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2007.12/25(Tue)

魔法少女リリカルなのはSTEP 第十六話 Bpart 


【More・・・】


 文明の利器を最大稼動させ、襲来する熱波を迎撃するのは我らがアースラ現地駐屯地にとってもここ数日は当たり前のことになっている。
 魔法が発達してもそれを活用できないのは不便だと感じる一方で、この世界なりの猛暑対策に風情を感じるのもまた一興で。

「エイミィ、データの分析は順調か?」

 リビングで簡易モニターを通し諸々のデータをまとめている管制官に一声かけてみる。

「取りあえず戦闘関連のデータはまとまったかな」

 応えるエイミィの手元は仮想コンソールを叩くことで忙しそうだ。中身が半部なくなったコップに、口を開けられたスナック菓子の袋。その隣にはプリンでも入っていたのかプラスチックの容器が転がっている。
 テーブルの上にいろいろなものを散乱させるのはお世辞にも褒められたものではない。だらしなさに思わず眉をひそめた。

「仕事するならアースラでしたほうがいいんじゃないか……」
「しょうがないでしょ。蒸し風呂の中で仕事なんてしたらまとまるものもまとまらないんだから」
「確かにアースラは……そうだったな」

 この世界が夏に近づくにつれアースラの環境は悪化の一途を辿っていた。元々プレシアにより動力炉をやられているせいでアースラ自体のシステムは全体の二割程度しか稼動していない。
 水圧など環境変化に対応するためのシールドや、隠匿のための認識阻害の結界の維持など、必要最低限のシステムに回すだけのエネルギーで実際のところ今のアースラには手一杯だ。
 結果、空調設備など優先度としては下から数えたほうが早いものに余力をつぎ込むキャパはない。

「海の中にいても実際密室だからねアースラは」
「魔法ばかりに頼りすぎていたツケが回ってきたってことか」

 アースラは周知の通り次元航行艦である。常識のない世界を旅する船体に息を吹き込むのは魔力の他にない。
 おかげで艦に設けられたほとんどの設備は魔力によって、魔法によって稼動している訳だ。空調だって魔法によって寒暖の調節をしているのは言うまでもない。
 機械と魔法では圧倒的に魔法のほうが利便性に優れている。故にミッドに存在していた次元艦は動力炉から供給される魔力が命の源と言っても差し支えないのだ。

「冷却の原理は同じでも機械に頼ればあんなにスペースを取るんだからしょうがないといえばそれまでなんだがな……」

 ここからでは見えないが庭の隅には今も慌しく熱を吐き出す室外機が置いてあるのだ。魔法だけならおそらく壁にかけてあるあの白い箱だけで収まる。
 
「大目に見てよね。一応この世界だと土曜日は休日なんだから」
「ああ、わかってるさ。……けど」

 腕を組みつつ彼女を見やる。
 椅子の上で胡坐をかいて仕事に汗を流すその姿は、僕にとっては正直テーブルの惨状よりも褒められたものじゃなかった。

「その格好は何とかならないのか……」

 ショートパンツに半袖という出で立ちは、なんというか下品に通じるものがあるように僕には思えてしまう。

「あっついの! いいじゃないみんな外に出払ってるんだから!」

 抗議の声を張り上げてエイミィは頬を膨らませた。
 それでも露になっている太股から足先に、程よく隆起し胸の形を浮き立たせる薄い生地は目のやり場に困る。言わば目の毒だ。
 そりゃもういろんな意味で毒だ。

「まったく……無防備になるのは僕の前でも止めてくれ」
「別にいいでしょ? クロノ君の前ぐらいリラックスさせてよね」
「限度がある。せめて服ぐらいはしっかりしてくれ」

 すっかりこちらの生活に馴染んでしまっているエイミィの姿勢はこの場合は見習うべきなのだろうかと割と前向きな意見を自分の中で出してみても、やはりその格好は駄目だ。
 エイミィは納得いかなそうに自分の身なりを見直している。それで着替えてくれるなら助かるものだがエイミィの性格からすればそうも行かないだろう。
 しばらく服と睨み合いエイミィが顔を上げた。訝しげにこちらを見つめ呟く。

「……スケベ執務官」
「ご、誤解だ! 君がいけないんだぞ!」
 
 見透かしたような問題発言を慌てて否定する。冷静を装うつもりが図星となったせいだろうか、耳に届いた僕の声はこの上なく上ずっていたりするのだが。
 
「はいはい、思春期の少年にはちょっとばかり刺激が強すぎるもんね!」
「べ、別に刺激とかそういうことじゃなくて規律の乱れは服の乱れから始まるからであってだな……」
「しどろもどろじゃ説得力ないけどー」

 にんまりしながら痛いところばかり突いてくるエイミィにいつものように成す術はなかった。
 どうにも……彼女にだけは頭が上がらないというのは仕事の上下関係としては改善せねばならない命題だろう。
 無論……私生活でも。

「そ、それよりもデータのほうはまとまったのか?」
「クロノ君が慌てふためいている間にね」

 ウィンクしながらコンソールをたためばまとめられたデータの一覧がモニターに並んでいく。
 
「クロノ君が言ってた四人のポジショニングもちゃんとシミュレーションもしてあるし」
 
 エイミィの指がテンポよくモニターの上を跳ね、画面が切り替わりなのはたち四人の戦闘データを映し出す。
 ご丁寧にそれぞれの映像つきで、彼女なりに綺麗にまとめられている感じだ。

「うん……やはり四人の個性を最大限に生かすにはこれが妥当になるか」

 僕の主観だけで今後の戦局を左右するかもしれない戦闘プランを通すわけには行かなかった。どんな物事も客観的な見方をすることで確実な形にするのは当然のこと。
 モニターに映し出された答えは僕が望んでいたそのものの結果としてもだ。
 
「うーん、仲良し四人組なだけはあるね。まさにリリカル・ストライカーズ……かな?」
「ああ、立派なストライカーズだよ」  

 運命であるかのように集った四人の魔導師たち。今でも十分なほど連携能力の高さを窺わせるもののこれからを考えれば更なる高みを目指すのは人として当然だ。
 彼女たちを枠に当てはめて逆に自由を奪ってしまう懸念もあるが、それが気にならないほどに四人の役割は完全に分担されている。

「まずは最前衛フロントアタッカーはアリサで決まりだな」
「魔法効果を根こそぎ破壊する攻撃能力ってのは持って来いだもんね」

 欠点としてまともな防御魔法を持っていないことが上げられるが、それを差し引いても彼女の資質にはおつりが出せる。

「ガードウイング……前衛から中衛をカバーするポジション。攻撃、サポートに一番動く必要が出る」 
「これは我らがフェイトちゃんってところか」
「ああ、一番戦闘のイロハを心得ているしあの機動力を十二分に生かすことが可能だ」

 先の戦闘でも攻撃やサポートに適時切り替えながら縦横無尽に戦えていることからももう心配はない。

「サポート中心の後衛はフルバックだっけ?」
「戦術の教本にはそう書いてあったはずだ。これは全会一致ですずかになるな」

 仲間の援護を生業とするには臨機応変に対応できるよう調整された魔法を数多く持つものが適任となる。
 豊富な付加効果を持った障壁や結界魔法に強力な捕縛魔法を揃えているすずかのために用意された場所であるのは間違いないだろう。攻撃能力が皆無でも問題がない。

「そしてセンターガードは」
「なのはちゃんで決まりだね」

 ここ最近の彼女の射撃についてのデータに目を通す。
 最後衛から射撃により最前線の敵を確実に撃ちぬく技術と、戦況を見極める目を必要とする戦いの土台。正確無比な砲撃、射撃で戦いを制する役目はなのはのような魔導師のためにある。
 超長距離の狙撃に援護に優れた誘導弾、加えて広範囲を一気に殲滅する収束砲撃。

「ただなのはに戦況を見極める力量があるといえば微妙だが……」

 そういうことに関してはまったくの素人なのだ。参謀としてあのフェレットを肩に乗せておくのがいいかもしれない。 

「まぁそこは私たちの頑張り所でしょ」
「そうだな。管制官のおかげで指揮能力の不足も補えるな」
「持ちつ持たれつだね」

 裏方には裏方の戦場がある。日の目の当たらないところまで考える余地のある采配が出来るようにしてくれた偶然には感謝しなければならないだろう。

「万が一、四人が分断されてもクロスシフトで乗り切れるしね」
「彼女たちは戦況に応じて自分の形を最適化するからな。えらい順応能力だよ」

 クロスシフト――自分のポジションを即座に変更しその時々に最適な戦法を選択する戦闘技法の一つだ。大抵はコンビによる戦術として生かされている。

「これなら完璧……というのは執務官からすれば禁句?」 
「僕だってたまには自身に過剰になりたいさ。文句無しの最高の部隊だよ」
「あらあら、息子のお墨付きを受けるなんて何の話をしているのかしら?」

 何度か結果に頷いているとリビングに母さんが入ってきた。いつもの提督服ではなくスカートと淡い色合いのブラウスに身を包んだ珍しい姿を晒しながらテーブルの上に何かが入った袋を置いた。
 
「どこ行ってたんだ?」
「翠屋よ。丁度コーヒーも切れたし世間話のついでにね」
「そうか……」
「あら提督が迂闊に外に出ないでくれとか今日は言わないのね」
「僕だって学習するさ」

 コーヒー、紅茶にケーキなど無くなるたびにちょくちょく外に出ていることぐらいアースラのクルーはみんな知っていることだ。言っても聞かないし、現状では何の問題もないし、好きなようにさせようというのが最近僕が心に決めたことだ。

「ふーん……なのはさんたちのポジショニングについて考えていたのね」
「丁度いい具合に煮詰まったとこなんですよ」
「それで我が息子もお墨付きなのね」 
「そういうことだよ。今後はこれを中心にして彼女たちに頑張ってもらうつもりなんだ」
「フロントアタッカー……センターガード……懐かしいわね。こんなの管理局に入ったらほとんど使わないもの」

 懐かしさに目を細めるのも無理はないと思う。このポジショニングは士官学校などで主に訓練に扱われる編成方法だ。
 実際の現場などではこんな自分の役割だけ従事することはまずない。少数ならともかく管理局の部隊は大抵が集団編成による行動に主立っているからだ。
 
「インテリジェントデバイスを四本も揃えられるからこその豪華編成ってところかしら」

 ざっとデータを眺めて感心したように母さんが呟いた。

「管理局にとってはストレージが主流だし、ここまで極端な魔導師なんてスタンドアローンが常だからな。ほんとに贅沢三昧だよ」 

 どうにもストレージに頼ると魔法の取捨選択からすべて自分頼みになる。魔法の展開速度で勝っていても判断に迷っては本末転倒にもなるだろう。
 S2Uもストレージだが僕は今のところはこいつの性能をほぼ引き出していると自負できる。が、武装局員のほとんどはおそらく振り回されているのが普通なはずだ。
 インテリジェントデバイスもピーキーだが、実のところストレージのほうがよっぽどピーキーデバイスなんじゃないかと感じている人間は実は沢山いる。 

「なのはさんたちを見ているとインテリジェントタイプの方が管理局ものびのび出来そうに思えてくるのは不思議なものよね」
「ストレージデバイスで可能性の目を摘み取って地ならしする……極端な言い方をすればそうなる」
「毒舌だねクロノ君」
「よせよ」

 軽く手をひらひらさせてエイミィの言葉を遠慮する。
 確かになのはたちのようなズバ抜けた資質を持つものは珍しい。けどミッドチルダの人間だって少なからず一つの方向に秀でた可能性の種を秘めているのは間違いないのだ。
 それを引き出すにはストレージなんかより意志を持ち主と共に成長するインテリジェントデバイスこそ相応しい。

 支給品であるが故に製造や整備のコストを重視するのは企業でなくとも考えるのは同じこと。
 だがそれで将来帰ってくるはずのマージンが減ってしまえば元も子もない。事実、管理局において高ランクに位置する魔導師の半分はインテリジェントデバイスを相棒としているデータだってあるのだ。

「けどクロノ、それで局員全員のデバイスをインテリジェントにしたらそれはそれで問題よ」
「てんでバラバラな能力が揃うと今度は統率するのが厄介になりますもんね」

 エイミィの言うことは尤もだ。魔導師全てが特化資質を生かしてしまえば部隊として戦力の偏りは絶対的に生じてしまう。
 集団行動に必要なのは規律と、それに沿った乱れのない流れ。流れに棹差すことを重要視しないでどうするか。 

「どうにも……難しいことだよ」
「だったらさクロノ君。作ればいいんじゃない?」
「作る?」
「それ専門の魔導師小隊を。特化魔導師小隊を!」
 
 目を輝かせながら進言するエイミィになるほどと母さんが頷いた。 

「そんなのどうやって作るんだ」 

 僕の第一声は否定に近いものだ。子供みたいに目先のことだけで首を縦に触れない性分だけに。
 確かに話にすれば簡単なことだ。けど組織の中に新たな部署を設けることほど面倒なことはない。
 特化魔導師を選抜するならそれ相応の教育機関の設立は必須だろうし、当然そこに集う人間の手にはインテリジェントデバイスが与えられなければならない。
 そうなれば整備担当のデバイスマスターもインテリジェントに専門知識のある人間が不可欠だろうし、そもそもそのような魔導師一人一人を教育するなど講師が何人必要になるか。

「管理局としては却下されるだけだろ? 大部隊にも出来ない小隊に何の価値がある」
「まぁそこは活動目的に合わせて編成するってのはどう? それに小隊だけでも戦況を変えられるじゃない。なのはちゃんたちみたいに」
「君はその小隊を派遣社員にでもするつもりか?」
「でも有効に運用するならそれが一番だと思う」

 道理には適ってると思う。大規模任務において突入任務など過酷な状況を強いる場所にその小隊を置き、その他を一般の武装隊により制圧、援護を行う。

「クロノは難しく考えすぎなのよ。まだまだ子供なんだから少しは夢見ないと体に悪いわよ」
「母さん、もう僕は――」
「諦めの良い子には育てた覚えはないけどね」

 反論しようとした口が母さんの言葉に塞き止められる。
  
「もしも考えが少しでもあるなら今はそれ閉まっておきなさい。捨てないで、いつかまた思い出したときにもう一度考えてみる」

 表情を和らげながら母さんが微笑む。
 親子故か、僕の心の動きを読まれた上での発言みたいでなんだかもう返す言葉はなかった。 
 そりゃ僕だって今の管理局には不満がある。変えられるなら変えてやりたいのは悔しいが本音だ。

「それでいいんじゃない?」
「……ああ、そうしとく」

 ここは素直に母さんの言葉を受け取っておこうと思った。何も人生が明日終わるわけでもない。
 これからもずっと続いていくのならこの夢も形に出来るかもしれないのだから。

「なんだかほんと僕はアースラの女性には敵わないんだな」
「女は強しって言葉があるんだから当然よ」
「まぁ、クロノ君の場合は弄られるほうが多いけどね」

 言われて苦笑した。ほんとにいいように遊ばれることが昔からざらな僕では母さんにもエイミィにも、きっとフェイトにも勝てないんだろう。

「じゃあ二人とも仕事は片付けてお茶にでもしない? 翠屋でケーキも買ったから」
「あっじゃあ、紅茶入れますね」
「お願いね、エイミィ」
「なら僕も休憩とするか」

 ワーカーホリックにはなりたくない。またフェイトにでも突っ込まれたらそれこそ威厳も何もなくなるのだから。
 
「ならさっさとテーブル片付けるか」

 コップやらスナック菓子の空き袋やら邪魔者には退散して頂く時だ。
 そしてゴミを拾おうとテーブルに伸ばしたその矢先に、

『エイミィ! 聞こえる!』
「フェイト!?」

 モニター一杯にフェイトの顔が映し出された。
 肩で息をしながら顔は焦燥感で満たされている。それだけで何か事件が起きたことは明白な事実だ。 

「一体どうしたフェイト?」
『あっ、クロノ? それが』
『散歩してたらいきなり海のほうにどでかい魔力反応が出てきたんだよ! そっちの方でもわかるだろ!』

 アルフが画面に割り込み大声で捲くし立てる。
 試しにセンサーに何か引っかかっているか調べてみるも反応は何もない。

「いや、こっちの方じゃ観測できてないが」
『じゃあきっとジュエルシードだ! 私すぐに向かいます!』
「待てフェイト! 単独行動はよせ!」
『でも呼んでる気がするんだ……だからごめんなさい!!』

 それきり通信は途絶える。向こうのただならぬ様子に嫌な胸騒ぎを覚えた。
 喉かな時間が一転して緊迫した雰囲気に飲み込まれていく。一体何が起こっているのかこちらではわからないまま僕は必死にフェイトに呼びかけた。

「クロノ! 今はまずなのはさんたちを!」

 言われすぐになのはたちへ連絡を取った。すぐに通信は繋がりなのはたちが海上に出来たと思われる魔力反応へ急行する。

「何なんだよいきなり……。それに呼んでるって……まさかアリシアか?」

 だとしたらついにこの世界への本格的な介入が始まったのか。いや、それ以上にアリシアがいるならフェイトの身にどんな危険が及ぶか想像ができない。
 
(くそ……なんでいつもいつもこんな時に限って)

 災いはいつだって平穏を食い破ってその姿を現す。こちらの事情なんてお構い無しだ。

「僕も現場に行く……母さん、エイミィ後を頼む」

 返事待たず僕はバリアジャケットに換装しリビングから庭へ飛び出す。
 一刻の猶予もない。早く、早く行かなければ大変なことになる。なぜだか僕の中で何かがそれを確信している。
 ユーノの封時結界が張られるのを待っている暇はない。認識阻害を詠唱し、僕は大空へと羽ばたく。
 小さくなる町並みに視線を上げれば、遥か遠方の海に漆黒の半球が顔を出しているのをすぐに捉えた。
 揺らぎ蠢くそれは闇を孕んだ卵のように異質な魔力を放っている。そこが地獄に通じる入り口でも躊躇はない。

(無事でいてくれよ……フェイト!)
 
 僕に出来ることは心に渦巻く不安が杞憂であることを祈るだけだった。

* * *

 全てはアルフと散歩に海浜公園を訪れたときに起こったことだ。

「くっ……バルディッシュ大丈夫?」
『Yes,Sir』
 
 思い出を辿るようにあの日なのはと友達になった場所から海を眺めていた私たち。照りつける太陽と心地よい潮風に夏という季節を全身で感じながら、ただ流れる時間に身を任せようと目を閉じようとした瞬間に目の前が闇に覆いつくされた。

「アルフは……いない? アルフどこっ!?」
『――イト!! ――ェイト!!』

 微かに聞こえた声に振り向けば、闇が蠢く壁越しにアルフの影が私を呼んでいるのが見えた。
 どうやら私だけがこの空間に入ることの出来ることを許されているみたいだ。

「念話も駄目か……アルフ! そこで待ってて!」
『――っ!? ――っ!』

 私の声ははっきり聞こえるみたいだけど、もうアルフからこちらに声が届くことはないみたいだ。
 突如として海に生れ落ちた黒い半球。生物か無機物か、むしろそれを超越したような存在感に背筋が凍った。
 けど私にはその圧倒的な威圧感の中によく知った感覚があることを鋭敏に察知していた。
 それはミッドが消えた中で私たちを守り続けていたジュエルシードから伝わってきたあの子の想いとよく似た波長だ。
 あの中に彼女がいることをすぐに悟る。本来ならこの異変に対してみんなが到着するのを待つのが得策だったんだろうけど、その時の私にはじっとしていることなんて出来なかった。

「いるんだよね……アリシア」

 ――その名を呼ぶ。

「……来たんだね、フェイト」

 一人でなんてどんな罠があるのかもわからないのに今更ながら自分の行動を反省する。
 でも私にはやらなきゃいけないことがあった。
 
「やっぱりアリシアか……」

 あの子に会って言わなきゃいけないことがあったから。すごく大事で、絶対伝えなきゃならない私の想いをだ。

「久しぶりだね……あの日以来だ」
「そうだね……」

 起伏のない声が闇に響く。
 やっぱり怒ってるんだろうな……無理もないけど。
 
「ありがとうアリシア。あなたの願いがなかったら今ごろ私消えてたかもしれないから」

 最初に言うべき言葉は私たちの命を救ってくれた優しさへの感謝だ。
 
「それなのに私……あなたのことを信じてあげられなかった。……ごめんなさい」

 そして彼女の言葉を信じず憎しみのままに彼女を消そうとしたことへの謝罪。

「いいよ……そんなの気にしないから」
「……いいの?」 
「うん、私だって最初はあなたのことを憎んでいたから……でも今は違う」

 いつの間にか私の前にアリシアが降り立っていた。私と同じ色の髪は風もないのにふわふわと上下になびいている。
 ただ漂う闇が霧みたいにアリシアの姿を不鮮明にしてしまうのが私にとってはすごく煩わしい。

「ねぇフェイト……ミッドチルダって消えたって思ってる?」
「えっ……それは」

 言葉に詰まった。私はこの目でミッドが消える様を見てしまっているのだ。普通ならすぐに消えたって言えたと思う。
 でもまだ消えてないって信じてる人が沢山いる。だからここで「はい」と言ってしまうのはその人たちの想いを踏みにじるように思えて私はそれ以上口を開けなかった。

「そんな顔しなくてもまだミッドチルダは消えてないよ」

 はっとし顔を上げた。相変わらずよく見えないアリシアだけど言葉だけははっきりと私の耳へと吸い込まれていた。

「それ……ほんとなの? ほんとに消えてないの?」
「うん、ほんとに消えてしまうのはまだまだ先だよ」

 それが真実だというの証拠はない。もしかしたらアリシアが嘘をついているのじゃないかって疑念が頭に浮かび上がる。
 でも何故だか知らないけど私の心がはっきりと本当だと教えてくれた。こんな闇を散らしてしまうように希望が私の心を包んでいく。
 
「フェイトは今の母さんの考えてる望みって何だと思う?」
 
 二つ目の問い。私は答えられなかった。
 母さんの最初の望みはアルハザードへ行ってアリシアを蘇らせること。それなら目の前にいるのは本物のアリシアであって母さんの望みは叶ってしまってることになる。

「そうだよ。私はここにいるのに母さんはまだ世界一つを犠牲にして望みを叶えようとしてるんだ。それってどういうことだと思う?」
「まだ叶えたい願いがあるから……」

 恐る恐る口にした答えにアリシアは首を横に振っていた。微かに見えた口元は硬く閉じられていて感情を認めることは出来ない。

「違うよ……叶えてないから世界を消したんだ」
「でもアリシアは」
「私は私だけど母さんにはまだ足りないんだよ。私がアリシアでも足りないものが多すぎるからまだアリシアじゃないんだよ」

 いつものように綺麗なソプラノじゃない低く抑えられた声に、私は始めてアリシアがいつものと違う雰囲気を帯びていることに気づいてしまった。
 なぜ今まで気づけなかったのか。それはアリシアに罪悪感を感じていたせいなのか、私たちを包む闇がそうさせていたのかはわからない。

「だからまた私の記憶を……」
「きっと記憶だけじゃ駄目だと思う。母さんが私からフェイトに上げたものはきっと記憶以外にあるように思うんだ」
「それって……なに?」
「わからないから今日フェイトに会いに来たの。会って、早く全部返してもらわないと本当にミッドが消えてしまうから」

 希望は絶対に消させない。
 そんな意志が汲み取れるように私を捉えていたアリシアの瞳が怪しく光った。

「だから私ね……決めたんだ。フェイトと一つに融け合おうって」
「――えっ?」

 唐突すぎるアリシアの言葉が私から一瞬考えることを忘れれさせた。

「何もかも融けてしまえばもう関係ないもん。きっと新しい私に母さんはミッドを返してくれる」
「アリシア……何を……?」
「大丈夫……フェイトは消えないよ。融け合うだけだから私もフェイトも消えないで新しい自分になるんだよ」

 ――だからね……融け合おう。

 最後の言葉は耳じゃなく心に直接響いていた。
 アリシアが右手をかざし、開けば手のひらには見知った蒼い煌き。L・ジュエルを彼女は発動させようとしていた。
 いつか私も考えたジュエルシードを使って記憶を届けられないかと考えたことがある。アリシアがしようとしていることはそれよりもっと大胆で、滅茶苦茶なことだ。

「これで……世界は戻ってくるはずだよ。だから……ごめんねフェイト」

 これは悪魔の取引だ。自分という存在と引き換えに世界一つを取り戻す甘い誘いだ。
 私は私だ。新しい自分を始めたのに今更それを無駄になんてさせたくない。
 
(無駄に……したくないのに)

 心は拒絶しているのに体はアリシアを受け入れようとしていた。L・ジュエルの輝きに魅入られてしまったように指先一本動かせなかった。
 それは結局私の心がアリシアの行為を許してしまっていることを示していた。だってミッドを消してしまった責任はやっぱり私にもあるから。
 母さんを止められない私だったから、その断罪のために。

 私は融け合うことを決めてしまっていた。

『――めっ! ――ちゃん!!』

 誰かの声が聞こえる。けどそれだけで私の心は戻ってこない。それぐらい遠くにもう心は誘われてしまっている。
 アリシアは泣いていた。ようやくいつもの感情豊かなアリシアを見つけることが出来た。
 そのアリシアももうすぐ私の一部になる。私がアリシアの一部になる。融け合って新しい私になる。

(もしかしたら最初からこうすればよかったの……かな?)

 来るべき時に備えて目を閉じる。蒼い光は瞼越しにでも網膜を焼かんと貫いて私は顔を歪めた。
 その苦痛もすぐに無くなるはずだ。新しい私が生まれるまでの少しの辛抱なら私は喜んで我慢する。
 どんどん強くなる光の中で私の脳裏に浮かぶ思い出の景色。それがまるで溶けるように混ざり合い曖昧になっていく。

(そういえばなのはは……)

 私にとって、フェイトにとって一番大事な記憶はどこへ行ってしまうのだろうか……。
 静かに透き通った水面に僅かに生まれた淀み。記憶の行方に私は瞼を少しだけ開けた。

(なの……は?)

 真っ白な背中が私を庇うように立ち塞がっていたのが見えた。蒼い光はその前にどんどん小さくなってやがて消えていく。
 何が起こったのか、何故私は消えないのか。頭の中をぐるぐる回る疑問と共に私の意識も一緒に回ってやがて闇へと落ちていった。
 私の記憶はそこで完全に途切れた。

 誰とも融け合わずただ一人闇と融け合いながら……。
 
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