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2007.11/25(Sun)

あの雲のように 第二章 第二幕 


【More・・・】


 握り拳よりも一回り大きな麻袋を揺らせばじゃらじゃらと貨幣が奏でる調べが響き渡る。
 金貨、銀貨とこれだけあれば相当な距離を旅する用意ができるだろう。しかも切り詰めた末の貧乏装備ではない。それこそ高級品で身を固めてこじゃれた旅行気分に浸ることだって出来る。

「ふっ……」 

 誇らしさに口角が吊り上げられていくのが止められない。
 今回の稼ぎは上場といった所だろう。これでまだ上があるなど聞く日と見る人己の知覚器官を疑うものだがシグナムたちの現実から見れば当たり前にも甚だしい。
 前の町などオンボロ飯屋をたった一週間で町一の繁盛店までに叩き上げたのだ。
 まるでご都合主義のお話であるがナハトの料理とシグナムの肉体、たった二つの要素でその奇跡は成し遂げられた。店主が泣いて喜んでいた顔が今でも眼に浮かぶ。

「まずは……カートリッジ一式だな」

 その時の報酬はこの麻袋五つ分はあっただろうか。賊共がいたなら舌なめずりをいくらしたって終わりがない。
 結局は二人旅であるが故に袋四つは町の教会に寄付し、残りの一袋で旅支度を整えるに至った。どうにも贅沢の方法を知らないせいか持て余すだけなのだ。
 持て余すくらいならより有効利用できる然るべき所へ譲渡するのがシグナムたちの掟。有り余る力ほど争いを呼ぶものはないのだから。

「まぁ……その前に問題があるか」

 満足から一転なにやら釈然としない顔つきになるシグナム。軽く唇を噛んでみたり口をへの字にしてみたり、理想と現実のギャップに面食らうように渋々と麻袋を隣の人物へ渡す。
 
「はぁい、お預かりしますねシグナム」

 喜色満面で袋を両手で受けるはシグナムが主であるナハトであるのは言うまでもない。
 路銀の管理は結局の所、主に任せっきりだ。というよりは彼女が独占――もとい率先して行うのが二人の旅の絶対的盟約。
 子供のように嬉々としながら宿を出るナハトに黙ってついていくシグナム。まずは彼女が彼女なりに考えるたびの必需品を備えることが次の町へ旅立つ儀礼だ。この優先順位は普遍でありナハトの買い物が完全に終わるその時までシグナムが稼ぎの分け前を使うことは許されない。

 ああ、主従関係の悲しさよ。たまには自分だってとことん体を張って稼いだ金を自由に使いたいものだ。

「ナハト……毎度のことだがあまり無駄なものは買うなよ」
「どんなに買ってもシグナムの備品はそれ以上に値が張るじゃないですか。優先度で言うなら私の買い物ほうが命に関わるんですから我慢です、が・ま・ん!」

 どんな抗議もこれである。
 子供をあやすか、躾けるかのように人差し指を立ててシグナムに言い聞かせるのだ。
 
「腹が減っては戦は出来ぬ……確かにベルカの諺にもあることはあるが」
「はいそうです! 先人たちもそのように兵糧こそ戦場で振るう最強の武器だと言い切っているんです」
「一体どういう頭ならそんな解釈が出来るんだ……」
「こういう頭です!」

 腰に手を沿え胸を張る。誇らしげな顔と共に彼女の銀髪も風に軽やかに舞った。

「………………わかりました。主の命なら仕方ありません」

 長い沈黙の後には妥協という名の鉄槌でへし折られたシグナムがいるだけだ。
 子供のような――むしろ子供そのままの無邪気な笑顔を前にしては名だたる剣豪もただの人間……ということらしい。

「さっすが私一番の従者です! 大きな胸のように寛大なのはいいことですよ」 
「……嫌味か、それは」

 さり気無く褒め言葉で弄ってくるのもご愛嬌なのか。結局言いくるめられてしまってはシグナムできる抵抗は視線による圧力だけ。
 それだってのほほんとした彼女の雰囲気に簡単にいなされてしまう。場の空気を操る技術は相変わらずの一級品だ。

「まったく……生のものは控えておけ」

 長旅の常識といえばまずは余計なものは持たないこと。次いで食料は保存性の高いものを揃えることが上げられる。
 前者は重荷となって移動に難儀しないため。後者は食に当たらないためでもあるが荷作りの手軽さなども兼ねている。
 しかしこの大馬鹿者のナハトは初歩の初歩、常識以外の何者でもない二つを完膚無きに失念していた。というより端から頭に存在してないのだろう。

「いいじゃないですかぁ……結界で包んでおけば相当長く持ちますよ」
「お前にしか出来ない芸当で物を言われても困るんだ。それに限度だってある。この前のことを忘れたか?」
「わかってます。覚えてますよー」

 袋の奥底から発掘された魚の化石。物の見事に干物と化したそれは年代測定をしてみたくなるほどに黒ずみ異臭を発していた。
 無論すぐに焼却した。紫電一閃にて。

「私だって軽いトラウマです」

 宿を出た後に目指す場所は当然一つしかない。朝の喧騒に包まれている市場だ。
 拗ねた横顔に果たして反省があるのかは定かではないが恐らく今回も生鮮食材の大盤振る舞いになるのだろう。遠方から徐々に近づいてくる市場を前にシグナムはナハトに悟られぬよう嘆息していた。
 ナハトはナハトでシグナムの心配など既に無へ帰していたりするのは皮肉である。もう頭には一週間先の献立まで計画立案されている始末なのだから。

「それにしても一体どこからこんなに人が沸いてくるのか……」

 市場に近づくにつれ行き交う人がどんどん増えていく。
 行商の者だろうか大きな荷を背負って歩く人がいる。溢れんばかりに色とりどりの野菜を荷台に乗せ馬車を走らせる者がいる。
 牛を連れる者がいれば馬を連れる者。乳をたらふく詰め込んだブリキ缶をいくつも荷台に乗せ引っ張っていく屈強な男。
 この町で一週間ほど働いていてもここまで様々な人間と出会えたためしがない。食堂というある種閉鎖された空間だったという条件付でも。
 
「じゃあ私行ってきますね」

 二人の足が市場の入り口に差し掛かる頃、ナハトはシグナムに一言断り風のように駆け出していた。
 やれやれと後姿を見送るシグナムはなんだかナハトの保護者にでもなった気分だ。二月程度の付き合いであるが我が主は料理のこととなると途端に目の色が変わる。
 あの卓越した調理技術は料理のイロハを知らなくたって達人だと頷ける腕前だ。路銀の稼ぎも彼女の腕があってこそ。趣味と実益を兼ねるとはまさにこれのことだ。

(……まぁ、これだけ相手がいるのだから無理もないかもな)

 道なりに連なった露店には食を支える役者たちが顔を連ねている。
 山のような肉の塊が鎮座していれば麻布にこれでもかと乱雑に並んだ取れたての野菜。生臭さに目を向ければ見たこともない大魚が看板代わりにぶら下がりその横には鮮やかな赤に色づいた切り身が並べられている。
 絵の具をぶちまけた様な原色の群れは鼻をくすぐる果実の世界。店の脇の樽にはリンゴがぎっしり押し込められている。

「一つ貰うぞ」 

 小腹が減った。そう思いリンゴを手に取り髭を蓄えた小太りの主人へ銅貨を渡す。 

「おっ、お目が高いね! 今朝取立て姉ちゃんみたいに新鮮ピチピチだ!」
 
 以前はそんな煽て文句さえ目元を吊り上げていたシグナムであるが最近は素直に好意を受け取っている。それ以上にナハトに弄られたおかげですっかり免疫がついた賜物だ。
 ちゃっかりと、おまけにもう一つリンゴをつけてもらう辺りこういうのも悪くないと思えてくるのが不思議である。

「しっかし今日はついてるなぁ。さっきも綺麗な姉ちゃんが樽ごとリンゴ買い占めてくれたんだよ! いやぁ、ありゃ女神さんかもな~」

 鼻の下を伸ばしながら主人が突き出た腹をペシッと叩く。上機嫌に腹の肉が揺れている。
 
「そうか……女神に感謝しないとな」

 言ってはみるものの裏では女神を小突きたい気分だ。
 樽一杯分のリンゴなど一体どうやって運ぶつもりなのか。お得意の半端魔法の出番なのだろうけど。
 もう頭を抱えたい、そんな気分をはぐらかす様にリンゴに被りつくシグナムであった。

* * *

「あーっ! これ火竜の肉じゃないですかぁ! こっちは黒ファルケンの肉!」
「いやぁ姉ちゃんこれがわかると来たか! 昨日苦労して狩って来た甲斐があったってもんだ!」

 一方のナハトはズラッと並んだ肉にいろんな意味で五里霧中だった。
 比較的大きな町故に物流が良いためだろうか。ここに来るまでに巡ってきた店はどれも今まで旅してきたどの町より品揃えの水準が高い。
 朝市も手伝って世界中の食材が集っているような錯覚すら覚えてしまう。

「じゃあこれとこれとこれと……あっ、これもついでに。それにこれ!!」
「あいよぉ!! お姉ちゃん太っ腹だねー! おまけに美人で今日は朝から最高だ!」

 長身の主人が腕を巻くり肉切り包丁片手にさっそく霜降りの塊を切り分けていく。
 その様子を目を輝かせながら見つめるナハトに経済観念は――多分無い。注文した後も目移りしっぱなしの人間に冷静さは欠片も見通せない。
 
「まさに俺には女神さんだな! おっとかみさんには言わないでくれよ」
「わかってますよ。安心してください」

 主人から肉を受け取り無造作に袋へ突っ込みながら茶目っ気たっぷりに笑顔をお返しだ。
 
「さてと……固定領域展開、と」

 そろそろ手に下げるには些か重くなってきた。こういう時に出番が来るのが彼女の魔法の一つ。 
 指先が空間に円を描けば即座に内が光に包まれていく。まるで鏡のように輝くそこへナハトは肉の詰まった袋をおもむろに押し込んでいく。 

 転移魔法で荷物を家まで送り届けるのは魔導師にはポピュラーな手法である。
 これがナハトなど家を持たない者の場合は予め作っておいた別空間へ貯蔵をするのがベルカの生活の知恵だ。先ほどのリンゴも樽ごとこの中へ放り込んである。

「では私はこれで」 

 最後に軽く会釈してナハトの買い物行脚はまだまだ続く。女神の慈愛を受けられる店はこの後も絶えることはないだろう。
 市場はナハトには楽園そのもの。聖地といっても過言ではない。それだけに高揚する気持ちは際限なく上昇を続けるのだ。

 料理をする――それは彼女にとっての武器であり娯楽であり至上の幸福なのだ。

 ありとあらゆる食材を、ありとあらゆる調理法で、ありとあらゆる姿へ変える。
 何故ここまでナハトが料理好きなのかは自分でもわからない。別れを告げたあの世界とのよしみをただ発奮させているだけなのか、それとも何かを作るという両者に共通した感情がそうさせるのか。
 どちらの理由にしろ人間の性分はなかなか捨てられないし変えられもしないのだと認めるための理由でしかないのは皮肉である。
 
 しかしこんな大盤振る舞いをしては蓄えに不安がりそうなものだが、今回ばかり準備だけは怠れない理由がナハトたちにはあった。
 これから先は西の領土に立ち入る旅だ。西の国は首都を除くと大きな町は数えるほどしかない。補給に立ち寄る場所が絶対的に限られてしまう。
 大小無数の豪族が結びついて出来た東の国とは違い、「聖王」という絶対的君主によって建国された西国は首都を中心に領土を広げ繁栄してきた歴史のためだ。
 
「さて……食料はこれぐらいにしてシグナムの買い物でもしましょうか」

 彼女本命の買い物を始めないとシグナムといえど仏頂面して拗ねてしまうだろう。
 そうと決まれば彼女と合流しないといけない。念話を飛ばして落ち合い場所を確認しナハトは歩き出す。

「あっ……」

 その矢先にナハトの目を留めてしまう存在と出くわすことになる。
 露店の脇から飛び出していった小さな影がそれだ。その影が何であるかをナハトが理解した時には今まで晴天だった顔は憂いの暗雲に覆われてしまう。
 
(町が大きいから……なんでしょうね)
 
 襤褸切れを羽織って露店の間をうろついているのはまだ年端も行かない子供だ。目まで垂れ下がった前髪の隙間から獣のような目つきが何かを求めてそこかしこに視線を飛ばしている。
 きっと彼は飢えているのだ。あの眼光は今日を生き延びるための糧にしか興味を示さないのだろう。
 行き交う人も店の店主も彼など始めから存在してないように見てみぬ振りをする。関わりあえばどうなるかぐらい知っているからだ。
 戦火によって故郷や親を奪われ孤児と成り果てた子供たちは東と比べれば西の方がはるかに多い。東国と比べ資源の枯渇した西国では争いの果てに町が崩れ落ちても再建する余裕などない。
 元から首都機能の維持で西国は限界だったはずだ。ナハトが東国に渡る前でさえその有様なら戦乱によって疲弊した西国の内情は想像以上に荒んでいるのかもしれない。

 そういえばここに来る途中に廃墟と化した町があった。きっとその町から流れてきた子供なのだろう。
 やり切れない思いに唇を噛み締めることだけが今の自分の精一杯だ。結局、自分だって目を伏せ現実を否定した。

(ごめんね……)

 本当なら手を差し伸べてやりたい。出来なくとも教会なり孤児院なり連れて行くことは出来るだろう。
 けどあの子がここにいるということは救いと恵みを与える場所も彼を受け入れてはくれなかったはずだ。きっともうどこだって哀れな子供たちで一杯なのだ。
 彼はその中に入り損ねた。ただそれだけが事実。

 自分たちにはやらねばならない使命がある。だから足手まといは連れて行けない。

(なら力があるなら連れて行きますか……?)

 詭弁だと思う。でもこうでもして心に嘘をつかないと自分は騙せない。

(まだ私には変える力がないから)

 踵を返した。別の道から行こう。
 俯いたまま人の波へ消えていくナハト。心に去来する想いに胸倉を掴みその足取りは早足へと近づいていった。

 ナハトは心中を察する人間はきっとこの場所には一人としていないだろう。ここにいる人たちだって笑顔に溢れていても毎日を生きるだけで精一杯なのだから。
 みんな精一杯。だから笑顔になれる。
 この町だって明日には炎に包まれてしまうかもしれないからそれまで一生懸命に生きる。
 
「……見つけた」

 そんな時に誰かを気にできる人間がいたならそれはきっと自分なんてどうでもいい人間だけだ。
 ナハトの悲哀に包まれた背中を見つめる少女――ヴィータはそんな数少ない精一杯を忘れた一人。

「壊してやるからな……絶対」

 燻っていた憎悪が再び燃え始める。歯軋りと共にヴィータは手の中の力を痛いほどに握り締めた。
 鋭い痛みは爪が食い込むから。このまま力を込めれば手のひらを貫いてしまうかもしれない。
 それがどうした。自分が使命はそれ以上の痛みであいつの世界を破壊するだけなのだから。
 
 それしかないのだから――……。

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