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2007.09/14(Fri)

Private aid 第9話 


【More・・・】


pm 5:27 海鳴公園


 労働は慣れている……つもりだったのだがこれはどういうことだろうか。
 女性の気を使いながらの行動なんて慣れないものはするもんじゃないと心底に思う。
 結局クロノはあの後も行く先々でらしくもない不器用な失態を見せ、一日エイミィに振り回されていただけだった。

「ふぅ~……」

 手すりにもたれながら深い深いため息。背中に圧し掛かっているような疲労を逃がそうと体を思い切り反らしてみる。
 茜色に染まった空。振り返れば水平線に沈もうとしている太陽が見えた。

「まったく……これのどこが休日なんだろうな」

 出てきた言葉は文句そのものだけどクロノの口調はどこか楽しげだった。普段の眼差しとは割合かけ離れた穏やかさがクロノの瞳に映し出されている。

「クロノ君っ」

 放られてきた缶ジュースは難なく右手に納まった。掲げてみたそれは夕日には負けるだろうけどオレンジ色の缶。

「よくもまぁ飽きないよね」
「なら、他のものを買ってくれば良かったんじゃないのか」

 プルトップを引いて中身は喉を駆け下りていく。昼から何も飲んでいなかった身としては砂漠のオアシスに等しいほどに有りがたく思えた。

「そう言って買ってきたら買ってきたで文句言う」

 やっぱり文句なのだろうか。それでもエイミィの口調も自分と同じく楽しげだった。

「今度は言わないさ」
「いつの今度かしらね」
「そう遠くない未来であることは確かなんじゃないか」

 きっとその機会があっても今の言葉を覚えているかどうかは分からない。八割方忘れているだろう。それが自分なのだ。

「じゃあ私は覚えておかないとね」
「それでオペレーターの仕事は忘れないでくれよ、エイミィ・リミエッタ執務官補佐」
「わかってますよ、クロノ・ハラオウン執務官」

 そうして先に吹き出したのはどちらだったか。
 多分同時だ。最初は堪えるように、すぐに声を上げて夕焼け空一杯に笑った。
 なんでこんなに可笑しいのか。理由は分からないけどとにかく笑った。笑いに笑った。

「あははは、もう……クロノ君笑いすぎ」
「ふふ、君こそ少しみっともないぞ」

 エイミィが腹を抱えている姿を見るとさらに可笑しさが込み上げてくる。そんなクロノの姿がエイミィにとってはいいスパイスだったようでさらに笑う。
 悪循環というわけではない。例えて言うなら笑いの良循環だ。

「まったく、何で僕たちは笑ってるんだ」
「わかんない。でもいいんじゃない、笑うときは笑わなきゃ。クロノ君がそんな風に笑う姿滅多に見られないもん」
「結局僕は見世物か」

 不思議と嫌な感じはしなかった。それどころか目の前の彼女にもっと見せてやろうとすら思える。

「可愛いよ、クロノ君」
「あんまりいい気はしないけどな」

 まだ相当の量があるオレンジジュースを一気に流し込む。
 空き缶はゴミ箱へ。エイミィの後ろ目掛けて投げたそれは綺麗な放物線と共にくずかごに一直線。小気味よい音が場に響いた。

「おっ、ナイス!」
「できなきゃ執務官形無しだ」
「別に空き缶投げのテストとかはないけどね」
「気分の問題なんだ」

 こういうものは一発で入るととにかく気分がいい。素直に認めよう、自己満足であると。

「私もやってみようかな」
「外れたら自分で拾うん――」

 カンカラン、と響く音。クロノが言い終えるより空き缶がゴミ箱に到着する方が早かった。
 意欲がすでに即決となっているあたり流石はなんともエイミィらしい。

「拾わなくていいみたいね」
「ああ、ナイスだ」

 ガラにもなく親指を立てた。

「でも今日は楽しかった。映画見て、喫茶店行って、ゲームセンターで遊んで、服屋で試着して……」

 思い返すたびに指を折っていくエイミィ。本当に楽しかったのだろう。顔に浮かぶ柔らかな笑みは心の底から喜んでいると証拠だ。
 夕日に照らされてエイミィの笑顔は心なしかすごく愛おしく思えた。決して錯覚、というわけではなさそうだ。

「なぁ……エイミィ」
「なに?」

 その顔を見ているとやっぱりそんな気持ちが沸いてくる。あの時言ってしまった言葉の重みが改めて我が身を打ちのめしていた。

「その、今更な感が拭えないんだが……」

 歯切れは悪くなり口ごもってしまう。あれから何時間、いやもう三日以上経っている。それなら掘り返してまで言うことはないだろう。
 今日の任務でそれなりの報いはしたはずだ。彼女の機嫌もすこぶるいいようだしそっとしておいた方がこの場合妥当なのでは。

「もったいぶらないでよ。男に二言はないぞ」

 いや、エイミィだから言いたい。フェイトに言われたからとか理由にして言うのではなく、本心から言っておきたい。
 じゃないと胸のつかえは永久に取れない気がした。

「その、なんだ……」

 治まれ胸の動悸。上がるな顔の温度。いいから喉から声を出せ。酸素はあるのに金魚のようにパクパクするな。
 あとそれとちゃんと目を見て話せ。礼儀は重要だと母さんから教わっただろう。

「ふ、不注意とはいえ君の……き、着替えを見て申し訳なかった」

 エイミィの顔から表情が消えていく。自責が後悔へとシフトした。
 だからってもう言わなきゃ駄目だ。躊躇いは大きな隙。戦闘ならば死に直結するのだ。
 ある意味やけくそ、どうにでもなれとクロノは引き金を目一杯引き絞った。

「君の気持ちも考えずあんなことも言った。あれじゃ謝罪どころか逆切れしてるもんだ……本当に僕は駄目だ。駄目人間過ぎる!」

 荒げた声は全て自分の心は向けられている。まさしく穴があったら入りたい。

「君の気が済むならなんでもする。今日みたいにエスコートだってする。本当に済まない!」

 最後に深々と頭を落とした。

 長い沈黙――しばし続く。

 果たしてそう感じたのはクロノの中だけでなのか。それとも実際に時間として長い沈黙だったのだろうか。
 クロノなりの反省のひととき。その答えはエイミィだけが知っている。

「一つ質問……いい?」
「ああ」

 開口は質問から始まった。

「フェイトちゃんに言われたから? それとも自分の気持ち?」
「そんなの……僕の気持ちに決まってるだろ」

 言われてしまえばフェイトが噛んでいるのは間違いのない事実。
 だけどそれのおかげでこうやって後悔して言うことができるのだ。これのどこかが人に矯正された気持ちであろう。

「そっか……はぁ」

 クロノにとってそのため息は死刑宣告に等しかったかもしれない。
 絶対に失望された。そうとしか考えられない。やっぱり僕は最低男だ、と。そんな含みのため息だと思えた。

「まったく……なんでかなぁ」

 頭の上が暗くなった。エイミィが近づいてきたのだろう。

「頭上げて」

 言われて頭を上げれば目を細めて睨むよう自分を見下ろすエイミィがいた。伸長差も相まってすごく威圧感をかもし出している。

「ほんっと、クロノ君はさ」

 右手が動く。きっと殴られるのだろう。覚悟を決めてクロノは目をつぶった。
 だけどクロノの予想とは違ってエイミィは――

「不器用なんだからっ!」

 ――ゴツ!

 本日二度目のデコピンは、やっぱり場違いな音を弾けさせてクロノの頭を突き飛ばした。

「~~~っ!」
「もっとさ素直になりなよ。執務官だからってカッコつける必要ないと思うけど」
「べ、別に僕は格好つけてるつもりは」
「だったらもっと謝るのにぴったりの言葉、言える?」

 言葉の意味が分からなかった。今さっき言ったのが謝罪ではないのか。一体なにをエイミィは言わせたいのか。ただ単に有りもしない答えを言わせようとしてるのを楽しんでいるだけではないか。
 あれやこれや考え閉口するクロノにエイミィはやれやれといった具合に両手を上げて見せた。

「私はさ、クロノ君にガス抜きしてもらいたいわけ。いつもいつも執務官ばかりでたまには十四歳のクロノ・ハラオウンとして一日ぐらい過ごしてもらいたいわけ」
「それじゃあ誰が僕の代わりをするんだよ」
「それがいけないの。そゆこと全部忘れるの」
「無理難題だな」

 執務官は一人だけだ。そして代わりもいない。誰かが補おうとしても早々できるものじゃないのだ。子供の遊びとは違う。

「そう、無理難題。でも私だってクロノ君のことはわかってるつもりだし」

 そっとエイミィはクロノの隣へ立つ。そうして吹いてくるオレンジ色の潮風を体に受けて背伸びをした。
 仕事は上司、プライベートは弟分。クロノには不思議なほど二つの要素が混在している。
 かっこよさと可愛さ。変な意味での箱入り息子の仕事バカ。

「だからせめて私だけには見せて欲しいかなって。一瞬でもいいの、クロノ君が落ち着ける場所作りたい」

 振り向くエイミィ。しばしクロノの顔を見つめると思い切り口角を吊り上げた。悪戯っ子が企みを思いついた顔になったとクロノは思った。
 今度は一体何を言うのか。なにを言われても動じない自信はある。ある意味腹は据えた。

「今日みたいなクロノ君にさ、なってみよ」
「あんな情けない僕にはなりたくない」
「でも私だけだし。艦長は母親だし見せられない。フェイトちゃんは大事な妹だからもっとしっかりしなきゃ駄目。ということは」
「君しかいないというわけか」

 ご名答、とエイミィはクロノの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 明らかな子ども扱いにクロノは憤慨しながら腕でエイミィの手を払う。

「や、止めろよ、僕は子供じゃない!」
「でも子供の方が素直だよ。子供なら悪いことをした時の謝り方わかってると思うけどね」

 そこまで言われてクロノもようやく悟った。エイミィが自分になにを言わせようとしているのかを。
 堅苦しい言葉よりもずっと相手に謝罪の気持ちを伝えられる三文字の言葉だ。
 何で思いつかなかったのか。それはきっと背伸びした時に子供心と一緒に置いてきたから。
 まったく、なんでこうもエイミィの言うことは的を射ているのか。もしかしたらクロノ相手には百発百中なのかもしれない。

「それで、私の着替え覗いてクロノ君は何か言いたいことはありますか」

 わざとらしくアクセントをつけた声でエイミィはちゃかすように言った。

「あ、ああ……その、なんだ……えと……」
「ん? 聞こえな~い」
「……ああもう……だから……ごめんエイミィ…………本当にごめん!!」

 子供っぽい、と言うより子供だ。
 端から見れば弟が姉に悪巧みがばれて必死に謝っているような微笑ましい光景。身長差が余計にそれを引き立てた。

「ん、そこまで言われたらしょうがないなぁ。じゃあ今度またクロノ君にエスコートとしてもらおうかな」
「それで許してくれるなら軽いものだよ」
「その時だけはさ、今日みたいなクロノ君でいて」
「それも約束か」

 もちろん、と頷くエイミィにクロノは片手で頭を抱えた。何もかもエイミィに乗せられた。うまい具合に手綱を引かれてしまった。
 ご機嫌な様子でエイミィは一歩前に出るとその場で体を一回転。顔には満面の笑顔が浮かんでいた。

「やっぱりさ、型にはまってばかりじゃ駄目だよ。ほんとの自分はどっかで散歩させないと可哀想だよ」

 己を殺して今日までやって来たのは目の前の少年だ。いつだって高すぎる目標のために自分という存在を躊躇なく天秤にかけ切り捨てて。
 ロボットのようにただ与えられた任務をこなしていく生活。少年としてのクロノ・ハラオウンの存在は常に鳥かごの中で俯いている。

「私……クロノ君のこと少しでも外に連れ出すこと出来てるかな?」

 俯いているのは空を見ないため。見なければ、知らなければきっとこの鳥かごが世界のすべて、自分のいつべき世界だと思い込める。例え引き換えが心をすり減らすことでも。
 エイミィにはそれが我慢ならない。強引でもいい、鳥かごの扉をぶっ壊して中のクロノを鷲掴みにして外へ放つ。外の世界を無理矢理にでも教え込む。

「少なくとも僕を操縦できるのは母さんと君だけだ」
「そっか……えへへ、そう言われると悪い気はしないかな」

 こんなにも掛け替えのない優しい世界が外にはあることを知って欲しかった。
 それ自分を省みて反省させようなどと思ってはいない。ただいつでも外へ羽ばたけるって、優しさに触れることは決して悪いことでもなんでもないとクロノには気づいて欲しいのだ。
 
「勘違いするなよ、操縦は出来てもまともな運転になってない。あちこちぶつかってばかりだよ」

 さっきのお返しだ――そう言わんばかりにクロノはエイミィの額を小突いた。でもそれは優しい報復だった。 
 自負するわけではないが自分は執務官としては一流だ。でも人間としては不器用な三流だ。
 正直、ここまで空を舞うことが難しいとは思わなかった。見掛けは立派でもクロノはまだまだヨチヨチ歩きのひな鳥なのだ。 

「君がいなかったらもっと恥をかいてたかもしれない」

 エイミィのフォローがあったからこそきっと自分は彼女のエスコートが出来た。エイミィはクロノにとっての止まり木なのだ。
 羽を休め、思う存分繕うことのできる安らぎを見出せる唯一の場所。

「あはは、それじゃますますクロノ君のこと放っておけないよ。こんな不器用じゃ私がずっとついていなきゃ駄目みたいじゃない」
「わ、悪かったな……」
「いいよ、別に。それだけ必要にしてくれるってことでしょ。……そっか、そっかそっか」

 やっぱり受け止めてあげたいのはこの人だけだ。鳥かごをぶっ壊しててでもお節介を焼いてあげたくなるぐらいに彼を想える気持ちに偽りはない。
 いつでも受け止めて、彼のほんとを独り占めにしたい。彼が外を飛んでいたらひっ捕まえて意地でも止まらせてあげたい。ズルイのは覚悟の上で。

「あのさ……クロノ君。私がプライベートでも補佐したいって言ったらどうする?」
「プライベート……? い、いきなり何言い出すんだよエイミィ」

 彼女の言葉の意味に思わずクロノはたじろいだ。それでもエイミィは止まらない。止まるのは止めにするのだ。
 ――駆け出す。みるみる小さくなるエイミィ。やがて二人の距離が二十メートルほどになったところでエイミィが叫んだ。

「だから! 手のかかる弟みたいだけど、やっぱりカッコいいクロノ君が私は誰よりも好きなの!! 独り占めしたいくらいに大好きなのっ!!」

 決して冗談でもからかっているわけでもないエイミィの気持ちだった。

「クロノ君はどうなの!!」
「僕は……」

 彼女が常に隣にいてくれる。それはクロノにとっては何よりも代えがたいものだと思えた。
 いつでも彼女は自分の側にいた。いてくれた。自分が今日までやってこれたのはやっぱり彼女の力があってこそ。
 オペレーターとして補佐官としてもしかしたら母親以上に自分を理解してくれる彼女。それ以上にクロノ・ハラオウンを知っている彼女。手玉に取れるくらいに。

「聞こえないよ! もっと大きな声で言って!!」

 気にはなっていた。あの一件から彼女をもっと異性として強く思った。でもそれだけ、彼女とは仕事のパートナーとしてこれからうまくやっていこうと思っていた。
 それも背伸びだ。本当はいつも自分を気にかけてくれる彼女との関係を壊したくなかっただけ。結局それも自分のせいで壊れかけた。

 ――悪かったよ。でも着替えなんて見せたって減るもんじゃないだろ。僕と君の仲だしそこまで気にする必要ないじゃないか。

 死にたくなる。我ながらなんという馬鹿だ。
 でももう仲直りはできた。想いは言葉で伝えられる。多分いつだってそうだ。こんなはずじゃないなら変えてしまえばいい。チャンスなんていくらでもあったのだ。
 ただ踏み出す勇気がないだけで。

「僕は……君のことが……」

 彼女だってきっと勇気を振り絞って気持ちを伝えたはず。こんなはずじゃない関係。それを変えるために。

「エイミィ……」

 ずっと遠くで彼女は震えているように見えた。不安げな表情が見え隠れして、少しずつ不安が顔を覆い始めている。
 アースラの切り札。いつだって最後は決めるのは自分自身。きっとこの行方も自分次第。
 拳を痛いほどに握った。もう躊躇はしないし怖気づきもしない。
 安らげる場所は誰にも渡したくない。このままずっと自分のものにしておきたい。
 肺に酸素が目一杯装填されていく。腹筋にこれでもかと力を込めてクロノは腹の底から思いを叫んだ。

「なんだかんだで世話焼いて支えてくれるエイミィのことが好きだ!! ずっと僕の側にいてくれ!!」

 笑顔が生まれた。
 ぎゅっと目を瞑って何かを堪えるようにエイミィは走り出す。行く先はもちろん、

「クロノ君!!」

 クロノの胸の中にエイミィは全体重を預けた。あんまり勢い良くぶつかってきたものだからクロノの半身は大きく後ろへよろめいた。それでもなんとか踏みとどまってエイミィを抱きしめる。

「へへ……やっぱり素直が一番だよね」
「馬鹿正直なのもどうかと思うけどな」
「いいの! こういう時だけは素直じゃないと嫌われる……ぞ」

 ずずっ、と耳障りな雑音が聞こえたような気がした。

「エイミィ……?」
「嬉し、涙ってさ……信じてなかったんだ……けど……あるんだね、ほんとに」

 途切れ途切れの照れ笑い。しゃくりあげてうまく声が出せない。それほど涙もろい性格とは思っていないけどとにかく涙が止まらない。

「うぐ……ふぇぇ……」
「君が泣いてどうするんだ。これじゃ君の方が子供だぞ」

 背中を摩ってエイミィの涙が止まるのをクロノは黙って待った。胸の中で泣きじゃくる彼女を見ていると不思議と愛おしさが心の中にわいてくるのを感じる。

「だったらクロノ君……なんとかしてよぉ」

 なんとかできてれば苦労はしない。そうも言いくもなったが彼女の手前、クロノはその言葉を飲み込んだ。
 せいぜい出来ることはやっぱり背中や頭を撫で続けること。それに胸を貸してやること。
 なんだか胸が冷たくなってきた。きっとエイミィの洪水で豪いことになっているのだろう。数少ない私服なのでいささかもったいない気もするが今は特別だ。ティッシュにでもタオルにでもなってやろう。

「ひっく……えっぐ……ぐじゅ!」

 鼻を啜る――のにも目を瞑ろう。男は我慢だ。

「君が泣き止むまでこうしてるから、安心してくれエイミィ」
「うん! 優しいね……クロノ君」
「お、男として当然だろ」

 頬をかきながら視線を逸らす。少しだけ今の言葉にはどきっとさせられた。
 気持ちを誤魔化すようにクロノは空を仰ぐ。水平線に半身を埋める太陽に空は橙と藍の境界線を形作りふと見た中天には夜の主役が顔を出していた。

「…………もういいかな」
「いいのか?」
「うん、もう十分」

 胸から離れエイミィは笑顔を作って見せた。
 夕日の残滓が彼女を染めて目尻の涙も夕日色に染まった。

「ありがとね……」
「いや、意外なエイミィが見れて面白かった」
「……クロノ君のいじわる」

 拗ねて見せても夕焼け頬が赤みをさらに増せば説得力はない。それに拗ねて顔だって見ようによっては可愛いのだ。

「ほんと意地悪だよ」
「今日の君の方がよっぽど意地悪だ」

 憎まれ口を叩いても心は温かな気持ちで満たされる。

「どっちもどっちだよ、エイミィ」
「うう、そう言われても納得行かないわよ……」
「いいだろ? はっきり白黒つけるよりは」
「つけたいの!」

 またオペレーターの性だ。こういう時にぐらいいいのではないのかと思う節もあるが、エイミィはなんとしても決着をつけたいらしい。
 妥協してくれとは言わないつもりだが、乙女心というものは難しいものだ。

「……ねぇ、クロノ君あそこのベンチに立って」
「ベンチ? 言っておくけどあれは上に立つものじゃない、座るものだ」
「いいから!」

 エイミィの勢いに押されクロノは少々戸惑いながらベンチに行くと、本来腰掛ける所に足をかけた。

「これで……いいのか?」
「うん、上出来」

 目線の主が逆転した。今日始めてクロノはエイミィよりも高い場所から彼女を見下ろしている。
 彼女のいつも感じている世界がこんな感じだと思うと、少しだけ恨めしくなった。

「でも少し高いかな……少し屈んでクロノ君」
「えっ? あ、ああ」

 上体を少しだけ傾けて彼女の注文通りにする。

「ところでなにをするんだ?」
「目を瞑ったら教えたげる」
「わけわかんないな」

 訝しげに思いながらクロノは双眸を閉じる。
 真っ暗な世界で何かが肩を掴んだ。

「これは今日のお礼。それとね」

 エイミィが身を乗り出した。目一杯の爪先立ちで彼女は恋人になったばかりの少年へ初めてを捧げた。

「……ん!?」

 そこに触れたものが何であるかなんてクロノには直ぐにわかった。熱湯でも浴びせかけられたみたいに全身が熱くなった。
 全ての音が消えてしまったような夕凪の中で二つの影は日が沈むその瞬間まで重なり続けた。

「はぁ……クロノ君にあげちゃった」

 はにかむエイミィの顔にはまだ日没は訪れない。赤熱したままでクロノを見つめている。

「ひ、卑怯じゃないか。これじゃ僕だって君に初めてを奪われたようなもんだろ」
「貰ってあげたんだから。それともなに? なのはちゃんかフェイトちゃんにでも上げたかったとか?」
「そ、そんなわけあるかっ! なのはにはユーノがいるしフェイトにいたっては妹だぞ!」

 そんなのと言っては酷いが二人にやるくらいならエイミィのほうがいいに決まってる。

「意地が悪すぎるぞ、エイミィ」
「なら意地悪なら私の勝ちだね。これで白黒はっきりついた」
「そのためにこんなことしたのか」
「もう一つ、私とクロノ君が恋人同士だってことに決まってるでしょ」
「き、君って奴は……」

 よくもそんな恥ずかしげもなく歯の浮くようなセリフを量産できるのか。驚愕と言うより呆然だ。

「はいはい、怒らない。もう日も沈んじゃったしアースラに帰ろ」

 まくし立ててエイミィはクロノの手を握り締めた。クロノが意識する前に踵を返して歩き出す。

「艦長にはわかっちゃうかな、私たちの関係」
「いつもどおりなら大丈夫だろ。というか」
「繋いでいいでしょ」
「……うん」

 無性に負けた気がしたのでクロノも手に力を込めてエイミィの手を握り返した。しっとりとした汗の感触と彼女の体温が伝わってくる。

「あっ、そうだ」
「まだなにかあるのか?」
「一応エスコートってことだけど今度からこう呼ぶこと」

 人差し指をピンと立ててエイミィは片目を瞑った。

「デートだって!!」

 走り出す彼女。当然、手を繋いでるおかげで引きずられていくクロノ。

「ちょ、ちょと待てエイミィ!」
「待たないよー」

 やっぱり最後の最後まで彼女には逆らえない。訴えようにも極上の笑顔が全部水に流してしまう。

 ――ほんとにエイミィには敵わないよ。

 そっと呟く言葉は心地よい敗北感と共に。
 なんだかんだあったものの雨降って地固まる。ついでに虹のおまけつき。

 こうしてあの朝から始まったアースラの一騒動は幕を下ろしたのであった。


 無論その舞台の裏では――

「あかんわたしの出る幕なかったやないか」
「いいじゃないですか。ああ、私も恋したいなぁ」
「まずは相手やなぁ」

 偶然にも出会えた主と騎士が恋愛談義に花を咲かせていたり。


「ねぇ恭也、今夜は帰りたくないなぁ」
「なんなら家に泊まっていくか。みんな歓迎するだろうし」
「絶対そういう意味で取ってないわよね」

 一足先を歩く恋人達がいたり。


「ああ、もうほんと見ているこっちが恥ずかしくなるわ」
「でもハッピーエンドでよかったね」
「フェイトちゃんの作戦大成功だね」
「うんよかった、お兄ちゃんもエイミィも」

 兄達の恋路に妹と親友達が祝福したり。


 二人を導いた沢山の人たちがいたことは忘れてはならないだろう。
 何はともあれ、新たな一歩を踏み出した二人に末永く幸あることを――。


「私も新しい旦那見つけようかしら」

 いや、あんたはいいから艦長。


 ――まぁ、何はともあれ。

「そうそう、浮気は絶対駄目だからね」
「安心してくれ。僕を好きになってくれるのは君ぐらいだろ?」
「なぁんだ、わかってるなら大丈夫か」
「まるで僕が駄目男みたいだな……」
「早く一人前になってね!」
「ああ、もちろんさ」

 お幸せに。
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