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2007.11/25(Sun)

インジュー・ジョーンズ 第八話 


【More・・・】


『「あはははは! ユーノくん逃げちゃ駄目だよ!!」』

 炸裂する光球はとどまることを知らず。
 吹き荒れる砂塵と瓦礫の嵐の中をユーノは無我夢中で逃げ続ける。

『「もっとわたしの気持ち教えてあげるんだからぁ!!」』

 左手かざせば膨大な魔力を秘めた砲撃が斜線上にある全てを抹消していく。その魔力量やスターライトブレイカーに匹敵しているのはあんまりな事実だ。
 光の蹂躙が過ぎ去った後には削り取られた地表が残るのみ。大地に鋭く刻まれた溝を見れば誰もが恐怖のどん底に叩き落とされてしまう。
 
「くそっ、正気に戻ってよ! なのは!!」
『「わたしは最初からわたしだって言ってるでしょ! 晴天の書!!」』

 なのはの側に浮いていた蒼き魔導書が起動音と共に開きページを解き放っていく。
 一枚一枚が意志を持つようにページは風に乗り、逃げるユーノの先へ立ち塞がると寄り集まり光と共に強大な城壁へ姿を変える。 
 目の前を突如として覆いつくす巨大な影に足を止めざるを得ないユーノ。止まることが何を意味するか嫌でも知っているユーノは即座に横へ跳躍する。

「ぐっ!? わぁっ!!」

 足を押し上げる突風は魔力流が今まさに自分がいた場所を通過している証だ。

「このぉ!!」

 受身を取りながら残された唯一の術式を詠唱、展開する。ユーノに残された最後の切り札――と言っていいのかさえ分からないチェーンバインドをなのは目掛けて叩きつける。

『「そんなの効かない!!」』

 右手が空を薙げば不可視の力が光の鎖を弾き飛ばす。縛るどころか届きすらしない己の魔法に歯噛みしたい思いだ。
 しかしチェーンバインドで仮に捕縛できてもそれから先のことを考えていないユーノにはとてもじゃないが有効打になり得ないのが現実の非情さだ。

(どうすればいいんだよっ!)

 心の中で毒を吐いてユーノは事態を深刻化させた自分の不甲斐なさにやり場のない怒りぶつけた。
 すでに十分以上こんな追いかけっこをしているのだ。普通の人間ならとっくに心が折れている危機的状況である。
 
(全部僕のせいなのかよっ!?)

 考えれば全部繋がってしまうのが悲しいところだ。
 そもそもあの時なのはに軽い気持ちで晴天の書の解読を頼まなければこんな事態にはならなかったのだ。
 もっとなのはの気持ちを汲み取って探索の最中でもなのはの望むことをしていればこんなことにはならなかったはずなのだ。

 あいつの言葉を借りるなら本当に、

「こんなはずじゃないことばっかりだよっ!」

 この冒険で初めてユーノが口にした弱音だった。
 
『「わたしだってこんなはずじゃやないよ!」』

 両腕を天高く上げれば太陽みたいな輝きが収束していく。巨大な魔力弾を引っさげたなのはは激昂のままにユーノ目掛け感情の塊を振り下ろした。
 ここまで追い詰めたのだって自分の責任。こうなったらこの体でなのはに償う他に方法はない。怒り収まればきっとなのはだって元に戻ってくれる。
 悪魔の甘い誘惑。確証のない望みにユーノの心は折れかける。

『That can’t be right !』(そんなわけありません)

 流れに身を任せようと下ろしかけた緞帳が引き裂かれんばかりの勢いで持ち上げられた。
 刹那に襲いかかる閃光の嵐。網膜を焼き尽くさんばかりの光と熱量が当たり一面を爆音と共に木っ端微塵に吹き飛ばした。

 ズッドォォォォォォォォォン!!

 立ち上がる光の柱は天さえ突き破るほどの勢いで空を引き裂き、噴出す衝撃波は地表を這いずっていた全てを軽石のように巻き込み、消し飛ばしていった。
 あまりの威力に風さえも気ままな流れを捻じ曲げられ渦を巻くように光の中心へ吸い込まれていった。

 やがて露になる爆心地は文字通りチリ一つ残さず消滅していた。巨大クレーターを拵えて後に残るは風になびく白煙の柱だけ。
 眼下の光景を前になのはは荒ぶっていた息を飲み込む。
 まだ足りない――。そう言いたげに未だクレーターの中心を睨みつけていた。

『「全部ユーノくんが悪いんだ……全部……なにもかも」』

 晴天の書とのユニゾンは今までなのはの中に眠っていた負の感情ばかりを極限まで引き上げていた。つまり今のなのはは怒りに我を忘れてるそのままであり自分が放った魔法が殺傷設定であることすら理解していない。
 いわば本能のままに動き続ける悪魔だ。闇の書と対峙したときなど比べ物にならない本当の悪魔がそこにいるのだ。

『No! Most of the blame belongs with my master』(いいえ! マスターの方がよっぽど責任があります)

 耳に響く懐かしい声になのはは一瞬我を取り戻し辺りを見渡す。しかしこの荒廃した大地に生き残った存在などあるわけが――

「なのはぁ!!」

 何かが物凄いスピードで瓦礫の間をすり抜けてこっちに向かってくる。
 あまりの速さになのはの動体視力は意味を成さない。黒くて細長い影が迷うことなくこっちへ突っ込んできていることだけがなのはの認識できた事実。
 まさかそれはユーノだとは思いもよるまい。あの爆発の瞬間にユーノは足元に転がっていた奇跡に命を救われたのだ。

「助かったよレイジングハート」
『All right』
 
 なのはがユニゾンする瞬間衣服と共に吹き飛ばされたレイジングハートは何の因果か突風に弄ばれるうちにユーノの側に転がる偶然になっていた。
 いくら魔法が使えないと言っても魔法全てが否定された世界ではない。おそらくなのはが封印しているのは彼女が知っている魔法だけ。
 諦めない意志が導き出した可能性にユーノは残された魔力全てでチェーンバインドの術式を組み替えレイジングハートを媒介に発動させたのだ。

「まさかチェーンバインドで自分を縛る羽目になるとはね……」 

 自分の極小範囲の空間にチェーンバインを巻きつかせ間に合わせの防御壁を作るなんて正直もう二度とやりたくない。
 でもおかげで最後の最後まで残された鎖が本当に切り札となって偶然にユーノは心からの感謝を送った。

「後はこのままなのはの元へ!!」

 大地を駆けるは一匹のフェレット。駿馬のごとくその足は大地を蹴り上げ、大蛇の如く身の捻りで障害物をかわしていく。

『「うそ……ゆー……のくん?」』

 てっきり消し飛ばしたと思った相手がまさか生き延びているなんて……。
 信じられない事実になのはは驚愕のあまり一瞬考えることを放棄してしまった。むしろそれはなのはを影から支える存在の動揺の表れでもある。 

 どちらにせよこの一瞬の隙がユーノにとって千載一遇、最後のチャンスを与えたのだ。
 
「これでーーーっ!!」
 
 なのはの足元には丁度よく瓦礫が積み重なって周りより幾分高い足場を作っていた。
 ユーノはそれに飛び乗り、真上のなのは目掛け一気に跳ね上がった。弾丸と化したユーノはその勢いのまま元の姿へ。

『「っ!?」』

 すかさず撃墜しようとなのはが左手を向ければ桜色の閃光が手のひらに集中、臨海に達する。

「でぇい!!」

 その前にユーノはなのはに向けて何かを放り投げていた。陽光を反射しキラリと光る細長い箱のようなもの。
 なのはがそれがなんであるか気を取られた瞬間に、

 ボンッ!!

『「きゃっ!?」』

 箱が弾けて煙幕と桜色の魔力が辺りに撒き散らされた。 
 狙いを隠すカーテンにこれでは自慢の射撃も役に立たない。

「なのはーーーっ!!」

 煙を散らすのは光球ではなくユーノ自身だ。
 魔法が使えないなんて状況でも蓄えられた魔力は死んではいなかった。レイジングハートに搭載されたカートリッジ弾倉そのものは眼前で爆破させることで丁度いい目くらましとなる。

『Master! Enough of your selfishness!!』(マスター! 我侭も大概にしてください!!)

 元から魔力を圧縮装填したものだ。ちょっと魔力押し込めば爆破なんて容易い。
 なのはに接近するためにはどうしてもこの一瞬が必要だった。

 それを解消したユーノの機転はまさにフェレット――もといイタチの最後っ屁。

『「あっ? えっ? きゃあぁ!?」』

 なのはの懐に飛び込むユーノの取るべき行動は一つだけ。華奢とはいわないまでも細い腕がなのはの背中に回された。
 右手は肩を、左手は腰に。これでどうだと言わんばかりになのはを抱きしめる。硬く、強く、二度と離さないように。
 両手の自由を奪われたこと、ユーノの思わぬ行動になのはは浮力を失いフラフラと地上へ落ちていった。

『「――あっ! は、離して!!」』

 地面に両足がつくと同時になのはは慌てて身を捩った。だけどユーノは万力のようになのはの体をガッチリ掴んで離れない。
 こうなったら自爆覚悟で魔力を暴発させて――、

 と、不意に右手に触れる温もりになのはは気づく。

「ごめんなのは……僕も頭に血が上ってた」

 ユーノが取った行動はなのはには一番予想していなくて一番してもらいたかったこと。
 握られしっとりとした感触が伝わっていく。ユーノが手に汗握っていたことが嫌でも感じ取れた。

「もし繋いでたら僕が転んだ時なのはも巻き込んじゃうだろ。それになのはが転んだらすぐに受け止めて上げられる」

 ジャングルや遺跡じゃなかったら繋ぐに決まってるだろ、と最後に付け足す。

「次に僕はなのはのことずっと心配してるし励ましてたつもりだよ。だけど僕だって完璧な人間じゃない。言ってくれなきゃわからないことだってあるよ!」
 
 ユーノから見ればなのはは道中いつもと変わらぬ顔だった。だから気にすることも無く声はかけなかった。
 ユーノの顔は悲しげに歪んでいた。もっとも抱きしめている手前なのはにはユーノの表情は窺えない。それでも声のトーンでどんな顔をしているかは想像ができた。
 
「それに一応隊長だし、仲間のこと、ヴィータやシャマルさんのことも知らなきゃいけない」

 だから少ない時間の中でユーノは二人の人格を会話の中で探っていた。
 驕りかもしれないがなのはのことは理解している。それがなのはから見れば邪険にされたように感じられたのかもしれない。否めない事実だ。

「みんなや、なのはが危ない目に遭わないように考えてるんだ。何か起きてからじゃ遅すぎるんだ。リセットなんて出来ない」

 なのはに口を挟む隙はない。真剣な眼差しのままユーノの弁論は続いていく。

「多分考えすぎてるんだと思う。なのはみたいに楽しい考え全然してない。これじゃなのはに言われるのもわかる」

 唐突にユーノは繋いだ手を解いた。片手と合わせてそれはなのはの小さな肩に。

「だから寂しかったら言って欲しい。自分の中に閉じ込めないで欲しい。それだけじゃない何でも言っていい。溜め込まないで、なのはは笑顔が一番似合うんだから」

 ふっと顔から力が抜ける。同時に腕の力も抜けていった。
 そっと離れる体に二人の目にそれぞれの顔が映る。まるで久しぶりの再会のように懐かしいものに見えた。
 
 ユーノはそっと微笑む。
 なのははそんなユーノの言葉に心の奥底にあった何かがゆっくりと氷解していくのを感じていた。

「……ごめん、なんだか無茶苦茶だよね。カッとなって怒鳴ってごめん」

 今までの自分を省みて本当に穴があったら入りたくなった。我が身を持って冷静さを欠いた人間が半ば前後不覚になることを知った。

「…………ううん、やっぱりわたしが悪い。そうだよね……言わなきゃ進まないよね」

 恋は決してオートではないのだ。何もしなければ何も進まない。でも多少は進んでいるだろうからきっとセミオート。
 いつしかなのはの声に微かに混じっていた別の音色も聞こえなくなっていた。

「わたしユーノくんに嫌われたくないからいろいろ考えても言えなかった」

 今の自分はセミオートどころか恋にブレーキをかけてしまっている。

「僕もなのはが今のままで良いと思って何も言わなかった。勝手な思い込みだ」
「なんだかお互い様だね」
「そうだね……ほんと二人揃ってなにやってるんだか」

 これだからエイミィやアリサやすずかにも世話を焼かれるんだろうと今更ながらに思った。
 そう思うとすごく滑稽に思えてユーノもなのはも可笑しさを堪えきれない。
 二人の笑い声が部屋を包みこみあれだけ険悪だった雰囲気はもう彼方。通り雨のように二人の心にはもう太陽が差し込んでいた。

「……ふぅ、さてそれじゃあ一気に終わらせる」

 ひとしきり笑った後で気持ちを再び魔導師へと切り替える。未だ目の前のなのはは晴天の書とユニゾン状態にあるのだから。

「でも大丈夫なの……?」

 冷静になって自分を顧みて怖くなった。さっきまで心の奥底に食い込んでいた晴天の書が自分の身勝手な思いを暴走させていたのだ。その呪縛から逃れる術をなのはは全く知らない。

「対策は考えているよ。レイジングハートお願い」
『My master is not allowed to be taken to the brat.』(小娘ごときにマスターは取らせません)

 ユーノの手から赤い宝石がなのはの手へと渡される。久方ぶりの主人の手のぬくもりを堪能しつつレイジングハートは早速主人を取り返すための準備を始めた。

「えっ……何するのレイジングハート?」
「なのはの正式な契約デバイスはレイジングハート。その契約の根幹部分は生きてるみたいだからね。それを元に晴天の書に干渉して引き剥がすんだ」
 
 あくまで晴天の書は仮契約のみだ。完全な契約で無い限り持ち主との繋がりは不安定で脆い。
 本契約を済ませているレイジングハートの干渉を受ければコントロールはすぐにこちらへ引き寄せられユニゾンも強制解除できる。
 もっともなのはが自我を取り戻した今の状態だからこそ出来る技であるのは秘密である。 

 淡い桜色の光がなのはの体を包み込めば今までなのはの身を守護していた晴天の法衣は瞬く間に崩れ落ち、金髪も、碧眼も光が収まる頃には何もかもがいつものなのはへ戻っていた。

「ふぅ……ようやくか」
「あっ! わたし元に戻ってる! 戻ってるよユーノくん!!」
「うん、取り合えずこれで一件落着……ってわけでもないか」

 残る問題はなのはと晴天の書を結ぶ契約の完全な破棄。これ済まさなければ自由の身となるにわは程遠い。

「やっぱり管制人格に直接当たらないと無理かな……」

 夜天の書がそうであるようにこの晴天の書にも管制人格が存在するのは間違いないはずだ。
 恐らくその存在と直接コンタクトを取り合わない限り契約の破棄は不可能。中途半端な契約だからこそ管理者権限による一方的な契約破棄もままならないだろう。
 最後の最後までこの魔導書は問題を山積してくれる。

「なのは、この子を呼び出せない?」
「う~ん……と言われても」

 感情の高ぶりのままにユニゾンをしたなのはにとってはその辺のところは全く持って未知の領域だ。
 元々感覚で魔法を使いこなす彼女にはデバイスの操作など詳しい原理を実のところ全く分かってなかったりする。

 ばつが悪そうに愛想笑いを浮かべるなのはにユーノも流石にお手上げとしか言いようが無い。
 ノック一つで出てきてくれるなら助かるものだが世の中そんなにご都合に満ちているわけなくて。

「ふぅ……なんだかとんでもない欠陥品なのかもしれないね、晴天の書って」

 取り合えず今はこれで良しとするしかないだろう。後は管理局の設備でどうにか方法を模索するのが恐らく考えられる策の中でもっとも効率的なもののはずだ。
 そう思って足元に転がっていた晴天の書へユーノが手を伸ばした。

「あっ、ユーノくん!」
「へっ?」
 
 慌てふためくなのはの目にはユーノの足元から立ち上る眩い光。出所はもちろん他ならぬ晴天の書そのもの。
 晴天の書の異変に二人は同時にその場から飛びずさった。 
 まさかまたさっきみたいな巨人にでもなるつもりなのだろうか。とことんまで往生際の悪い魔導書になのはもユーノもため息をつきたい気分になる。

「もう何があっても僕は驚かないよ」

 達観してしまっているユーノを尻目に晴天の書から溢れる光は徐々に集まり形を変えていく。
 今度は何が飛び出してくるのか二人が身を固くし始めていると、

「…………へっ?」

 二人よりも大分小さい幼子が自分達を見上げていた。

「だ、誰?」

 腰にまで届く金髪に碧眼の瞳、白いローブを着込んで少女は睨みつけるように二人を見つめている。

「た、多分これが晴天の書の管制人格だと思う」

 どうやらわざわざ管理局にまで持っていく手間が省けてしまったようだ。

「じゃ、じゃあ晴天の書さん。わたしとの契約なかったことにしてくれませんか?」
「なのは、いきなり本題にするのは」
「やだ」
「はい?」
「やだって言ったらやだ! 私がこのヘタレにマイスターの気持ち教えてあげようと思ったのにマイスター勝手に解決しちゃうんだもん! 非情だ! 横暴だ! 職権乱用だ!」

 なんだかかなりご立腹な様子だ。
 顔を真っ赤に頬は膨らませて、荒げたソプラノで彼女はなのはを恨めしそうに涙を溜めた目で睨み続ける。

「せっかく新しい主に出会えたのにお役御免になったらぽいってするんだ!! みんなして私のこと役に立たないからいらないって捨てるんだ! うわぁぁぁぁん!!」

 言うだけ言って少女は号泣した。かなり幼児性が強い管制プログラムだな、となぜか冷静にユーノは分析してたりしている。

「だから墓場までついて行ってやるぅ……使ってもらえないのも嫌だけど捨てられるよりはマシだぁ!」
「って言ってるけど……なのはどうする?」
「そ、そんなこと言われても」

 子供の世話なんててんで経験のないなのはにはどうしようもない。優しい言葉をかければいいのだろうがこんなこと言われては何を言っても逆効果に思えてお手上げだ。
 泣きそうな顔で助けを請うなのはにユーノは仕方なしに覚悟を決めた。
 部族で多少は子供の世話はしている。支えるのは男の役目、そうと言わんばかりにユーノは身を屈め少女の目線となる。

「えと……君、名前は?」
「えっく……晴天の書しか……ひっく……ないもん」
「そっか名前がないんだ」
「そうだよ名前も付けてくれないくらい私は役立たずなんだぁ、だから見捨てられるんだぁ!」

 一体なのはの前に何人の人間がこの子のマスターになっているのか検討もつかない。
 多分推測だが相当な人間が彼女を通り過ぎていったのだろう。じゃなければここまで彼女がなく理由がない。

「大丈夫だよ、なのはは優しいから捨てるなんてことはしない。僕が保障するよ」
「ほんと?」
「うん」

 目を擦りながら泣きべそをかく彼女の頭をユーノは優しく撫でる。

「……しんじても……ぐす……いいの?」
「うん。……そうだよね? なのは」
「えっ? あ、もちろんだよ。わたしのために頑張ってくれるんだもん。捨てたりなんかしない、これは絶対」
「なのはもこう言ってる。なのはは素直だからね」
「わかるよ……ずっと見てたから……無限書庫に来た日から君のことずっと見てるから」

 少女にとってこれほど慰めになる言葉はなかった。短い間でもユーノがどんな人間かは実体化出来ない時からずっと見ていた。
 もちろんなのはもだ。

「だから私頑張ったんだよ……二人が仲良くなれるように……」

 こういう形でしか二人を楽しませることが出来ないから自分は役立たずなのだろうと嫌々ながら自覚する。
 おまけに無理なユニゾンが祟ってあわや大惨事を呼び寄せる始末。

「でも君はいつもマイスターのこと考えてないみたいで。マイスターはずっと考えてて」
「僕はずっとなのはのこと考えてばかりだよ」
「……さっきのでわかった」

 結局お節介を焼いて無駄なことをしただけなのかもしれない。二人の貴重な時間を奪ってしまったのだ。
 また目頭が熱くなってきた。

「そんな顔しないで。なのはの気持ちが分かったんだ、君のやったことは無駄じゃない」
「そうだよ、わたしもユーノくんの気持ちが分かったし」

 晴れ空が雨雲に覆われないように二人は心から思えたこと言葉にする。

「ほんと?」
「ほんと」
「ほんとに……ほんと?」
「ほんとにほんと。君は最高の魔導書だよ」

 晴天の空には笑顔が似合う。気分は晴天。彼女の顔に笑顔が咲いた。
 つられて二人も口元が笑った。

「じゃあいいよ。契約なしにしてあげる。でもぉ……条件があるよ」
「何?」
「二人が仲いいって証拠。ちゅーして、ちゅー」

 ぶっ、とユーノの口が唾を飛ばした。聞き返したくないくらい恥ずかしいフレーズが聞こえたのはきっと気のせいではない。

「ちゅーだよ。ちゅ~ってしてみて! ちゅちゅちゅ~!」

 行為の意味を知っているのか何度も何度も少女は連呼する。したくないわけではないのだが人前で――この場合はデバイス前というのか――それをしろと言うのは拷問ではないか。

「で、でもそれは流石になんというか相手の事情もあるしね」
「わ、わた、わたしは……ユーノくんには……」
「だってマイスター初めてが君ならいいよって言ったよ」
「こ、こんな時に思ったこと言わないでよ!」

 そこまで言って慌てててで口を塞ぐなのは。だが時既に遅し。
 バッチリ、ユーノの耳には聞こえています。

「だからちゅ~~~!」

 囃し立てるこの子に悪気はない。ただ純粋に二人の仲を祝福しているのだ。
 他者から見ればこの子の純真さはすごく愛らしいのだろうけど、当事者にとってたまったものではないのは察して欲しい。 

「え、えと……なのは?」
「い、いいよ。恥ずかしいのはきっとお互い様だし……ね」
「じゃあ……」

 躊躇うのはなのはに失礼。すぐに行動に移す。
 向き合い両の肩に手を添えて目と目で最後の意思確認。唾を何度を飲み込みあう二人は微笑ましいほどに初々しい。
 変なものは食べなかったか、歯磨きは大丈夫か、地球とミッドのやり方は同じなのか。ユーノもなのはもおもしろいくらいに頭の中で浮かぶ考えは同じ。

「え、えと……よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 桜色が満開の頬、心なしか潤んだ瞳。ゆっくりとまずなのはが目を閉じる。
 ユーノはそっと双眸を下ろしながら唇を寄せていく。三センチ切った所で視界に幕が下りたけど後はそのままで大丈夫。

 ――こうして無限書庫から始まった長いようで短い冒険はフィナーレを迎えたのだった。

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