06月≪ 2017年03月 ≫07月

12345678910111213141516171819202122232425262728293031
--.--/--(--)

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【編集】 |  --:-- |  スポンサー広告  | Top↑
2007.10/28(Sun)

魔法少女リリカルなのはSTEP 第十四話 Apart 


【More・・・】


 さっきから心の中に流れ込んでくるこのなんとも甘ったるい感情は間違いなく目の前のご主人様のものだ。
 ベッドに寝転がったり、体だけ起こしてみたり。むず痒いような奇妙な感覚から気を紛らわそうと側の箱からドッグフードを掴み口へ放り込んだ。

(おいしいのはおいしいんだけどねぇ……)

 如何せん、精神リンクを切らなきゃおいしさも半減だ。尤もあたしが使い魔である以上、完全にリンクを断ち切ることは出来ないわけで。
 それでも最低レベルまで回線を絞ってこの有様なんだから、もう溜まったもんじゃない。
 
「フェイトぉ……そのガッコウってとこ行くのまだ三日先だろ? 今から準備しなくたっていいじゃないさぁ」
「駄目だよ。アルフだって忘れ物とかして恥ずかしい思いしたくないでしょ?」
「そりゃまぁ……ねぇ」

 振り返りもしないでフェイトは机の上の教科書とにらめっこ。
 魔導師としての勉強を積んでる人間ならあの程度の内容なんて子供騙しもいい所なのに、昨日、一昨日とフェイトはカバンの中から教科書を取り出すたび本の虫になる。
 国語、算数、理科、社会、道徳、生活――……。
 あたしにとっちゃ何が面白いかはサッパリだ。

(家庭科ぐらいかな……今度エイミィに作ってもらおう)

 いろんな料理の絵と作り方が載ってるあの本だけはあたしもお気に入りだ。

「うん、よし――。大丈夫だ、みんな揃ってる」
「なら今夜はもう寝た方がいいんじゃないかい? あんまり夜更かししちゃいけないよ」
「そうだね。じゃあお風呂入ってこようかな。……アルフは? 一緒に入る?」
「あたしはさっき入ったからね。今夜は先に寝させてもらうよ」
「そっか……じゃあおやすみ」

 洗面具を小脇にフェイトは部屋から出て行った。
 同時に、あたしを悩ませていた胸のモヤモヤもすぅっと引いていく。ようやくガッコウのことを考えるのを止めたみたいだ。

「嬉しいのは分かるんだけどね……もう少し自重して欲しいというか」

 一人呟きつつ窓を開けバルコニーへと出る。そのまま狙いつけて屋根へと飛び乗った。

「フェイトにとっては何もかも初めての世界だからしょうがないか……」

 この家に来てからあたしのお気に入りの場所その一。
 屋根の上っていうのは晴れた日はポカポカ太陽が暖かくて気持ちよくて、今みたいな夜は星空を堪能するのに最高な特等席なのだ。
 星空ってのは不思議なもんで、ミッドも地球も眺めるだけなら見分けがつかないくらい似ている。誰かが見たら全然違うって言いそうだけであたしにはそんな風に見えていた。

「この空飛んでったらミッドに帰れないかなぁ」

 やっぱり世界が一つ消えたなんて信じたくない。絶対に信じることなんて出来ない。
 フェイトとあたしの故郷であってみんなの故郷でもあるたった一つの世界。この目でミッドチルダが飲み込まれていく光景を見ていたって、あたしはこの現実を否定したい気持ちで一杯だ。
 理不尽なことばかり。クロノなら「こんなはずじゃないことばっかりだ」ってしかめっ面で毒づくだろう。
 
「プレシア……あんたおかしいよ」

 どんなことしたって過去を取り戻せるなんて、失った命を取り戻すことなんて出来るわけがないんだ。
 あたしだって一度死んでいる。今歩いているのは使い魔としての道であって元の狼としての道ではない。
 疫病にかかって、群れから追い出されて、フェイトに拾われて――。
 最初の命が尽きたその時に、フェイトはあたしを使い魔として途切れた道の続きをくれた。
 言葉を覚えて、魔法を学んで、使い魔の使命を刻み付けられて、

「そういやあたしに使い魔の何たるかを教えてくれたのもプレシアだったね」

 まったく厄介なお節介。でもそのおかげであたしはフェイトと本当の意味で使い魔の契りを果たすことが出来た。結果論として言うならきっかけをくれたあの女には少しは頭を下げてやっても良いかもしれない。

「んなことできるかい。フェイトの仕打ちで全部チャラ、それ以上だよ」

 あの頃のフェイトの人生は暗闇のどん底だった。ジュエルシードを持ってきたって褒めることなんて全然しないし、逆に鞭で打ち据えてばかりでフェイトを傷つけるだけの最低な人間だ。
 アリシアの代わりの人形――そんな事実が底にあったって頭を撫でてやることぐらいしてやっても、優しい眼差しを向けたってバチは当たらない。
 そうすればフェイトだってもっと頑張れてジュエルシードがすぐに集まって――……。

「……なに考えてるんだい! あたしは」

 自分の愚かさに腹が立った。
 フェイトはアリシアの代わりでしかない。だからジュエルシードが集まってアルハザードへ向かうことになってもフェイトには捨てられる運命しかないじゃないか。
 なのはと出会えたから、ともだちになれたからフェイトはああやって笑っていられる。もしも差し伸べられた手を振り払っていたら、こんな温かい世界にいられること自体あり得ないんだ。
 この優しい世界を守ることがフェイトの今の笑顔を守ること。使い魔として主の幸せを守ることは、取り分けこのあたしの契約からすれば命に代えても果たすべき義務。
 フェイトに言わせれば命までかける必要はないって言うかもしれないけど……。

「望む生き方……その命尽きるまで……守りぬく……」

 自然と口からこぼれた言葉はフェイトがあたしに言ってくれた契約の断片だ。
 難しいことをあれこれ考えるのはやっぱり性に合わない。ただ星空を眺めて寝転がってることも手伝って段々と眠気があたしの側に擦り寄ってくる。

「部屋で寝ないとフェイトに怒られるし……戻ろっかな」
 
 欠伸をしつつ起き上がる。眼下に見える広々とした庭も、この暗闇じゃ深緑を湛えた芝だってどす黒く染まっていた。その黒がミッドを飲み込んだアレを連想させてなんだか胸くそ悪くなる。
 まったく……これだけはどうにかならないものか。

「ふふ……元気そうで何よりですね、アルフ」
「当たり前だろ? あたしはフェイトの使い魔なんだ。あんたがアリシアの使い魔であるように」
「不測の事態に自分だけ消沈しているつもりはない……と」

 それとどうにかならないのが――これか。

 背後からかけられた声と気配。フェイトは気づいていないようだけどあたしにははっきりと感じ取れた。魔力とかそういう曖昧な感覚じゃない、いわば野生の勘という奴。
 一応、レストハウスだってジュエルシードに対応できるようにいろんなセンサーが突っ込まれているはずだけど、階下の様子を伺うあたり何も気づいていない感じだ。

「そうさ……こんなことがあるなら尚更だろ」

 ユーノがいないから封時結界はこの場に張れない。下手に戦闘をすれば誰かが応援に来てくれるかもしれないけどそれは駄目だ。
 フェイトがガッコウに行くまではあまり騒ぎだけは起こしたくないのがあたしの本音。
 特に、フェイトの過去に関することは……絶対に。

「何の用だいリニス。寝返りでも来たのかい? それならこっちは千客万来だけど」

 敵の懐に直接飛び込んでくるなんてなんたる無謀。あたしの知ってるリニスなら恐らくしない。これも主が変わった影響なんだろうか……?
 だけど今はそんなこと考えていられない。問題はこの状態をどう打開するかだ。
 後ろを取られている以上下手に動くことはできない。冗談を言いながらも全身の神経を奮い立たせ背中の気配を探る。

「生憎、私は主を置いたまま離反するなんて甲斐性なしではないので」
「そうかい……。世界まで消す女の命令にまだヘコへコ従うつもりかい」

 アリシアとリニスがやったことは例え自分たちが真実を知らなくても許されるものじゃない。
 あたしたちを世界が消える中守り続けたジュエルシード。それがフェイトにアリシアの想いを教えたようで、もちろんリンクを通してあたしにもそれは伝わった。
 でも世界が消えたって事実と天秤にかけてしまえば二人を許すなんてやっぱできっこない。あの時はフェイトを落ち着かせることに必死だったけど、冷静な今なら嫌でも分かるもんだ。

「この世界も消すのかい?」

 単刀直入にあたしは吐き捨てた。

「……わかりません」

 返ってきた言葉は「はい」でも「いいえ」でもなかった。
 あたしは今まで神経を研ぎ澄まさせてたことすら忘れて反射的に振り向いていた。
 
「なに寝ぼけたこと言ってんだい。こんだけジュエルシードをまいてんだから同じことだろ!?」
「ええ、おそらくはそうなるのでしょう……。ミッドにしろこの次元にしろ近いうちに」
「ミッドは消えたんだろ! だったら――」
「まだ何らかの形で存在はしています!! 私はそれを教えに来たんです!!」

 その声はあたしが初めて聞いたリニスの怒鳴り声だった。 
 あたしの言葉なんてどうでもいいみたいに一方的に、会話を遮る甲高い声。

「消えて……ないだって」

 肩をいからせながら乱れた呼吸を鎮め、小さなため息をしてリニスはあたしに向き直る。
 その目はどこか助けを請うように悲しげにあたしを見つめていた。 

「ええ、おそらくミッドチルダそのものをプレシアは消すことはないでしょう……どうやら彼女は世界の形を変えることが目的みたいですから」
「じゃあ……」
「早まるのはあなたの悪い癖ですよ。虚数空間で世界を隔離……かどうかは知りませんがその中の世界が元の形で在り続けているなんて保障どこにもないんです」
「それでも消えてないんだろ!? ならまだ諦めることなんてないじゃないか!!」
「その希望が打砕かれた時……人は何を思うのでしょうね」

 色めき立つあたしとは逆にリニスは嫌なことでも思い返すように横を向く。腕を組みどこか遠くを見つめながら唇を噛んでいる。

「希望はまだ箱の底に置いておくのが一番です。来るべき時が来た時にそれは解き放たれるのですから」
「秘密にしろってことかい?」
「はい、私とて見ず知らずの人間でも、二度も絶望の底に叩き落す真似だけはしたくありませんから」
「…………わかったよ、秘密にする。それでいいんだろ?」

 何も言わずリニスは頭を下げた。
 あっちもあっちで何か訳ありなんだろう。頭ごなしに自分のことばっか押し付けないで相手の事情も汲み取ってやらないといけないのは敵でも同じだ。
 
(これじゃなのはみたいだけどね)

 でもなのはがいてくれたからあたしもフェイトも分かり合えたんだ。それを今度はあたしがやる。
 世界は消えてない。まだやり直せるきっかけがあるならきっとリニスとアリシアとも分かり合える。
 自分で言って現金な考え方だと思うけど、二人とはやっぱり一緒に暮らして楽しい毎日を過ごしたいんだ。
 
「で、今夜はそれだけなのかい? 」
「ええ、この事実を届けることが今の私の使命みたいなものですから」
「あんたらしいね。バカに真面目に、直接やってくるんだから」
「光栄です」

 いつもいつも戦いの場でしか言葉を交わせなかったあたしたち。こうやって呑気に話をして軽口まで叩けるなんてなんだか不思議だ。
 
「けどフェイトぐらいには伝えてもいいだろ」
「あなたは新しい生活を楽しもうとしているフェイトの気持ちに待ったをかけるつもりですか?」

 ちょっと訝しげにあたしを見つめながらリニスはまたため息をつく。 

「まぁ……そう言われちゃお仕舞いだけどさ。けど何でフェイトのことわかるんだい?」
「それはまぁ……あなたが気づく前から覗かせてもらってましたから」
「…………」
「何ですかその目は」
「別にリニスもそんな一面があったんだなぁって」

 優しく温厚で知的――自分の中で作ってたリニスのイメージにヒビが入る。
 
「やっぱり……裏切れないのかい?」
「アルハザードの主相手では分が悪すぎですよ。しばらくは彼女が成そうとすることをもう一度見極めてみます」
「そうかい」
「まっ、私も我慢の限界になれば彼女に牙と爪を振りかざしますよ」
「だったらそん時は呼んでおくれよ。すぐに助けに行く」

 例え敵わぬ相手でもリニスが消されるなんて黙って見てられない。
 あの時と同じようにあたしだってもう一度プレシアに牙と爪を突き立ててやる。

「ええ……ですがその時までは戦場で会う時は――」
「敵同士……だろ? お互い主を守るものとして」

 言いたいことはわかってる。それが使い魔としてお互いの間にある共通の誓い。
 リニスはあたしが先を言ったことに口をにんまりさせて頷いた。

「けどこれだけは言わせておくれよ……ありがと」
「どういたしまして」

 帽子を取って軽く会釈。それに習うように耳がぴょこっと前に倒れた。
 いつも帽子で耳隠してるけど蒸れないのかな……?

「なにか変なこと考えませんでしたか?」
「いや全然」

 悟られないようあたしは無表情に勤めた。
 昔からそうだけど、悪戯とか隠し事とか犬でもないのに嗅ぎ付けるのが上手いのは何でだろうか?

「ふぅ……今夜はこれぐらいにしておきましょう。うちのアリシアはフェイト以上に寂しがりやですから」

 風みたいにリニスが私の横を通り過ぎていく。足元には既に光が満ちて転移法陣が完成している。

「勝手は承知ですが……その時が来るまでこの世界をお願いします」
「ああ、フェイトやみんなのためにいくらでも頑張ってやるさ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして……ってね」
 
 同じ言葉で締めくくってあたしとリニスの奇妙な夜の集会はお開きになる。
 眩い光が目の前から消えれば後に残ったのはさっきと同じ星空とあたし一人だけ。
 なんだか夢のように思える一時だけど決してそれは嘘でない本当のこと。再び屋根に体を横たえながらあたしはリニスとアリシアのこと考えてみる。

「やっぱりあっちだって辛いのは同じじゃないか……」

 まるで昔のあたしたちだ。
 何も知らずに、教えられずに、ただ言われたことを従順に繰り返して――。
 あたしたちだって下手すればプレシアがジュエルシードを発動させたときの次元震でいくつかの世界を壊してしまった可能性だってあったはず。
 人をこき使って見返り一つくれず、ただ最後は非常な現実だけを与えて捨ててしまう。
 二人を待つ先にある答えはきっと今度も変わらない気がした。今度は正真正銘、本物のアリシアなはずだ。
 だったらプレシアが自分の娘にこんなな仕打ちできるものなんだろうか。

「わけわかんないよ……」

 あの女は一体何をしようとしているのか、考えるほどあたしの中じゃ訳の分からない問題になっていく。
 娘を捨て、母親としての自分も捨て――取り戻すものは過去?
 
「ああ、もう! 結局あたしらにはジュエルシード集めしかないのかい!」

 そんな勝手な願い叶えさせるもんか。
 一人のためにミッドとこの世界を引き換えにしようなんて我侭が許されるほど世の中甘くない。
 だったらあたしたちが出来ることは悪い奴の邪魔をすること。さっさとジュエルシード全部集めてプレシアやっつけてミッドチルダを取り戻す!
 もちろんリニスもアリシアも、だ。

「こっからがあたしたちの本番だね。あたしたちの底力見せてやるよ!」
 
 拳を天に突き出し空に掲げた。
 相手が思い通りに何もかもやろうって魂胆ならあたしだって思い通りやらせてもらう。漲る気合と共にあたしはもう一度、勢いよく拳を突き上げた。
 
「――ルフーっ! もうっ! また屋根の上なんかにいて……」
「あっフェイト……」

 なんて一人で盛り上がっていると下からフェイトの声が聞こえてきた。
 慌てて屋根から飛び降りればパジャマ姿のフェイトが頬を膨らましていた。しっとりと湿った髪がまだ風呂上りだって事を教えてくれる。
 どうやらさっきの会話も、リニスのことも気づかれてないみたいだ。

「そんな所で寝て寝冷えしちゃっても知らないよ……それにすぐ寝るんじゃなかったの?」
「あはは……なんか目が冴えちゃってね。ほぅら、フェイトだって濡れたままじゃ風邪ひくよ。あたしが乾かしてあげるから戻った戻った」
「あっ! もぅ……」

 言い足りなさそうなフェイトの肩を押し部屋へ戻らせる。 渋々ながらも応じるフェイトの目は抗議の色で一色だけどあたしにとっては屁でもない。
 むしろそんな顔すら出来るようになったことだって心の底から嬉しいんだ。

(そうさ……迷ってばかりじゃ何も守れない。あたしがまずやるべきことはフェイトの世界を守ること)

 振り返り見た星空は数え切れない光で飾られている。その光の一つ一つが誰かの願いで出来ていたなら世界は沢山の願いで作られているんだと思った。
 どんな小さな光だって世界を形作る力を持ってて、いつかは大きな輝きになって――。
 光を喰って無理矢理大きな輝きにするジュエルシードのお節介なんて必要ない。あたしたちは自分自身の力で光を大きくすることが出来るんだから。
 
「アルフ? どうしたの?」
「ん、ああ今行くよ」

 あたしたちの願いだってきっとあの空の中にある。いつかきっと誰にも負けない大きな輝きをあたしに見せてくれるはずだ。 
 だからそれまであたしはこの体に流れる血と誇りにかけて、フェイトを悲しませる災い全部この手でぶっ飛ばしてやる。
 
 フェイトの小さな星を守るために。

* * *

 高町家に居候することが決まってもう三日が経った。
 月日が経つのは早いというけど、流石にこの程度でその言葉を当てはめるには無理があるか。

「ピラミッド……か」

 フェレットに一度も変身しないで一日を過ごせるなんて僕にとってはいろんな意味で夢の生活だった。
 しかもそれを三日続けて、なんて人間扱いしてもらえるのは何にも代えがたい喜ばしいこと。
  
 そう感じてしまう自分がちょっと情けなくなるのは誰にも言わないでおこう。

「やっぱり考古学書が一番だなぁ」

 なのはの部屋にある本だけじゃここまで詳しいことはわからなかった。それ相応の文献が手元にあってこそ始めて謎への探求が始められる。
 ミッドチルダにもまだ謎が解明されていない古代文明の痕跡は沢山あったけど、この地球にもそれ以上の数の謎が埋没しているようだ。

「アトランティス…………これ魔法文明かもな」 

 伝説だけの存在でも僕から見れば重要な手がかりの一つ。火のない所に煙が立たないように何かしらの事実があったからこんな物が記されているのだ。

「……でも一人で発掘作業は出来ないか」

 いくら未踏査であってもこの次元はそもそも管理外世界だ。一人勝手に謎を解き明かしたって評価される前に牢獄にぶち込まれるのが関の山。
 スクライア族はそこまで無法な集団じゃない。この世界だってそれなりのルールの上で古代との邂逅をしているのだろうし……。

 本を棚に戻してベッドに腰掛ける。重ね重ねだけどフェレットのベッドよりも人間のベッドの方が居心地がいいのは当然ことか。
 手で押して感触を確かめてみる。

(はは、フカフカだ……)

 ……悔しくなるくらいに。

 ため息ついて僕はそんな他愛ないことを繰り返す。まるで自分が人としてここにいられることを噛み締めるように。

 ――と、ドアがノックされる音に引き戻された。

「はい、どうぞ」

 夕飯も終わってしばらく。お風呂が開いたのを誰かが教えに来てくれたのだろうか?
 
「えへへ、おじゃましまーす」
「やぁ、なのは」

 ドアの向こうから顔を出したのはなのはだった。はにかみながら部屋へと入り、カーペットに腰を落とす。

「あっ、クッションあるから」
「いいよ、お客様じゃないんだから」
「そ、そう?」

 急に畏まるような感じだけど、なのはが言うならと掴みかけていたクッションを元の場所に戻す。頭にはお茶の用意とか相変わらずなことを考えていた僕だけど。
 なのはは物珍しそうに部屋を見渡している。女の子の部屋とは全然違う、生活感の感じられない質素な部屋。可愛らしい小物なんて一切ない。

「なんだかユーノくんの部屋って小さな図書館みたいだよね」
「僕がリンディさんに頼んだものっていえばこれくらいだからね」

 壁に一列に整列した本棚には空室なんて真っ向から否定するように、びっしり隙間なく本が詰め込まれている。
 およそ僕と同い年の子供が読むような本なんてどこにもなくて、ほとんどが考古学に関する学術書や文献ばかりだ。
 この世界を知らない僕にとってはこれらがどのくらい高価なものかは分からないけど、内容を確認するあたりおそらく最新の情報ばかりを列記されているのは推察に難くない。

「司書長……みたいなものかな?」
「じゃあユーノ司書長なにか面白い本を貸していただけますか?」
「う~ん、なのはぐらいがわかる本ってあるかなぁ」
「うー、なんだか馬鹿にされてる」
「ち、違うって!」

 拗ねるなのはに慌てる僕。両手を振ってそんな意志がないことを必死に伝える。

「専門的な言葉ばっかりだからきっとなのはには分からないかなって思っただけだよ。探せばある! きっとあるから!」
「ふふ、いいよ。言ってみただけだから。もうユーノくん慌てすぎ」

 くすくす笑うなのはに肩の力が抜けていった。なのはに乗せられたなんて結構ショックだ。
 一頻り笑ってからなのはが立ち上がる。本棚に近寄って本を一瞥、おもむろに何冊かの本を取り出して床に並べた。
 
「ほんとわたしじゃ全然分からないよ……」

 一冊を手に取りページをめくって眉をひそめる。
 そりゃそうだ。どこの世界の小学校を探したってこんな高等な――というより専門的過ぎる内容を教えているところなんて皆無だ。
 確かに資料的なものとして伝奇とかはあるけど数なんてほとんどない。

「やっぱりユーノくん……学校までは余計だった?」
「え?」
「だってこんな難しいこと知ってるんだもん……学校の勉強なんて簡単すぎるんじゃないかな?」
「確かに……そうかもしれない」
 
 ――やっぱり。
  
 そんて声が聞こえてなのはが肩を落としていた。
 別になのはを傷つけようなんて思っていない。ただ僕の素直な気持ちを話しておいた方がいいと思ったから。
 
「けど僕の知らないことのほうがずっと多いよ。確かに算数とか簡単すぎると思う。でも他のことなんて全然分からないよ。僕は違う世界の人間だったから」

 「だった」と、僕は自分を過去形にした。
 一つにミッドチルダはもう存在しないかもしれないから。もう一つは僕はもうこの世界に根を下ろす準備をしてるから。 
 一年間この世界で暮らしていた僕だけど、やっぱりそれはフェレットしてのもの。人として此処にいることとはやっぱり違うのだ。

「リンディさんも言ってただろ? 魔法ばかりじゃない、世界のことをもっと知って欲しいって」
「……そうだよ」
「僕も魔法と考古学に囲まれてばっかりだったからフェイトと同じくらい世間知らずだよ。だからリンディさんにも感謝してるし、僕を迎え入れてくれたこの家の人たちにも感謝してる」
「でもわたしが無理言ったからだし……」
「何もかもなのはのおかげだよ。なのはがいてくれたから僕の世界はまた始まったんだし」

 そう、全てはなのはがいてくれたから。

 僕がなのはに非日常の世界への始まりをあげたように、なのはが僕に日常の世界への始まりをくれた。 
 落ち込むなのはの頭を僕はそっと撫でる。士郎さんや恭也さんのように、

「あっ……」

 優しく、想いを込めて。

「なのは……ありがとう」
「……うん」

 まだ俯いていたけど頷きながら返した声はいつもの優しいなのはだった。

「僕も頑張らないとね。この世界で、みんなと笑顔で暮らせるように」

 心の奥から温かい気持ちが沸いてくる。

「よかった……ユーノくん元気になれて」
「なのは……」
「ユーノくんいつも無理するんだもん。自分のことなんかどうでもいいみたいに他の人ばっかり気遣ってて」
「……やっぱりそう見えた?」

 小さくなのはが頷く。
 痛いところというか……自分でも触れないようにしていた所をなのはは突いてきた。

「わたしだって前はそうだったでしょ? アリサちゃんたちと喧嘩して、仲直りして段々分かってきたんだ。わたしももっとみんなと気持ちを分け合っていいんだって」

 顔を挙げれば真っ直ぐ僕を見つめてくる二つの瞳。
 目が合い、なのははにっこりと笑った。

「そしたらユーノくんがわたしみたいに見えてきて……もう放っておけなくなって」 
「だから僕を……」
「だってユーノくんにはこれぐらいしないと分からないみたいだから」
 
 わたしも荒療治だったし、なんて茶化しながら付け加えて。

「そうだね……お互い様だ」
「うん、しっかりしてくれなきゃ。だったユーノくんはなのはの魔法の先生で大事なパートナーなんだから」

 微笑みが満面の笑みへ変わった。目を細めながら無邪気な笑みを顔に湛えて、なのははそっと僕の手を握る。
 自分の鼓動が速まっていくのと顔の温度が上がったことに気づく。思わず手を離そうとするけどなのはの手前そんな真似できるわけもなく。

「えへへ……」

 なのはの言葉と手の温もりに、なんだか今まで眠ってもらっていた気持ちが飛び起きてしまったみたいだ。

(やっぱり僕ってなのはに敵わないよな……)

 多分なのはは純粋に今の気持ちを表現してるだけで、「好き」とか「嫌い」とかそんな気持ちが伴っていなくても、だ。

「あっ、ユーノまだお風呂は入ってないの?」

 いきなり声がしたと思えばドアの影から美由希さんが顔を覗かせた。
 
「お姉ちゃんどうしたの?」
「私もまだお風呂は入ってなくてさ。これからだしユーノも一緒にどうかなぁって思って」
「えぇ!!?」

 心拍がさらに、というかぶっ飛んで上昇した。
 笑顔のままこの人は何を言っているのか一瞬自分の耳と頭を疑って、けど現実であることを自覚してさらに自分と世界を疑った。

「時間短縮もなるし裸の付き合いとかもいいかなってね~」
「で、でででも僕は男ですよ!!」
「一度は温泉に入った仲なんだし今更そんなこと言っても説得力ないよ」
「そういえばお姉ちゃんも見られたんだよね?」

 悪戯っぽくなのはが笑えば美由希さんも一緒になって笑った。
 僕といえば味方を失っておろおろするしかやることがないという状態。

「可愛い弟の成長をこの目で確認するのは姉の務めだからね」
「あ、その、僕は――」

 腕を掴まれ連行。
 振り払おうにも剣術を嗜むだけあって腕力は相当なものだったりする。残念ながら抵抗の余地はないみたいで……。
 ずるずると引きずられ始める僕をなのはは少し困ったような笑顔で送るばかり。
 
 ……現実は非情だった。

「いっつも恭ちゃんに入れてもらってたし、今度は私がユーノを入れる番~♪」 
「み、美由希さん! 落ち着いて!! 早まらないでーっ!?」

 いっそフェレットになって逃げようかと思ったけど、そんなの一時しのぎでしかないってのは美由希さんの性格から容易に想像できた。この人は意地でも僕と一緒にお風呂に入れるまでこんなことをするに違いない。
 いつもフェレットの姿で可愛がられていた自分が、今度は人間としても可愛がられようとしていた。
 まるで地獄に引きずりこまれるように僕は美由希さんと共に階段を一歩一歩下りていく。まるで奈落の底とも思えるような感覚をお供にして。

 高町家に来て三日目――。
 
 一番騒々しく、人として何かを失ってしまったような一日が終わった。
 
スポンサーサイト
【編集】 |  22:39 |  なのはStep  | TB(0)  | CM(0) | Top↑

コメントを投稿する

URL
コメント
パスワード  編集・削除するのに必要
非公開  管理者だけにコメントを表示
 

この記事のトラックバックURL

この記事へのトラックバック


 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。