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2007.12/25(Tue)

魔法少女リリカルなのはSTEP 第十六話 Cpart 


【More・・・】


「ん……もう朝?」

 真っ白だった意識に形が戻ってくる。もぞもぞと毛布の中で体を動かし、目を開ければベージュ色した部屋の天井が映る。

「起きなきゃ……んしょ」

 頭を何度か振って、体を包むふわふわを追い払って、わたしは背伸びをして今日一日の始まりを体に教えてあげる。
 
「あれ……今日は曇りなんだ」

 いつもわたしを起こすのを手伝ってくれるお日様は今日はお休みみたい。四角い空は灰色に淀んで悲しくなるくらいに分厚い雲で覆われていた。
 けど時間は待ってくれない。ベッドから降りて部屋を出て一階に下りて――。

「なんだか今日は静かだな……」

 顔を洗って寝癖を整えながらいつもの朝の騒がしさがないことに気づく。

「あっ……そっか今日は日曜日なんだ」 

 だからみんなお寝坊さんなんだね。それなら静かなのも納得。
 それなら今日はわたしがみんなを起こしてびっくりさせちゃおう。悪戯心が芽生えれば早速行動開始だ。
 部屋に戻って着替えて、わたしは部屋を出る。

「まずは……」

 出てすぐ目の前の部屋――じゃなくてわたしの隣の部屋。

「お姉ちゃん起きてるかなぁ」

 抜き足差し足でドアを開けて中の様子を探る。いつもはお父さんたちと朝の稽古に出ているけど日曜日はそれもお休み。だからお姉ちゃんは大好きな読書で夜更かししてるはずだ。

「あれ……?」

 でも部屋にお姉ちゃんの姿はなかった。ベッドの上の毛布は綺麗に畳まれていて最初から誰もいなかったような錯覚さえ覚えてしまう。
 もしかして道場に稽古に行ってしまったのだろうか。自主練習ならいないのも当然だ。

「じゃあお兄ちゃんは」

 また一階に下りる。廊下を通って縁側に出て、お兄ちゃんの部屋の前にやって来る。
 今日の曇り空なら障子戸にわたしの影が映ることもないだろう。憂鬱な天気もこれなら許してしまえる。
 またゆっくりと、物音立てないよう指先に細心の注意を払って戸を横へずらしていく。隙間から部屋の中を覗けばきっとお兄ちゃんが寝ている姿が見える――

「……いない」

 はずだったのに……。
 やっぱり部屋の中はもぬけの殻で布団だけが綺麗に敷かれてるだけだった。

「お父さんは――」
 
 さらに隣のお父さんの部屋。でもその部屋には布団すら敷かれてない。主のいなくなった部屋はすごく寂しげにわたしを待ち伏せていた。
 逃げるようにわたしは駆け出した。向かう先はもちろんお母さんの部屋だけど、わたしには部屋に何があるかはなぜだか知っていた。

「……なんで」

 お母さんも部屋にはいなかった。ベッドの上の布団はやっぱり敷かれてるだけで昨日の夜から誰も眠りに付いた様子すらなかった。
 肩を落としながら部屋を後にする。もしかしたらと思って覗いたキッチンにも誰もいない。代わりに朝ごはんだけがテーブルの上に丁度一人前だけ置いてあった。

「そっか……そうなんだよね」

 ――思い出した。
 
 今なのははこの家に一人だけなんだった。
 お父さんが事故にあって入院しててお姉ちゃんはお泊りで看病。お母さんとお兄ちゃんはお店のお手伝いでなのはが起きる前に出かけたはず。
 なんでこんなこと忘れてしまっていたんだろう。
 
 やっぱり寝ぼけてるのかな?

「ご飯食べなきゃ……」

 箸を取り、一人だけのいただきます。それだけじゃリビングをにぎやかには出来なくて、紛らわすようにテレビをつければ朝のニュースの時間。
 一体いつ作ったのかスクランブルエッグは冷たかった。トースターから飛び出すパンだけが温かくて、わたしはしばらくバターもジャムも塗らずにトーストを触っていた。
 静かな、静か過ぎる朝の風景。
 テレビだけが音を吐き出しているけどなんだか空回りしてる感じ。

「……おいしい」

 冷めたってお母さんの料理は大好きだ。最初からこうなることを考えて少しだけ濃い目の味付けになっている。
 なのはの自慢のお母さん。いつかお母さんみたいになのはも料理もお菓子も出来るといいな。

「ごちそうさま」

 いつもならみんなとお話してゆったりとした朝ご飯の時間も今日はあっという間に終わってしまった。
 
(……どうしようこれから)

 お母さんはお昼ご飯を作りに一度帰ってくるはずだけどそれまでは時計の針が何週もしないといけない。
 テレビなんて見ても全然楽しくない。いつもはみんなが代わる代わる遊び相手になってくれるけど今は家になのは一人だけ。
 一人で暇を潰す方法をなのはは知らない。
  
「……あっ、そうだ! アリサちゃんとすずかちゃんに電話して――……?」

 浮かせたお尻がまたソファーに沈んだ。
 今なのはの中を通り過ぎていった人は誰だったんだろう……。
 
 電話する相手なんか、友達なんかなのはにはいないのに。
 
 テレビと睨めっこ。ニュースが終わってワイドショーが始まった。全然興味ない。
 結局テレビを消した。一時間くらい粘ったと思うけど限界だった。

 キッチンに入って冷蔵庫を開ける。オレンジジュースだけはまだ沢山あった。
 コップに注いでまたソファーに座る。
 一口だけ飲んだ。全部は飲まない。少しずつ飲んでいけば時間だって少しずつ減ってくれるはずだから……。

「……誰かいないの?」

 ジュースがなくなると寂しさが増す。シーソーみたいに心が暗く冷たくなる気がした。 
 なのはの声に応えてくれる人はどこにもいない。誰か隠れていないのか見渡してもいるわけがない。

「……泣いちゃ駄目」

 目が熱くなるのを残ったジュースで必死に誤魔化す。
 それは我侭だから。我侭はみんなに迷惑をかけてしまうから。
 
 ――行かないで。、

 そう言った時のお母さん、お兄ちゃんやお姉ちゃんの困った顔は絶対見たくない。
 お父さんが大変で、みんな大変で。その中じゃなのはの我侭なんてちっぽけすぎるのだから。

 だから泣かない。
 代わりに帰ってきたみんなが元気になれるように笑顔になる。心配させないように、逆にみんなが頑張れるようになのはは笑顔にならなきゃいけない。

「なのはは……わたしは強いもん。お父さんの娘だもん!」
  
 両手でコップを握り締め、わたしは悲しみも寂しさも飲み干した。

* * *

「私の……私のせいだ!! 私のせいでなのはがぁ!!」
「フェイトのせいじゃない! あれは……仕方なかったんだよ」
「でも……でも!!」

 アルフに抱きつくフェイトは目も当てられないくらいに泣きじゃくっている。フェイトを抱きしめるアルフの目も赤い。

「リンディさん、なのはちゃんは大丈夫なんですか?」
「今のところはね……」
 
 顔を苦渋に歪めリンディさんはどうしようもない苛立ちをため息にして吐き出す。
 そんな様子にすずかも肩を落とし消沈する。
 
「くそっ! なのはがなんでこんな目にあわなきゃならないんだ!!」

 怒鳴り散らすクロノを止めるものは誰もいない。他人を気遣うほどブリッジにいる人間に余裕がなかった。現実に打ちのめされすぎて立ち上がる気力もない。
 そんな光景を見つめる僕もその一人。度合いだけなら一番じゃないかって思えるくらいに絶望を身にまとっている。

「意識が戻らないって……L・ジュエルに何されたっていうのよ!」
「推測だけでいいなら説明する」

 それは気を紛らわすための僕の我侭だ。話をしてれば余計なことを考えないで済むはずだから。

「フェイトを庇ってなのははアリシアの用意したL・ジュエルに取り付かれたことはみんなわかってるね」
「そうだよ……私の代わりになのはが……なのはがぁ……」
「アリシアの目的はフェイトとの完全な融合。肉体、精神共に一つにすることが多分目的だ」
「そんなことしても……生まれるのはアリシアでもフェイトでもない。本末転倒だ!」

 片手で頭を掻き毟るクロノにエイミィさんが寄り添う。だけどそれ以上どうしていいかわからないみたいで、結局傍にいることしか出来ない。
 エイミィさんにとってもこんな感情を表に出すクロノは初めてなんだろう。

「そしてなのはが代わりにL・ジュエルに取り込まれた」
「いいからもったいぶらないでさっさと教えなさい!」
「わかってる! 僕だって気持ちは同じだよっ!!」

 ブリッジに木霊する声にアリサはたじろぎ「ごめん」を最後に押し黙る。 
 高ぶった気持ちを落ち着かせて僕は続ける。 

「本来なら似たような精神を融合させるだけだったものが相手のいないものに取り付いてしまった……そう考えればなのはの精神……心はきっとL・ジュエルに取り込まれてる状態で留まってると思うんだ」

 意識が戻らないのはおそらくそのためだろう。L・ジュエルはなのは体内よりも深い所でなのはの心を内に閉じ込めているはずだ。
 あくまで勝手な憶測だけど。

「じゃあなのはちゃんを助ける方法は……」
「なのはの体に融け込んだL・ジュエルは普通の方法じゃ封印できない。L・ジュエルと同じ深度にまでこっちが行かない限り多分無理だ」
「同じ深度って……ユーノおまえまさか」

 思い当たる節があるのか顔色を変えるクロノに僕は迷うことなく頷く。こんな時でも考えが一致するのはなんだか癪に障るがそう言ってられないので伏せておく。
 なのはの中にあるL・ジュエルは本来のプロセスを完遂できないまま中途半端な状態で今も起動しているはず。それを止めるにはなのはの代わりに精神を融け込ませてL・ジュエルを封印するほかない。
 
「こういう風に精神をやられることは遺跡のトラップとかでも結構あるからね」

 昔の言葉で言うなら呪い。精神を幻惑する魔法によって昏倒するなんて遺跡発掘ではかなりポピュラーな罠の一つに数えられている。
 それに対処するための魔法は当然スクライア族なら一つは知って、習得している。

「精神融合……方法はこれしかない」
「おまえ馬鹿か! 下手すれば戻ってこれなくなるぞ! そしたらおまえは――」
「わかって言ってるんだ!!」

 この魔法が危険なのは十分承知している。
 自分の精神を分離させ他者へと移すこと自体が普通なら危険極まりない行為だ。失敗した場合、融合した相手共々戻ってこれなくなる。
 もちろん自分だけ精神を持っていかれてしまう可能性だってあるんだ。

「なら他にあるの? 方法はこれしかないだろ!」
「じゃ、じゃあ私がなのはを助けに行く!! ユーノ、その魔法私に教えて!」
「悪いけどフェイトには無理だよ。覚えてすぐに出来るものじゃない」
「なら僕が行く。僕だって精神融合くらいは心得てる。アースラの代表として僕が責任を取るさ」
「で、でもクロノ君がいなくなったら誰が執務官するのよ! そんな危険な方法じゃなくても他に安全な方法だってあるはずだよ!」

 エイミィさんの言い分には賛成だ。僕なんかと違ってアースラの期待を一手に受ける切り札がいなくなってしまえばアースラの指揮が激減すること請け合いだろう。
 なによりリンディさんやエイミィさん、みんなに囲まれ必要とされる人間に重荷は背負わせられない。

「だから僕が行くよ」
「いや僕にやらせろ!!」

 食い下がるクロノに睨みつけなんとしても引き下がらせる。これだけはこいつに譲れない。それだけの理由を僕は持っている。

「二人とも落ち着きなさい!! ……今日はもう遅いし解散よ」

 こんな時、やはり場を収めてくれるのは一番の年長者であるリンディさんだった。
 鬱積するような空気を押しつぶすような怒声には僕もクロノも逆らうつもりはない。言われたとおりに大人しく身を引いた。

「なのはさんの方は私から家族に話しておくわ。対策に関しては明日考えましょう。まだ事態は急を要することにまではなってないのだから」
「わかり……ました」

 リンディさんの判断に従うことが今の僕に出来ること。囚われの身となったなのはは意固地になっても帰ってこないのだから。

 だから従う。「今」の僕に出来ることを全力で。

* * *

 そして――夜。

 予めセットしておいた転移魔法で僕はアースラへ一気に転送した。時間帯はすでに翌日の日付に変わるころ。
 人の気配は全く無い。

「セキュリティに感知される前に……急がなきゃ」

 一応、誤魔化しに魔力を始め全てを遮断する結界を張りめぐらしてあるけど油断は出来ない。
 通常ならアースラの設備によって艦内での魔力行使は一切不可能だ。でも手負いとなったこの翼に僕の邪魔をする力は残されていない。
 セキュリティだって最小限の機能しか生きていない。もし賢い侵入者がいればL・ジュエルだって盗み出せるだろう。

(久しぶりだな……こんなことするのも)

 五感を張り巡らして誰も踏み入ったことの無い未知へと進むのは遺跡発掘に精を出していたころの僕そのものだ。
 気配を殺して、息も殺して仕掛けられた罠の存在を全身で感じ取る。
 蛍光のようにぼんやり光る通路の照明だけが夜のアースラに微かな陰影を与える。その中を僕は迷うことなく進んでいく。
 転移法陣を設置しておいたのが人目のつかない場所だったせいでなのはのいる医務室までは随分と回り道だ。焦りは禁物だけど僕の足は自然とその歩幅を広げていく。

「僕が全部……悪いんだ」

 懺悔を聞く相手は自分自身か。あの漆黒の結界の中にフェイトとアリシアを認めて、その異変に気づいてアリサとアルフが結界に穴を開ける。
 刹那の間隙になのはが飛び込み二人の間に割って入れば、アリシアのL・ジュエルの光を全身で受け止める格好となった。
 そうして光が収まると同時にL・ジュエルが溶けるようになのはの胸の奥へ消える。肩に乗っていた僕にはその光景が今も鮮明に思い出せる。

 意識を失い引力に海へと吸い込まれるなのはをすぐに元の姿で受け止めて、僕はすぐにそれが只事ではないことを悟った。
 蒼白になった顔に消え入りそうな息吹。全身の筋肉が脱力しただ僕に抱かれるまま。
 見上げればアリシアが狼狽しながら僕らを見つめていた。
 体は震え歯を鳴らし、焦点の合わない目で口をぱくぱくさせながら荒い呼吸を繰り返す。瞳からは涙を止めどなく流し続けて、自分の犯した過ちを心底後悔しているように僕には見えた。

(……彼女にとってもこの結末は予想外だったんだな)

 逃げるように転移する彼女を誰も追撃することなくなのはを襲った異変に困惑した。
 彼女に同情するつもりはない。ただ去り際に彼女は何かを叫ぶように口を動かしていたのが記憶に刻まれていた。

 ごめんなさい――言いたかった言葉を察するならそれだったのかもしれない。

「一番ショックを受けているのはフェイトたちなんだ。なのはを助けてみんなを笑顔にしてあげなきゃ……」

 今もフェイトは泣いている。アルフが付きっ切りで慰めているけど涙に夜明けは訪れないだろう。
 なのはが戻らない限り彼女は責め苦の連鎖に心を壊していく。
 アリサやすずかだって気持ちは同じ。親友の力に、欠片にもなれない無力感に心を蝕まれるのはもう十分してきたんだ。

「僕が全部元に戻すんだ」

 それだけの資格が僕にはある。僕だけがなのはを助けられるんだ。

「――管理局艦船への不法侵入は遺跡泥棒よりずっと罪が重いぞ」
 
 怒気を孕んだ声に視線を向ければ予想していた人間が壁に寄りかかっているのを見つける。
 近づき仄かな明かりに形を作っていく。僕はその人間には目もくれず、むしろ存在そのものを無視して通り過ぎる。

「待てよ……執務官の言うことを聞けないのか」
「僕は民間協力者だ。そんなのに従う決まりは無い」
「だったら一人の人間として言わせろ。早まるな……なんでそこまでするんだ」
「君ならしないのか?」 

 今は顔すら見たくない。
 背中に刺さるクロノの言葉を僕は勤めて冷静に受け流す。

「卑怯だな……」 
「僕がやれば危険が一番リスクが低い。それはクロノも承知の上だろ?」
「ああ……だが民間協力者のお前にそこまでは任せられない」
「どうして」
「決まってるだろ……彼女を危険に晒したのは管理局に巻き込んだ僕が原因だからだ」

 段々と苛立ち、怒気を孕んでいく声に僕は心の中で自嘲じみた笑みを浮かべていた。

「だったら一番の罪人は僕だね」

 そう、彼女に始まりを与えたのは他でもない僕なのだ。
 僕が魔法をなのはに授けなければこんな非日常で、あんな目に会うこともなかったのだから。

「僕がなのはを助ける。どんなことしてでも連れて帰る」
「おまえは……どうするんだ」

 クロノも勘が鋭いな。
 どうやら僕の決意に気づいたみたいだ。知ったところでどうにもならない我侭な決意だけど。

「もちろん帰ってくるよ。でも相手が相手だからね」

 遺跡の罠と違ってなのはが囚われている場所は精神の中でも最も深い場所にあるだろう。
 そうなればそこまで精神を飛ばすことだって難しい。帰ってくることなんて想定できないのが本音だ。
 
「でもL・ジュエルを封印すればなのはは帰ってくる」

 元凶を失くせば自身の精神だけは水泡のように目覚めの場所まで浮かんでいくだろう。人の心はとても力強いのだ。
 無理やり潜っている僕は自力で精神を引っ張り上げなきゃいけないけど……果たしてL・ジュエルを封印して余力が残っていると言われれば――

「僕がいなくなって君は清々するだろ?」

 ――……つまりはそういうことだ。

 僕は最初からなのはだけを助けるためになのはに心を重ねるのだ。
 片道切符の心の旅。

「ユーノ……おまえ最初から」
「大丈夫。僕がいなくなっても悲しむ人はいない。いても少ないから」

 皮肉たっぷりに笑って見せて僕は踵を返した。
 僕にはなのはのように温かな家族はいないし、親友と呼べるような親しい人もいない。
 家族で、兄弟で、仲間だったスクライア族の人たちだって、もう手の届かない場所にいるかもしれないのだ。
 それなら自分を全て賭けても止める人はいない。

 いないと思える。

「馬鹿野郎!! なに格好つけてるんだよ! おまえがいなくなるなんて誰が――っ!?」

 鎖の軋む音。どうやら保険に引っかかってくれたらしい。

「ディレイバインド……僕が通ったところに仕掛けておいた。止めたいならそれを全部解除しないとね」 
「……くっそぉ!! 忘れてたよ、お前が結構したたかなやつだってこと!!」
「褒め言葉として受け取っておく」
「ならこれからも褒めてやる! だから馬鹿はよせ! ユーノっ!!」

 懇願にも似た叫びに足を止める。
 別に決意が揺らいだわけではなく、これ以上後ろで喚かれるのも五月蝿いと思っただけ。

「僕だって……なにも最初から帰ってこないつもりじゃないよ」

 ただ帰ってこれる保障が今度だけは限りなく低いだけだから。言っておきたいことは全部言っておこうと思ったのだ。

(これ……カッコつけるって言うのかな)

 もういろいろ考えないように僕は固く冷たい通路を蹴った。
 時間を無駄には出来ない。L・ジュエルに心を囚われて何が起こっているのか知りうる人間はいないのだ。手を打つなら一刻の猶予も本来ない。
 
(そうさ、家族がいるやつは格好つけなくていいんだよ)

 一人だから出来る。みんなに笑顔を届けることが出来る。

 自分を犠牲にするだけのすごく簡単なことで。

* * *

 この世界に来て僕はいろいろな文献を読み漁った。
 古文書や学術書、なのはの教科書に漫画。その中には童話も何冊か含まれていた。

「眠れる森の美女……白雪姫……」

 お姫様が決して覚めることの無い眠りにつき、それを王子が助けに来る。
 そんなありがちなお話はミッドにも不思議とあった。万国共通というわけではないかもしれないけど、人間というのは窮地に陥ったとき誰かに助けに来てもらいたい願望があるのだろうか。

「関係ないよね……今はそんなこと。だろ、なのは」

 だったら目の前の女の子はどうなんだろうか。
 可能な限り自分で出来ることはしてしまうし、出来なくても迷わずぶつかってどうにかしてしてしまうことだってある。
 もしかしたら今だって心の中ではL・ジュエルを封印しようと頑張っている最中なのかもしれない。そうだとしたら手を出すのは余計な邪魔とも思えてくる。

「でもこれはそんな簡単なものじゃない」

 ベッドの上で静かに寝息を立てるなのはは見ている限りじゃ寝てるだけにしか見えないだろう。
 寝返り一つせず、死んだように眠る姿はまさに童話の中のお姫様そのものだ。

「僕は王子になれないけど……君を助けることは出来る」

 今のなのはは一人だ。一年前なら一人で抱え込んでいても、今はみんなと気持ちを分け合う強さを持っている。
 誰かに頼るって実は結構難しいことなんだ。相手の気持ちを考えすぎたり、時にはプライドとか余計な強がりが邪魔することだってある。
 でも傍にいる人は頼ってこないその人をきっと心配している。
 何にも出来ない自分に腹を立てたりして、その人と喧嘩してしまうことだって時にはあるんだ。

「君の背中を守るって約束したんだ……だから!」

 背中が温かい――なのはが言ってくれた言葉は心の中に刻み込まれている。
 その言葉を守りたいから僕は死出の旅だって躊躇わず行くことが出来る。そんなもの跳ね返してしまう勇気が僕の心には芽生えている。

「迎えにいくよ……なのは」

 両手を組み印を結ぶ。
 自分が最も集中できる姿勢で詠唱するは心を重ねる魔法。もしかしたら僕の最後の魔法になるかもしれない魔法だ。

「我、汝がために身と心を削らん……されば我が心、福音となって汝に祝福をもたらさん……」
 
 もう始めてしまえば僕の勝ちだ。この状態で邪魔が入れば僕の精神は確実に壊れる。傍観するほか術はない。
 すぐに意識は融けていく。心が形を無くして、体から流れ出していくような感覚に僕は思わず声を漏らした。
 魂が抜け出ているのか足先からどんどん感触が無くなって体温が奪われるような錯覚が脳に伝わる。

「……必ず……君を……守る」

 僕の世界にヒビが入り、砕け、融けては消えていく。その全てはなのはに注がれ僕の心はそこでもう一度僕の形へと戻っていくのだ。
 最後の心が欠片となって剥がれ落ちる。眠るように意識が闇に沈むのを最後に僕の全ては無へと帰る。
 次に目覚めた時、そこはきっとなのはの心の世界へたどり着いているだろう。沈むだけなら割と簡単なのだから。
 闇に抱かれ飲まれていく。けれど心に秘めた輝きだけは決して闇に塗りつぶされはしない。

 守るという決意。それだけが僕の道しるべ。

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