいればフェイトの存在が、フェイトがいればアリシアの存在が本来は有り得ない。そんな二人が同じ時間の中で歩み寄ろうとしている。
 子供たちには気持ちの整理をつける時間を出来る限り与えてやりたい。

「親心……なのかしら」
「いっそ自分が本当の母親なら……ですか」
「あら、意外と同じことを考えているのねリニスさん」
「どうやらそのようで」

 初めて彼女の名前を呼んだ。
 意見の一致が親近感でも沸かせたのか。それはそれでいいと思うのもまた己の甘さの一つだ。

「ふぅ、それじゃそろそろお開きにしましょうか。お互いに有益な情報を得られたわけだし」
「後はこれからですか」
「先ずはL・ジュエルの全封印。そしてアルハザードへ突入、首謀者の確保」
「ミッドが過去とされる前に、そして――」

 この世界がお伽噺の中へ誘われる前に全ての決着をつける。

「杞憂であればいいのだけど……」

 流石にミッドとは違いL・ジュエルなんてものをばら撒かれたのだ。嫌でも同じ末路を考え付いてしまうのはしょうがない。
 それをする意図が見当つかないものだとしても。
 彼女もそれに関しては同意見なのか僅かに顔を曇らせ頷いた。

「すみません、そのことに関しては私も皆目見当が……」
「だからこそ今出来ることをする。それを総意としましょう」
「はい」

 少し腑に落ちないものの収穫は十二分にあった。ようやく私たちから先手を打つ機会が訪れようとしているのだ。

「じゃあ今日はこれで――」
「その前に一つだけ聞きたい」
「クロノ?」

 口を開いたのは今までずっと沈黙を保っていた息子から。

「リニス、君のことはフェイトからある程度は聞いている。だからこそこれだけは教えてくれ」
「……なんですか」

 前へと歩み出ながらクロノは真っ直ぐ彼女を見据えている。その視線に僅かだが、彼女がたじろぐのが見えた気がした。

「君とアリシアは……本当にリニスとアリシアなのか?」

 その一言。
 たった一言だというのに今まであまり表情を変えなかった彼女の顔色を一瞬で変容させたのは、誰が見ても明らかだった。彼女の息を呑む音が聞こえてきそうだ。

「……何を根拠に」

 幾分低くなった声は苛立ちを感じさせた。
 彼女にとってのタブーに触れたのだろう。

「記憶から生まれた命は本当に命なのかと聞いているんだ」

 それは事実が目の前にあるからこそ無視してきた――見ないようにしていただけかもしれない一つの疑念だった。

「確かに君たちは存在している。だけど本当にそれは消えたものを呼び戻せた結果なのか?」

 魂というものがあると仮定するなら、それを呼び戻すのが死者を蘇らす唯一の方法なのかもしれない。
 だがアルハザードは記憶からその魂を作り出した。

「他人の過去から生み出された命は……命でないと」

 込み上げるものを抑えるように息遣いが震えていた。内に隠したものは動揺か、それとも怒りなのか。

「命の定義なんて抽象的なものでしょう? なら私たちの存在だけで十分じゃないですか」
「記憶だって抽象的だろ? 他人の中で過去にされた人間がそのままの形で生き続けるわけ無いだろ」

 記憶なんて年月と共に風化する運命だ。それでも人はそれの欠けていく部分を必死に思い出すことで生め、また別の記憶で埋め合わせして、時には自分の理想で塗り固める。
 ツギハギされた記憶に元の形などほとんど残っていない。そんなものから完璧な存在を創造できるのか。
 答えがイエスになることはおそらく無い。

「つまり今のアリシアはプレシアの理想の産物……理想の人形とでも」

 苦虫を噛み潰したように口元が歪んだ。まるで目を背けてきた真実と無理やり向き合わされたような反応だ。
 
「アリシアに宿っているのは仮初の命……とでも!」

 そして吐き出された声はそれを口にすることが忌々しいと言わんばかりに憎悪に満ちていた。

「君だってそうじゃないのか、リニス」
「残念ながら私はあなたの言う本物ですよ。アリシアが生み出した、アリシアを主とする使い魔です」
「……おかしな話だな。君はフェイトを教育するためにプレシアが生み出したんだろう? ならアリシアの記憶には君は存在しない」
「確かに私の出生は仰るとおりです。そしてアルハザードの理からすれば、私の記憶が無いアリシアが私を生み出すことは絶対にあってはならない!」

 言われてしまえば頷くことしかできない。私たちは以前の彼女を知らないのだ。本当の彼女を知っているのはフェイトさんとアルフだけ。

「私はイレギュラーなんですよ。アリシアはプレシアから私の断片的な情報は聞かされていたらしいです。それに私という存在の魔力残滓が組み合わさり、偶然にも私は呼び戻された」

 不意に、彼女の瞳がどこか遠くを見つめるようになる。

「雛形のおかげで半端なイメージでも完全な創造が出来たというわけか」
「いわば私の残滓が願いを育む肥やしになったということらしいです」

 使い魔はいわば魔導師によって生み出される魔力の塊みたいなものだ。消滅してしまえばその存在は残さず魔力と化し霧散する。
 それでもその魔力が元の形を記憶している段階なら再契約という形で使い魔をこの世に復活させることは可能だ。これは使い魔に関する知識の中では一般的な常識でもある。

「……わかっているのでしょう? アルハザードも所詮は仮初の理想郷だということを」
「ああ」
「なのになぜ、こんなことを聞くんですか? アリシアを……笑うためですか」

 空気が張り詰めた。ただでさえ静寂だった空間に何か冷たいものが走り抜ける。

「それならば……私はここであなたを八つ裂きにします」

 もしその言葉が無くても、微かに釣りあがった眉だけで彼女が殺気を孕んだことは窺えるだろう。
  
「プレシア・テスタロッサに同情するためだよ」

 息子の答えは私にとってそれほど驚くようなものではなかった。むしろ今までのクロノの言葉は私も彼女に問いたかったものでもあった。
 
「……憎んでいたんじゃないんですか? 故郷を消すような人間ですよ」
「自分の目的のために他人を巻き込むような人間に同情はしないさ。ただ一人の人間として、これほど報われなかったのは世界の中できっと彼女だけだろう」

 疲れたような表情で呟くと、クロノは踵を返し空いていた椅子へため息を残しながら腰を落とす。
 
「何をしても本当の過去は取り戻せない。取り戻したのは箱庭の過去だけだ」

 望んだものは全て自分の中から生まれたものばかり。出来のいい模造品しかアルハザードは与えてくれない。
 本当の意味で渇望した世界は手に入らない。過ぎ去った確固たる事実だけを産み落とし自分で自分にまやかしを見せることしかできないのだ。
 例え世界全ての過去を集めてもそれは過去以上の存在へは昇華されない。まやかしは実像には決してならない。
 
「とっくにわかってましたよ、そんなこと」

 遥か頭上を仰ぎながら彼女は皮肉たっぷりで笑っていた。
 
「それでも生まれた彼女は例え本物じゃなくてもアリシアなんです。今のアリシアとして掛け替えの無い記憶を今も紡いでいるんです。それだけは忘れないでください」

 再び私たちに向けられた瞳は今にも泣き出しそうで、彼女の想いが痛いくらいに伝わってきた。
 まるで本当の母親のように彼女はアリシアに慈愛を注いでいるだろう。
 
「大丈夫よ。フェイトさんだって今は自分の道を歩いている。アリシアさんのことをだれもそうは思わないわ」
「はい……ありがとうございます」 

 帽子を取り深々と頭を下げた彼女に、私も立ち上がり頭を下げた。

 理想郷なんてどこにも無い。
 追い求め、希望を砕かれ、それでも欠片を拾い集め希望を絶やさんと抗うこと。まやかしに囲まれて永久を目指し続けること。
 
 それが代償の無い奇跡の裏に隠された本当の代償――。

* * *

 ――暑い暑い夏だ。

(ふぇ……今年はいつも以上に長い気がするよぉ)

 最初は真っ直ぐ綺麗に並んでいた列も大分形が歪になっている。
 耳を澄ませば微かに聞こえるセミの声。いつもはうるさいだけの音色も、この野太い声に比べたらずっとマシに思えてくる。

(聖祥って私立よね……なんでエアコンつける余裕が無いのよ。生徒が熱中症になったら訴えてやるわ)
(しょうがないよ、校長先生のモットーなんだから)

 自然と共に学び、健全な心と体を育む――なんてのが実は今の聖祥の校訓だったりするのです。

(確かに文明の利器に頼るのもどうかと思うけどぉ)

 言いたいことは分かる。子供だからって甘えすぎるのはいけない。春夏秋冬、巡る季節を肌で感じるのは大切なことだとわたしも思ってる。
 それでもこうやって体育館にびっしり詰め込まれているのは別だと思うんだけど……。

(耐えるしかないわ……委員長としてだらけた姿を見せるわけにはいかないのよ)
(それに私たちはまだコレで気を紛らわせるんだし。わがまま言えないよ)

 ムアッとした熱気の水面下を飛び交う心の声はわたしたちにだけ許された最高の暇つぶし。
 どんな文句を言っても誰にも聞こえないのはこういう時すごくいい感じだと思う。
 
(……あはは、でも魔法に頼ってるのもダメだよね)

 むしろ魔法のほうがよっぽど便利なものなんだから安易に使っちゃいけない気がする。わたしたちの日常にいる時に魔法を使うのはきっとズルいこと。

(校長先生の話が終われば終業式も終わりなんだし……我慢しよう)
(うん、なのはちゃんの言うとおりだね)
(しゃーない。耐えることも勉強ってことね)

 今日が終われば明日からわたしたちの学校は一ヶ月ちょっとお休み。一年で一度しかない楽しいことてんこ盛りになるはずの夏の始まり。

(けどアタシたちからすればまだ羽を伸ばすわけにも行かないこと……わかってるわよね)
 
 忘れるわけが無い。
 わたしたちの日常に一区切りが突いても、魔法少女としての非日常にはまだ終わりが見えないのだから。
 それはこうやって念話をしている時だって感じさせてくるのだから。

(フェイトちゃん……)

 わたしたちの会話に混ざってこないのは単純に外からのリンクを遮断してるから。
 少しだけ後ろを見やってフェイトちゃんの様子を見てみる。真っ直ぐ前を向いて、敬礼するみたいに背筋を伸ばしている。

(わたし二人には戦って欲しくないな……)
(けどあんただってフェイトとは一度は全力でぶつかったんでしょ?)
(でももう友達になれたんだよ。それなのに……)

 明日フェイトちゃんはアリシアちゃんと本気の勝負をする。
 くーちゃんの一件の後に二人が決めたことがそれだった。アリシアちゃんと分かり合えて、友達になれたのに二人はぶつかるって言った。
 フェイトちゃんの心の中はどうなっているのだろうか。気になってまたちょっとだけ振り向いてみるけどフェイトちゃんは相変わらずで――。

(けじめなんでしょ。言ってたじゃないフェイトだって)

 新しい一歩を踏み出したいから。最初で最後、手加減なしの本気の勝負。

(昔の私たちを終わらせるために)

 それがフェイトちゃんとアリシアちゃんの答えだった。

(多分、私たちは見守ることしか出来ないんだよね)

 きっと曖昧なままで終わらせたくないんだと思う。
 今まで敵同士だった二人はいろんなことがあって友達になれた。だけどそれはどこか半端な感じな関係なんだと思う。
 アリシアちゃんは自分の意思で一緒にL・ジュエルを封印してくれた。もちろん事件が解決したわけじゃない。
 敵にも味方にもなりきれないのがアリシアちゃん。
 
(言葉も大事だけどぶつかることも大事なのかな?)

 今までずっと敵だった相手と一緒に戦って分かり合えた。
 でも敵であることに変わりはない。自分たちだけで分かり合えたって他の人たちと絡まりあったわだかまりは簡単には解けない。
 どうしようもない想いに板ばさみになってるのがフェイトちゃん。

(時と場合じゃない? 言葉だけで気持ちが通じれば万事オッケー。ぶつかりあって気持ちが通じても万事オッケー)
(そうなのかな……?)
(ようは自分の信じる道を突き進めばいいんじゃない? Going my way! それに限るわ)
(私もアリサちゃんと同じかな。いろんなこといっぱい考えてるだけじゃ進めないもん。だから自分なりに出来そうやり方でいけばいいと思う)

 わたしのやり方、みんなのやり方。それぞれのやり方を信じて進む。
 二人の言う通りかもしれない。みんなのやり方を気にしてばっかりだったら前には進めないし、何より自分の信じるやり方に自信が無いみたい。
 
(そうだよね。ありがとう、アリサちゃん、すずかちゃん)

 なら進んでみよう。わたしはわたしで、みんなはみんな。
 どんどん進んで、気にせず進んで。もしもわたしのやり方が間違ってたらその時だけは足を止めてゆっくり考えよう。

(にゃはは、やっぱり二人が魔法少女でよかったかも)
(かも……じゃない! 良かったのよ!)
(うん、偶然にはしたくないよ)

 今のフェイトちゃんだって自分のやり方を信じているから。だから迷い無くぶつかることが出来る。

(それじゃ放課後はフェイトのために激励パーティといかない?)
(あっ、それいいかも!)
(それじゃあ私の家でお茶会にする?)
(なに言ってんの! ここはパァーっとカラオケよ! カラオケ!!)

 アリサちゃんの提案にちょっと考え、すぐに納得。
 せっかく夏休みになったんだから気持ちを弾けさせちゃうのが一番いい。やっぱりみんなで騒いだ方が楽しいし、明日のことで緊張してるかもしれないフェイトちゃんのガス抜きになってくれるかも。
 
(じゃあ学校終わったら即効で行くわよ! 門限ギリギリまで歌いつくしてやるんだから!)

 俄然やる気のアリサちゃんに続けとわたしも心の中のウキウキが高まっていく。
 踏み出す一歩に込めた想い。目指すは事件の解決とわたしたちの夏を最高の思い出にすること。

 終業式が終わって、通信簿を受け取って、そうして校門を飛び出せば――

 ほんとの夏の始まりだ!!

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