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2007.12/31(Mon)

魔法少女リリカルなのはSTEP 第十七話 Apart 


【More・・・】


 外からカラスの声が聞こえてくる。
 気がつけばなのはの周りはオレンジ色になっていてお日様が今日一日の仕事を終えたことを教えてくれた。
 眠っていたのかなんだかすごい長い時間を座って過ごしてきたみたい。

「一日……無駄にしちゃった」
 
 でも不思議と後悔する気持ちは無い。むしろ何も考えないで一日終わらせられたことに安心していた。
 段々と薄暗くなっていくリビングに一人ぼっち。なんだか世界でたった一人残されてしまったみたいに感じられて逃げるようにその場から立ち上がる。
 駆けていく場所は電気のスイッチがある場所。並んだスイッチ全部入れて部屋中を真っ白な光で一杯にした。

「カーテンも閉めよ……」

 綺麗な夕焼け空を見たって何にもならない。何にもしないでただじっとみんなの帰りを待っているのが一番なんだ。

(もうちょっとだもん……我慢しなきゃ……)

 時計の針は進み続ける。その時間になればみんながこの家に帰ってきて楽しい夕ご飯の時間になるんだから。
 胸に湧いてくる寂しさをぐっと堪えてオレンジジュースを飲もうと冷蔵庫あけた。でも肝心のジュースはもう中身が空っぽになっていて……。
 いつの間に飲んじゃったんだろう。これじゃご飯の時にみんなが飲む分が無いよ。

「なのはが我慢すれば良かったんだ……なのに」

 自分勝手にするのはいけないことなのに……。
 ほんとは全然喉は乾いて無くてただ時間を潰したいだけでジュースを飲んでたから。何とかできたはずなのにしないのはすごく悪いこと。
 なのはの我慢が足りないせいで誰かを傷つけてしまうのはもう絶対嫌だから。
 
 お父さんが大怪我して、みんなが忙しくてなって、一人ぼっちになって――。
 悲しくて苦しくて、辛くて怖くて、寂しくていつも泣いていた。お母さんは開店したばかりのお店の切り盛りで帰ってくるのはずっと夜。
 いつも泣き疲れていつの間にか眠って朝になっていて。おはようの挨拶をする時間だってどこにもない。
 お兄ちゃんやお姉ちゃんは時間を見つけてなのはと遊んでくれたけどそれもちょっとだけ。

(なのはは言っちゃいけないことを言っちゃったんだ……だからその分みんなを笑顔にしてあげないといけないんだ)

 なのはから大切な時間を奪っていったお父さんの事故。
 「悪い人」が世界には少なからずいることはなのはだって知っている。なのはの周りが優しさに溢れていたってそれが世界の全てじゃない。
 お父さんはその優しくない世界で事故にあった。ベッドの上で包帯ぐるぐる巻きになって呼んでも返事してくれない。いつもみたいに口を大きく開けて笑って頭を撫でてくれたお父さんはそこにはもういなかった。 

 お父さんは誰かを庇って事故にあったってことをその後知った。大切な友達を守るためにその身を挺して事故に巻き込まれた。命に関わる大怪我だってことはみんなの様子でなんとなくわかってしまった。
 昔のお仕事――ボディーガードとしての最後の仕事が皮肉にも最悪の結末で終わってしまったのだ。
 だからなのはが一人ぼっちになった。全部事故のせいで。

(あの人はずっと泣いて、謝ってたのになのはは許さなかったから)

 世界中の涙を注ぐように泣き続けたなのははその日初めて「誰かのせい」にする言葉をぶつけた。
 お父さんが大怪我をしたのは守っていた人の娘を守ろうとしたからだって娘の人から直接聞いたからだ。
 なのはよりも年上なのに子供のように泣きじゃくって罪の意識に押し潰されていたその人はきっとここまで謝りにくるだけでも痛いくらいに心をすり減らしてきたんだと思う。
 なのになのはは一人ぼっちされた痛みを手の届かない「悪い人」にではなく手の届く目の前の人へぶつけることを選んでいた。

(なのはが笑顔を取っちゃったんだ……一番いけないことをしちゃったんだ……)

 その言葉が一体どれほど心を傷つけるものだったのかはわからない。言われた人の本当の気持ちなんてわかるわけないんだから。
 でもその人の涙をずっと見ていてなのはは自分の過ちに気づいてしまった。それからなのははみんなの笑顔を一番にしようと思ったんだ。

 悲しい顔なんてもう見たくない。
 困った顔も見たくない。泣いてる顔なんて絶対ヤダ。
 みんなの笑顔がなのはの元気になる。だからなのはは笑うんだ。みんなに心配させないように、悲しい気持ちにさせないように。

「……みんな遅いな」

 お腹の虫が三度目の泣き声を上げた頃、突っ伏していた体をテーブルから起こして時計を見た。
 なんだか信じられないような時間になっていた。いつの間にかうたた寝していたみたいだ。
 なのに家に人の気配はない。こんなに夜遅くまで起きてるのは初めてだけどそれでもみんな帰ってきてないみたいだった。
 それだけ忙しいんだろう。でもみんなが自分のやりたいことを頑張ってくれるならなのはは嬉しい。

「そうだよ……なのはなんかより……お仕事頑張らなきゃ」

 まだ開店したばかりなんだからお母さんとお兄ちゃんが頑張らなきゃいけない。
 お姉ちゃんは怪我と戦ってるお父さんが寂しくないように傍でずっと看病していなきゃいけない。

 なのはは何もないから大丈夫。

「…………みんな頑張らなきゃいけないのに」

 急に心を締め付ける痛みにぎゅっと目を瞑った。
 何かが心に入り込んでくる変な感覚に何度も首を振って胸を掴む。

「なにこれ……?」

 うずくまる様に体を縮めてみても違和感は消えない。むしろどんどん大きくなってる。
 誰かが近づいてくる。お母さんでもお兄ちゃんでも、お姉ちゃんでもない知らない人。

「あ……う……くぅ!」

 小さく呻いて転げるように椅子から崩れた。眩暈はしないけど心はぐるぐる回ってる感じ。
 なんだか急に怖くなってよろけながらもなんとか立ち上がり逃げるようにリビングを出た。
 向かう先は自分の部屋じゃない。そっちからその人はやってくるって予感があった。

(怖いけど……でも)

 こんな時間に外に出るなんて絶対怒られちゃう。でもこの痛みから逃げるにはこれしか考えられない。
 おぼつかない足取りのままドアを押し開けて外の世界へ飛び出した。
 何で逃げるのか自分でもよくわからない。すごく怖いものって思える反面、その誰かの温かさを知っていた。
 だからかもしれない。温かな心を持った人だからこそ、その人の頑張ることをなのはが邪魔しちゃいけないから。
 真っ暗な世界は星とお月様だけがなのはを照らしてくれる静かな世界。
 
 だけど氷みたいに冷たく寂しい闇の世界。
 
* * *

 指先から伝わる毛羽立った感触に闇に沈んでいた意識が急浮上していく。時計の針は再び時を刻み始め再始動する体にくぐもった声が漏れた。

「……ここは?」

 うつ伏せに転がっていた体に鞭を入れるも感覚は曖昧で思うように動かない。なんとか顔だけ上げて周囲を見渡せば見知った本棚の列が僕の視界に入る。
 
「僕の部屋……か。なんとか精神は融合できたみたいだね」

 体を返し絨毯の上に寝転がってみる。ぼんやりと天井を眺め今一度自分の体――というよりは心の状態を確認する。
 おそらく今の僕はなのはの精神に自分の精神を融合させ介入可能な状態になっているのだろう。僕のいる世界は当然現実ではなくなのはの心の中。なのはの願望は記憶を媒介に形を成した心象世界だ。
 なんでこの場所にいるのか大体の見当もつく。僕という存在がなのはの記憶の中で最も安定して存在する位置が高町家のこの部屋だからだろう。
 
「ここまで深く繋がると流石に動くのも辛いかもな」

 体が存在しない――単刀直入に言えばまさしくそれ。僕もこの世界と同様になのはの記憶が形を与えてくれるからこうやって僕の姿で居続けられるのだ。

「でもこの世界にL・ジュエルもあるはずなんだ」

 ようやく馴染んできたらしい体を慎重に起こして手近にあった勉強机を支えに立ち上がる。
 一息ついて窓の外を見た。漆黒に浮かぶ数多の光で取りあえず今が夜だということ認識する。それも単なる参考程度のものだけど。
 なのはにしてみればこの世界は夢と大して変わらないはずだ。寝ている間に記憶が織り成す不定形な世界に時間の概念は意味を成さない。もしかしたら瞬き一つで世界は朝になっているかもしれないのだから。

「なのはだって……必ず」 

 まず必要なこととしてこの世界の主であるなのはを迎えに行かなければならない。
 なのはがこの世界が夢ではなくL・ジュエルによって生まれてしまったものだと教えなければいつまでたっても封印はできない。
 L・ジュエルという異物はなのはが完全に認識しない限り精神に融けたままだ。これを剥離させて初めてL・ジュエルも形を成して封印が行使できるはずだ。
 魔力探査をかけなのはの居場所を探る。てっきりこの家にいるかと思ったけどどうやらここから随分と離れた場所にいるみたいだ。位置的には町の中心だろうか。

「とにかく行かなくちゃ」

 そこにたどり着けばなのはがいる。そうすればすぐにでもこの世界に別れを告げることができるだろう。
 
「待っててなのは」

 窓を開け放ち夜空を仰ぐ。満天の星から注がれる淡い光は現実と変わりなくこの世界を照らしていた。
 飛行魔法は普通に使えることが幸いした。なのはも魔導師だから飛ぶという概念がこの夢にも存在してる。なのはの記憶の中にある情報だけが唯一の生命線となる僕にはこれは心強い。
 全てなのはの記憶で形成された世界で自由に動くにはなのはという人物をどこまで知り、そして関わっているか。

(共有する記憶……フェイトやクロノには真似できないんだ)

 お互い共通の記憶があればそれだけこの世界との結びつきは強くなっていく。もし繋がりが希薄な人間がこの世界に入ったならたちまち齟齬を起こして弾き出されてしまうだろう。
 あくまでこれは夢。なのはの記憶にない情報が入り込んではいけないのだ。
 僕だからこそできる――それは決して驕りじゃない。一番リスクが少ないと同時に一番メリットがあるのが僕なのだ。
 家族に負けてもそれに近い位置で一年間友に過ごしてきた僕には他人にはない記憶の共有をなのはとしている。
 初めて魔導師になったあの日からジュエルシードを集め、フェイトと友達になるそのすべてを僕は見てきている。いろんな側面を知っているから僕はこの世界に存在できるんだ。

「いくよ――!」

 最大全速でなのはの心の中を飛翔する。海鳴の町はなのはの生まれ故郷であって見下ろす景色は鮮明に映っていた。
 でも注意してみれば町の所々がぼかしたように不鮮明になっている場所があるのに気づく。それは高町家を中心に遠ざかるほど顕著に現れていた。
 なのはが訪れた場所は当然記憶にも刻まれる。記憶に無かったり薄い場所ならはっきりとした輪郭を持たないのは当たり前のことだ。

 一度上げた高度を段々と落としていく。露になっていく町の様子になのはの記憶の限界を探っていく。
 やはり眺めるだけの風景に中身は存在しない。ふと覗いたビルの中なんて闇で満たされているように真っ黒に塗りつぶされていた。
 やがて町の中心に辿り着く。降り立ちなのはの姿を探す。
 
「ここは……」

 見覚えのある場所だった。
 自分の記憶を辿りそれがなのはにとってどんな場所だったかを思い出す。

(ここはジュエルシードが暴走した……場所か)

 フェイトとジュエルシードを取り合ってた頃に一度町の中で小規模なジュエルシードの魔力の開放が行われてしまった場所がここだ。
 あの時はレイジングハートも結構ダメージを受けてジュエルシードもフェイトに封印されてしまった。管理局にもこれのおかげで知られたみたいだしいろいろと僕にとっても因縁がある。

「――っ! なのは!!」

 見つけた。
 思わず声を上げて僕はその方向へ駆け出した。
 なのはが立っていた場所は取り合ったジュエルシードがあった場所だった。その中心でなのはは一人俯きながら佇んでいる。

「なのは! 良かった……無事だったんだね」

 下手したらL・ジュエルに囚われていた可能性だってあったわけで。その中でなのはがこうやっていてくれたことは僕にとっては最高の安心だった。
 
「えっと……まずどうやって説明すればいいのかな」

 一歩ずつ近づきながら今の状況を手短になるように頭の中で組み立てていく。夢であるが故に自分の身に起こったことも覚えて無いかもしれないからだ。
 
「…………」 
「もしかして覚えてる? なのはは今L・ジュエルに取り付かれてて――」

 微動だにしないなのはに何か違和感を覚える。
 そもそも僕が声をかけているのになのはは反応していなかった。俯いたままなのはそこに立っているだけ。
 僕のことがわからないのか? いやそれはないはずだ。僕がここにいることがなのは記憶の中に僕が存在している証拠なのだから。
 仮になんらかの形で失念していても誰かに声をかけられれば返事くらいはしてもいいはずなのに……。

「ねぇ、なのは聞いてる?」

 意識が無いのか様子を伺おうと僕はなのはに触れようと手を伸ばした。
 これだけ近くにいてもやっぱり気づいていないのか、

「……駄目だよ」

 疲れきった声が静寂を震わせた。
 決して空耳ではなかった。なのはの唇が動くのを僕は見逃さなかった。

「なのは? 何が駄目なの?」

 けど言葉の意味が汲み取れない。唐突過ぎる拒絶の意思に僕は伸ばした手を一瞬止めた。

「お仕事しなきゃ……なのはは大丈夫だよ」 
「なのは……どうしたんだ?」

 なのはの様子がおかしい。
 僕ではない誰かへの言葉が震える声になって耳に届く。泣いているのか俯いているせいで分からないのが歯がゆい。顔が見たくて僕はなのはの肩に触れる。

「……いやぁ……だめぇ!!」

 景色が反転した。
 体に襲い掛かる無重力に腹にめり込む衝撃で口から空気が吐き出された。
 宙へ舞い上げられていたのは僕自身だ。なのはは眼下に同じ姿でいるのが見える。

「がはっ!」

 苦痛に顔を歪める暇も無く僕はアスファルトに叩きつけられる。腹から響く鈍痛に何度もその場で咳き込んだ。
 まるで丸太で打ち込まれたみたいだった。体をくの字に折り曲げながら痛みに必死に耐える。

(今……なにが……?)

 なのはに殴られたわけじゃないだろう。こんな化け物じみた怪力をなのはが持ち合わせるわけが無い。なのはが動いた気配だって無かった。相変わらずそこに佇んだままだ。
 何かが僕を襲ったのは確かなこと。その正体は見当もつかないけど僕を邪魔しようとする存在なんてこの場にはL・ジュエルくらいしかないだろう。

「ぐっ……なのは」

 腹押さえながらなんとか立ち上がる。膝がガクガク震えて予想以上に足が悲鳴を上げてる。不意打ちだったせいでまともに防御できなかったツケが回ってきているみたいだ。
 
「僕だよ……なのはっ!」

 奮い立たせるように声を張り上げて僕は名前を呼ぶ。それでもなのはは動かない。
 代わりに返ってきたのは、

「がぁ!?」
 
 全身に物凄い圧力が襲い掛かった。
 まるで巨大な手のひらに打ち据えられるように僕は木の葉みたいに空へ巻き上げられる。
 何かがまた僕を攻撃してきたのは間違いなかった。不可視の何かが僕に矛先を向けている。
 
(今のは……一体?)

 叩き落される寸前に障壁を展開させてなんとか衝撃を和らげる。
 右肩を強かに打ち付けてまた痛みに苦悶する。たった二発でボロボロなんてあいつに知れたら笑われるだろうな。
 魔力も何も感じないのにこんな理不尽な暴力がどこから沸いてきたのか。そう思ってこれがなのはの夢なんだから何も不思議なことではないと気づいた。

「そうだよね……夢なんだから何でもありか」

 引きずるように足を進めて再びなのはに近づいていく。
 なんとしてもなのはに気づいてもらわないとこの世界は終わらせられない。例え妨害があっても僕は行かなきゃならないのだ。
 
「――んで? なんで来るの?」
「えっ?」

 掠れた声に続けて不可視の力が今度は背中を打ちつけた。
 今までよりは幾分威力は落ちてるけどそれでも膝をつかせるには十分な一撃だ。

「お仕事頑張っていいんだよ……なのはは一人でも大丈夫だから」
「何言ってるんだよ……僕はなのはを助けに――」
「大丈夫だから!!」

 目の前に星が散った。
 すくい上げる様に繰り出された力が額にぶつかり頭が後ろへ傾く。勢いよく景色が流れていく。

「がっ! ぐっ!?」

 さらに追い討ち。立ち上がらせるつもりもないのか崩れかけた僕の腹に潜り込むように一発。浮き上がる体に左肩からダメ押しの一発。
 成す術なく吹き飛ばされた僕はビルの側壁にぶつかり瓦礫と粉塵の中に沈んだ。
 巻き上がる土煙の向こうからなのはの声が聞こえる。

「なのは一人で笑えるから……みんなは自分のこと頑張っていいの……だから来ないでいいの……来ないでいいの!!」

 はっきりとした拒絶の意志を持って僕に向けられているのは敵意一色。
 
(泣いている……? ……なのは?)

 意識が揺れている。拡散する思考ではまともに物も考えられない。それでもなのはの異変は声だけでも何とか悟れた。
 どうやら僕は何か勘違いしていたらしい。今までの攻撃はL・ジュエルによるものじゃない。

(なんで……なのは……)

 これはなのはの意志そのもの。なのはの心の叫びだ。
 
「来ないなんて……出来るわけないだろ」

 荒々しく肺から空気を追い出し一気に吸い込む。体中に塗りたくられた痛みに悲鳴を上げたくなる。
 弱音を飲み込む。なのはを助けるのが僕の使命なんだ。ここまで来て諦めろなんて何をされようと頷くわけにはいかない。

「それでも行くよ……なのはを一人になんてするもんかっ!!」

 いつか見たなのはの姿が脳裏をよぎる。一人で抱え込んでいた頃のなのはが、いや抱え込むようになってしまった始まりが目の前にある気がした。
 だから行かなくちゃいけない。今更一人ぼっちになんてさせるものか。
 
「なのはは大丈夫なの!!」
 
 悲鳴が空気を劈く。
 これがなのはの本当の姿なら放っておくような人は絶対にいない。フェイト、アリサ、すずか、クロノや他のみんなの誰がここにいても考えることは同じなはずだ。
 泣いてまで他の人を支えようとする姿を見て誰が頑張れる。強がりにしか見えない言い訳を僕は受け入れるつもりはない。

「そんな笑顔で元気になれるわけ……ないだろ!!」

 顔を歪めながら体中の筋肉に活を入れ足が瓦礫を踏み砕く。煙の隙間から垣間見えたなのははやっぱり泣いていて笑顔なんてどこにもない。
 もしそれを笑顔にするならそれはきっと仮面。偽りの笑顔なんだ。

「僕は……ほんとの……なのはの笑顔を見たいんだっ!!」

 足を前に、歩いているのか走っているのかそれさえ分からなくなっていても僕は前へ進み続ける。
 瓦礫を乗り越えて、土煙を潜り抜けて、なのはの元へ。痛覚なんてとっくに放り投げた。骨が折れてようが今は関係ない。
 なにがなのはをそこまで駆り立てるのか。どうしてそこまで自分を犠牲にできるのか。
 だから教えなきゃいけない。

 それはきっと間違っているから。
 
「いやぁーーーーっ!!!」

 なのはの悲鳴を最後に意識が闇に突き落とされた。
 吹き飛ばされアスファルトに叩きつけられて何度も転がりながら僕は襤褸切れになって横たわる。  
 それはなのはからの最終通告だったのか。最後の最後までなのはは心を開いてくれなかった。頑なになのはが差し伸べられる手を拒絶する理由。

(やっぱりそれを知らないと駄目なのかな……?)

 結局は自惚れだ……。
 僕は全然なのはを知っていないんだ。上辺ばかりで本当のなのはは全然知っていない。

「くっ……そぉ……」

 力なく指先が地面をかいた。
 それが僕の全力だった。

 手放したくない意識は呆気無く零れ落ちて僕の心は再び闇へと溶け出していった。

* * *

 考えられなかったわけではない。むしろ予想できなかったほうが無能の極みとなるだろう。

「そう……ユーノくんが」
「ああ」

 憮然としたままクロノが答える。
 朝がたエイミィが見つけるまで何重というバインドで拘束されていたなんてにわかには信じられない事実だ。
 けれどその犯人が彼ならばすべて合点が行く。
 なのはさんの眠るベッドに突っ伏した姿は決して無き疲れて眠ってしまったわけではないのだ。微かに聞こえる息吹が彼がまだ生きていることだけを知らせても安心はできない。
 
「……下手に動かせないわね」

 なのはさんはともかく今のユーノ君は抜け殻にも等しい。精神が無い、いわば魂を失った状態。
 このままの状態が続けばいずれ体は衰弱しそのまま死に至る。心の無い体に生きる力はないのだから。

「戻ってくるまではこのまま見守るしかないなんて……無力ね」
 
 歯噛みしたい気分だが息子の手前、弱みを見せるわけにはいかないだろう。大の大人は勤めて冷静にして子供たちを見守るだけだ。

「馬鹿だよ……あいつは……とんでもない大馬鹿だよ」
「クロノ……」

 肩を震わせながらクロノが搾り出すように呟いた。らしくない歯軋りの音に私にはかける言葉が見つからなかった。
 こんな時こそ気休めでも何か慰めの言葉をかけるのは母親としての勤めなのにまったくもって情けない。
 私にできることはただ二人の無事を祈るだけだ。

「帰ってきたら殴ってやる……そうじゃなきゃ気が済まない」
「そうね……一思いにやっていいわ。私が許可するから」
「されなくたってぶん殴ってやる」
「……ええ」

 そっとクロノの肩を抱いてぴったりと寄り添う。私もクロノも二人を待つということが徒労になるやもしれないことを十分に知っている。良くて一人、下手すれば二人とも戻ってこないほうが確率にするなら高いのに。
 まったく諦めが悪いのだ。

「必ず……戻ってきなさい……必ずよ」

 夢の彼方にいるであろう二人を見つめながら一人言い聞かせるようにごちた。

 彼女が持つ不屈の魂と同じように私たちも不屈の心を持ち続けるために。

* * *

 誰かの泣き声が聞こえる。
 目を開ければもうすっかり見慣れた高町家のリビングに僕はいた。

「ひっぐ……ひぐ……」
 
 カメラを切り替わるように目の前の光景が移り変わる。
 泣き声の主はソファーの上で一人泣いていた。あまりに幼い顔立ちはまだ彼女が三歳か四歳ぐらいであること思わせて、トレードマークのお下げはまだちょこんと飛び出しているだけだ。
 涙を拭くこともせず一人しゃくりあげてなんで彼女がそこまで泣いているのか僕にはわからない。
 
「お母さん……お兄ちゃん……お姉ちゃん……早く帰って……きてぇ……」

 途切れ途切れに呼んでいたのは大好きな家族の名前。どうやらなのはは一人で家の中に取り残されているらしい。留守番にしても……彼女にとってはまだ少し酷な気がするのは僕が甘いせいなのだろうか。

(これは……なのはの記憶なのかな)

 精神を融合させると時に相手の記憶の中に自分が入り込んでしまことは良くあることだ。

(……体がある感覚も無い。どうやら間違いないみたいだ)

 手を握ってみようと思ってもふわふわとした奇妙な感覚だけが頭にこびりついて僕の体は何の返事もしない。それどころか目の前の光景は頭の中へ直接流れ込んでくるように感じられて疑問をどんどん氷解させていく。
 記憶の中では一方的に記憶の断片を見せられるだけで干渉は出来ない。あくまで観客として僕は記憶を見続けるのだ。
 だとすれば間違いなくこれは僕が心を重ねた相手――なのはの記憶の他はない。

(もしかしたらここになのはを救える手がかりがあるのかな……?)
 
 無念に沈んでなのはに触れることすら出来なかった。あそこに戻ってこれる保証は無くても僕はなのはの記憶を見届けなければならないと思えた。
 僕にとってのなのはを本当のなのはにするために。
 
(今度はいつだ?)

 また場面が変わる。今度はなのはの他にも家族のみんながいて、そしてもう一人僕の知らない女性が崩れ落ちるようにして泣き続けている。
 その声は聞こえない。ただ何度も頭を下げている様子から何かをを必死に謝っていることだけは窺えた。
 見ていて痛々しいほどに頭を下げ続け泣き続ける女性はやがて桃子さんに抱きしめられる。何かを耳元で囁いているみたいで少しずつだけど彼女が落ち着いていった。

「……どうして、フィアッセさんを許すのお母さん」

 低く抑揚の消えた声。なのはのものだと思えないような暗さをまとった声が僕の耳に響く。
 みんながなのはの方を見た。なのはは親の敵でも見るようにその女性を鋭く睨みつけていた。決して怒りに歪んだ顔ではなく表情の消えた顔で。それは年相応の少女の顔ではない。

「フィアッセさんのせいでお父さんが事故にあったんだよ。包帯ぐるぐる巻きで、きっとすごく痛いはずなんだよ」
 
 なのはが続ければ何かが僕の脳裏を掠める。
 病院のベッドに寝かされた誰かの姿。素顔さえ見えなくらいに包帯で体中を覆われている。
 傍に寄り添っているのは桃子さんを始めとする高町家の面々。それでベッドの上の人が士郎さんだってわかることができた。

「お父さんが守ってくれたんでしょ……守って……お父さんは」

 嗚咽が混じる声でもなのはは止めはしない。何かを悟って諦めてしまったような絶望を含んだ顔でなのはは話を続ける。

「みんな大変で……なのは一人ぼっちで……一人ぼっちにされて……一人でぇ……」

 次々に頭の中へ挿入される映像に映っているのはなのは一人だけ。
 あんなに幼いころからなのはは一人にされ続けていたらみたいだ。みんなの事情は大体分かるけど、それでもなのはにとってこれは寂しい思いをする以外に得るものは何も無いだろう。

「ねぇ……なんでなの? なんでお父さんに守られたの? ぐすっ! フィアッセさんがいなければお父さん怪我しなかったんじゃないの?」

 きっとなのはは純粋な気持ちでその言葉を言っているのだろう。
 幼すぎるが故にその言葉の鋭さを彼女は知らない。

「そうだよ! 全部フィアッセさんが悪いんだ! フィアッセさんが守られたから……守られたからお父さんは!!」

 フィアッセと呼ばれたその人の体が痙攣でも起こしたかのように激しく震えた。
 初めて感情を露にするなのは。怒り、悲しみ、憎しみ、さまざまな感情が入り混じった声と顔で責め立てる。
 そうしてなのはの最後の言葉が木霊する。あまりに残酷すぎて無垢ゆえにその本当の意味を知らない言の葉の剣が無慈悲に振り下ろされたのだ。

「返してよ! お父さんを返してよ!! フィアッセさんなんていなければよかったんだ! いなければよかったんだーーっ!!」

 フィアッセの瞳から光が消える。悔やむように両手で顔を覆えばすぐに悲哀に満ちた慟哭が聞こえてくるようだ。
 なのはの言葉に唖然とするもすぐに立ち上がる桃子さん。腕を振り上げるのはなのはを平手するためか。

「…………」

 なのにその腕は下ろされること無く力なく垂れていた。
 桃子さんはそのまま俯き踵を返す。まるで見上げるなのは眼差しから逃げるように。僕からの視点じゃちょうど桃子さんの影に隠れなのはの顔は見えない。でもそれでよかったのかもしれない。

(そんななのは……見たくないよ)

 僕の意志に呼応するように目の前が闇に閉ざされていく。
 これからのことは見なくても大方予想がついた。きっと自分の言ってしまったことの重みになのはは後悔したに違いない。
 それでなんでも背負って他人に迷惑をかけないような「いい子」を演じるようになった。
 そしていつしかそれが「高町なのは」になってしまっただけ。
 今はみんなのおかげでなのはは変われてきてる。でもやっぱり本当のなのはは変わってないんだと思う。
 
(きっと変われてないから……)

 なのはは一人で目覚めない。

* * *

 闇から一転漂白される意識。
 目に映るアスファルトはさっき僕が転がって気を失った場所を示す。僅かな時間で意識を手繰り寄せたのかそれともなのはの記憶が僕をここに連れ戻したのか。
 結局そんなことはどうでもいい。ここに戻ってこれたなら僕にやるべきことは一つだけだから。

「なの……は」

 遥か遠くになのははいる。このまま立ち上がってもきっと僕はまたなのはの心に拒絶されるのだろう。
 どうすればなのはの下に辿り着けるのか僕は必死で頭を巡らす。
 力ずくは駄目だ。説得もきっと耳を貸さない。手をさし伸ばすなら誰だっていいんだ。ただなのはは純粋にその人たちのことを思っているから。

(はは……じゃあ結局無理なのか)

 心の中で自分を笑った。別に諦念したわけではない。思いついた光明が僕のあまり好きではないものだったから。

(……まぁ、いいか)

 頭の中を空っぽにして術式を組んだ。無残に倒れ伏した僕を光が包み込んでいく。
 こうなれば自棄っぱちだ。聞き分けの無いなのはにわからせるための唯一の方法を僕は自分へ向ける。
 笑われたっていい。いや、これでなのはが笑ってくれるなら僕は構わない。

 笑顔を届けること――きっとなのはに必要なのはそれだけだから。

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